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四、ウソツキ、嘘つき、うそつき

Side:南城一矢⑨

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短い髪を耳にかけるしぐさ。小さな耳があらわになるとまっ赤になっている。

赤くなるぐらい携帯を強く耳に押し付けたのかと、疑問が浮かんだが、今の問題はそれではなった。

「嘘をつかずに、教えてほしい」

嘘つきなら、この話の中に三人いる。

けれど、これだけは信じてほしい。俺たちは誰一人、華怜を傷つけたくて嘘をついたわけじゃない。

 親友の気持ちを守るために。

 男性恐怖症に捕らわれないために。

 そして――俺は。

「どうして私を騙したのか、教えて」

振り返った彼女の目に大粒の涙が溜まっていた。

騙さなければ、取り付く島もなく話さえも聞いてくれなかっただろう。

騙さなければ、今こうして、一緒の空間に居ること時代できなかっただろう。

騙さなければ――。

騙さなければ、彼女は俺のことなんて思い出せず、自分のためにお洒落して一人気ままに生きていて、こんな風に泣かずに済んだ。

「どうして?」

カーテンを掴む手が震えていた。

なので俺はケーキを冷蔵庫に入れるのも忘れ、カウンターに置くと彼女に近づく。

そして自分でも止められないまま抱きしめていた。
「どうしてって――聞いているのに」

胸の中で暴れる彼女の短い髪が頬に当たった。

「嫌だったからだ」

俺は嘘をついていた。

本当はずっと嘘をついていた。

「君の髪が、誰かに汚されるのがめちゃめちゃに嫌だった。許せなかった。誰にも触れさせたくなかった」

最初からだ。

衝動的じゃないよ。許せなかった。君の一部として存在してほしくなかった。

最初からだ。

俺は君の髪が汚された瞬間に、君への強い執着と思いに気づいた。

「ごめん。ごめん。――衝動だった。君が髪を伸ばせないと知って会いに行ったら、思いがあふれて止まらなかった。俺はずっと、ずっと初恋を引きずっていた」

どうして結婚してくださいって言ってしまったのか、今、自分でもわかった。

俺は今も昔も、君が好きて好きで好きで。

忘れられたのが苦しかった。もう必要ないと言われたのが苦しかった。

自分はあの日から、気持ちが変わらず今もこうして溢れていたから。

自分勝手に、彼女の人生を奪おうとした。

「何をしてでも、君を手に入れたかった」

傷つけるとわかっていたが、もう嘘だけはつけなかった。
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