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五、あまい、とろける、いたむ。
五、あまい、とろける、いたむ。①
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一矢くんの妹さんの言葉が気になった。おじいちゃんと一矢くんの仲の良さに疑問が浮かんだ。
あんなにヒステリックな母が、一矢くんとの婚約をすんなり許可したのもおかしいと思った。
強制的な婚約を迫られたとき、母の言動や彼の無理強いにショックで冷静な判断ができていなかった。けれど、今、どんどん巻き戻すように思い出すと、不自然な点が目立って、気持ちが悪かった。
全て繋がっている気がして、確かめるしかないと気付いたら行動に移していた。
美矢さんが言っていた祖父の医院の新店舗が三駅向こうにできる話を従兄弟に聞く。
答えはイエスで、それでいて全く経営が悪化している様子は微塵も感じられなかった。
ではどうして、母は嘘をついたの。
ではどうして、そこまでして、彼は私と結婚しようと思ったの。
分からなくて、カーテンを握りしめて外を眺めていた。
早くしなければ雨が降るかもしれない。早くしなければ雷が見えてしまうかもしれない。
この季節の天気なんて信じられないのに。
それでも私は呆然としていて瞬きさえ億劫に感じていた。
騙されたショックよりも、母も彼もどうしてそこまで私に無理強いしたのか。
私は一人で気ままに生きていて、かわいそうに見えたの?
どうして今更、こんな騙してまでそばに居ようとしたの。
その疑問は、――彼の腕の中で今全てわかった。
贖罪なのかと思っていた。男性恐怖症で結婚をあきらめていた私を、傷物にしたからもらってやるっていう驕った気持ちだと思っていた。
「ごめん。ごめん。――衝動だった」
それでも、違うと彼は否定した。
――はるか昔、私の髪を切った日も、騙したことも違うという。
「君が髪を伸ばせないと知って会いに行ったら、思いがあふれて止まらなかった。俺はずっと、ずっと初恋を引きずっていた」
苦し気に吐き出された言葉は、自分勝手な都合のいい言葉。
初恋だったなんて免罪符になるわけないのに。
「何をしてでも、君を手に入れたかった」
それなのに強く抱きしめられ、息ができなくなるぐらい強く抱きしめられて、彼の本音を耳元でささやかれた。
私は彼を忘れても、彼はずっと私を思っていたと。
騙してでも私のそばに居たかったと。
なんてひどい言葉なの。なんで一人でいいって言う私に自分の気持ちを押し付けるの。
ねえ、どうして。
どうして私は怒っていないの。
胸が痛いのに、苦しいのに、熱くてじんじんしている。
放っておいて。私はあなたを忘れて一人で生きていこうとしていたのに。
どうして涙が溢れるのに、あの日のように私の心は傷つかないの。
あの時みたいにショックで気を失うことはない代わりに、時間が停まっているように感じた。
発狂していないのは傷ついていないからだ。
私は、一矢くんの嘘で傷ついていない。
「……一矢くんは、私のどこがいいの。どうしてここまでしたかったの」
抱きしめられた腕の中で、行き場をなくした私の手が今、ゆっくりと彼の背中に触れようとしていた。
あんなにヒステリックな母が、一矢くんとの婚約をすんなり許可したのもおかしいと思った。
強制的な婚約を迫られたとき、母の言動や彼の無理強いにショックで冷静な判断ができていなかった。けれど、今、どんどん巻き戻すように思い出すと、不自然な点が目立って、気持ちが悪かった。
全て繋がっている気がして、確かめるしかないと気付いたら行動に移していた。
美矢さんが言っていた祖父の医院の新店舗が三駅向こうにできる話を従兄弟に聞く。
答えはイエスで、それでいて全く経営が悪化している様子は微塵も感じられなかった。
ではどうして、母は嘘をついたの。
ではどうして、そこまでして、彼は私と結婚しようと思ったの。
分からなくて、カーテンを握りしめて外を眺めていた。
早くしなければ雨が降るかもしれない。早くしなければ雷が見えてしまうかもしれない。
この季節の天気なんて信じられないのに。
それでも私は呆然としていて瞬きさえ億劫に感じていた。
騙されたショックよりも、母も彼もどうしてそこまで私に無理強いしたのか。
私は一人で気ままに生きていて、かわいそうに見えたの?
どうして今更、こんな騙してまでそばに居ようとしたの。
その疑問は、――彼の腕の中で今全てわかった。
贖罪なのかと思っていた。男性恐怖症で結婚をあきらめていた私を、傷物にしたからもらってやるっていう驕った気持ちだと思っていた。
「ごめん。ごめん。――衝動だった」
それでも、違うと彼は否定した。
――はるか昔、私の髪を切った日も、騙したことも違うという。
「君が髪を伸ばせないと知って会いに行ったら、思いがあふれて止まらなかった。俺はずっと、ずっと初恋を引きずっていた」
苦し気に吐き出された言葉は、自分勝手な都合のいい言葉。
初恋だったなんて免罪符になるわけないのに。
「何をしてでも、君を手に入れたかった」
それなのに強く抱きしめられ、息ができなくなるぐらい強く抱きしめられて、彼の本音を耳元でささやかれた。
私は彼を忘れても、彼はずっと私を思っていたと。
騙してでも私のそばに居たかったと。
なんてひどい言葉なの。なんで一人でいいって言う私に自分の気持ちを押し付けるの。
ねえ、どうして。
どうして私は怒っていないの。
胸が痛いのに、苦しいのに、熱くてじんじんしている。
放っておいて。私はあなたを忘れて一人で生きていこうとしていたのに。
どうして涙が溢れるのに、あの日のように私の心は傷つかないの。
あの時みたいにショックで気を失うことはない代わりに、時間が停まっているように感じた。
発狂していないのは傷ついていないからだ。
私は、一矢くんの嘘で傷ついていない。
「……一矢くんは、私のどこがいいの。どうしてここまでしたかったの」
抱きしめられた腕の中で、行き場をなくした私の手が今、ゆっくりと彼の背中に触れようとしていた。
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