この恋は、風邪みたいなものでして。

篠原愛紀

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症状七、免疫力をつけましょう。

症状七、免疫力をつけましょう。①

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店長に引っ張られて出勤できたものの、私の顔は涙の痕でぐしゃぐしゃだった。
気合いを入れて着てきた服も、ヒールも、テーブルの下に潜った時に汚れてしまていた。が、一番にメイクを直すように店長に指示された。
幸せそうな電話をしていた菊池さんも心配して休憩室を何度も覗きに来てくれた。
私が菊池さんの幸せな話を聞くはずが、今、私も幸せで一杯で、誰かを抱き締めたい気分だ。
「そう言えば、店長に最初に研修で習ったことは、お化粧でしたよね。私のアイメイクはパンダみたいとか、流行ってるメイクではなく接客するメイクって」
漸く人前に出れる程度に回復した顔を見て店長も、胸を撫で下ろした。

「そうね。貴方は素直で、飲み込みは悪くても努力しようって前向きな姿勢で、教える私は嬉しかったわ」
「それなのに、私、昨日の店長の言葉から、勝手に店長が颯真さんの婚約者なのかと勘違いしちゃって」
「私が? 嫌だ。止めて。本当に止めて」
店長は真っ青になった後、舌を出し本当に嫌そうに首を振る。
そして、ランチの準備用の食器を乗せたワゴンと、テーブルの清掃道具一式を積んだワゴンを乗せて、ホール内へ入る。
すると、グランドピアノがあった場所に、真新しいピアノが置いてあった。
自動演奏装置が付いていて、独りでにピアノを奏でている。
「あのピアノについて貴方に何も言ってないって言ってたわよね。詳しくは、あの馬鹿御曹司にでも聞きなさいね、さ、手も動かして」
「待って下さい。颯真さんと店長の関係って仕事の上司と部下ってだけですか?」
店長は食器を定位置へ置く作業の手を止めずに、テキパキこなしながら答える。
「私が彼の二個上で、小学校から大学まで一緒だっただけよ。学年も違うし、目立ってたけど、そこまで干渉してないわよ。ただこのホテルでウエディングも始めるなら、私の恋人をこのホテルに引き抜きたいって打診してきたの」
「店長の恋人さんを!」
「そう。それなのに、一向に計画を進めないから、私たちの結婚もタイミングが掴めなくて、本当にあの顔を見ると苛々したわあ。先に私たちが結婚しちゃうから」
「わあ。是非に! 結婚式も呼んで下さい!」
「そうね。しちゃおうかしら」
クスクスと笑いながらも、店長は仕事を終え、次は内装チェックを始めた。
私も急いで、テーブルの消毒と清掃に回る。
颯真さんは店長の事をどんな人か知っていたから信頼してこの店に引き抜いたり、仕事の相談をしたりしてたのかもしれない。
……ああ。
まだ夢みたいで、胸のドキドキは収まっていない。
恋人と言う位置になったけど、このドキドキに免疫は付くのだろか。
幾ら経験しても、颯真さんの言動に私は一生ときめいていそうな気がする。
「終わりました!」
「じゃあ予約の確認と、予約席のテーブルもチェックしておいてね」
「はい」
時計を見れば、ランチビュッフェ開始の11時30分までもう時間がない。
混む時間帯を避けて一番初めに来ようとするお客様は既に廊下の椅子に座って待っている。
辺りを見渡し、自分の担当の仕事は全て終えていた。菊池さんの担当の手伝いをしつつ話を聞こうかと探していると、店長が隣にやってきた。
「このホテルもね、颯真くんが大学入学と同時に、支配人が企画してみろって颯真君に白紙のまま投げてよこしたホテルでさ。ファッションデザイナーや日本画家、CGクリエイター、など様々なクリエイターに、自分の人脈でデザインとかお願いして彼なりのホテルを頑張って作ったみたいよ。構想に大学時代の青春をささげたんじゃないかしら」
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