英国紳士は甘い恋の賭け事がお好き!

篠原愛紀

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デート記録と婚姻届。

デート記録と婚姻届 七

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「舞踊は、本当は足が竦むぐらい嫌いでした。華やかで指先から儚く繊細で美しく。でもその裏でいっぱい努力して……皆頑張ってる姿が見えるのにいつもやりたくない、仕方ない、我慢しようって耐えながら自分が嫌で。自分の嫌いな部分ばかり見えるから嫌いでした」

「競争心も闘争心も無さそうだもんな」

多分、母の背中が遠すぎて高すぎて理想を高く持ってしまったからだろうと思う。

誰が悪いわけじゃない。甘ったれだった私が悪い。



「良かったな」


幹太さんは最後までぶっきらぼうなのに優しい。


「あいつのおかげなんだろ?」


あいつ、とぼかすけど……私にはすぐに思い浮かぶ。


あの日、縁側から桜の木まで舞い降りてきてくれた彼を。



「あの人のおかげです。そして強くなろうと思えたのはお腹の子のおかげです」

鳥籠の外は光に溢れ広すぎて、羽ばたいても世界の隅は見つけられない。

そんな広すぎな世界で、彼が私を見つけてくれた。


「お前、クソ真面目で世渡り下手そうで危なっかしいと思っていた。菓子の名前やら由来やら中身やらメモ帳が真っ黒になるまで書き込んでたりする努力とかさ。その真面目で真っ直ぐな所は長所でもあるから、頑張れよ」

「ありがとうございますっ」

「危うく流されてもいいかな、と思う程度にはアンタ、放っておけなかったからさ」

「流される?」

幹太さんには似合わない言葉に首を傾げると、ふうと深々と溜息を吐かれた。

「生きにくそうだから、俺が守ってやらなきゃって思ってしまったってこと」

俺が守ってやろうと流されるほど、私が放っておけない?
それは、同情して結婚しても良いいかと諦めの極致に居たの?
でもそれって私の為じゃなくて、幹太さんも桔梗さんを諦めるために私を見ようとしていたんじゃないかなって思う。

「無言で俺を見るな。――これで良かったんだから」

気まずくなったのか、幹太さんは立ち上がり、冷やし中の餡の上に被せていた布を捲り、混ぜだした。

言うんじゃなかった、しまった、と背中に書いていた。

「大丈夫ですよ。私、流されて幹太さんがお見合いしそうだったなんて桔梗さんに言いませんから」

「……あんたが鈍感で助かるよ」

私の返事は、幹太さんを安心させられたみたいだけど、ちょっと馬鹿にされていた。

では、どんな言葉を言えば幹太さんを満足できたんだろうか。

幹太さんは、言葉じゃなくて雰囲気というか表情というか、背中?
そんな部分で語っている部分があると思う。

豪快でがさつな部分がある桔梗さんは然り、私みたいに男の人の免疫がないんじゃ分からないと思うんだけど。


「すいません、お願いしていた笹井ですが」

ぼーっと考えていたら、自動ドアが開き人が入って来たのにも気づかなかった。
慌てて顔を上げ、いらっしゃいませと笑顔を作った時だった。


「佐和子さんっ」

「こんにちは、美麗ちゃん。一か月ぶりね」

奥から幹太さんが顔を覗かせ、佐和子さんを見ると奥へ戻り用意していた紙袋を渡す。
佐和子さんは、アップにした髪から見える白く美しいうなじを指でなぞりながら、綺麗に笑う。
父と同じくらいの年齢だと思うのだけど、着物きっちりきてはんなりした雰囲気は若々しい。

「この前は、その、お恥ずかしい所をお見せしました」
ワンピースを汚したあのイベント以来だった。あの時だって久しぶりの再会だったのに、私は。

「良いのよ、それより、麗子さんにはきっちり口止めしといたから、貴方からもちゃんと言いなさいね」
「?」

代金を受け取り、レジを打ちながら何の話か分からず言葉を探していると、袖で口元を隠しながら佐和子さんは笑う。


「妊娠は安定期までは早々言いふらすものじゃありませんよって。麗子さん、私にわざわざ言いに来たのよ。電話でも良い用件だったのに家まで来て」

本当に可笑しそうに佐和子さんは笑うが、私は耳まで真っ赤になっていたと思う。
そんな、母らしくない行動になんだか私まで恥ずかしい。

「でも良かったわ。引っ込み思案だった貴方がそんなに変わるのね。おめでとう。楽しみだわ」
「ありがとうございます。私も今、幸せです」
まだ笑っているけど、佐和子さんは御つりを受け取ると優しく目尻を細めて私を見る。

「もう舞踊に未練はない?」
「ありません」
きっぱりそう言うと、佐和子さんは一回深く頷く。


「では、私は待つわ。弟子は取らない主義だけど美一くんの娘なら私、――待つわ」
その言葉に目を見開く。
いくら、私が幹太さんに鈍感だと言われようと流石にその言葉の裏の意味は分かる。

「貴方ならきっと出来るわ。美一くんみたいに繊細な文字を書くのだから」


「あらあら、困ります。将来有望のうちのスタッフに」

暖簾を上げて小百合さんが現れると、二人は冗談交じりに話を始めた。

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