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壱
三
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そんなことはありえない。俺は魔王を倒すためだけに旅を続けていたし、レベルを上げていた。
一方の魔王の方は、冷酷非道と言われていたが、単に他人に興味が無く関心が無かっただけ。
人がそんなに脆く弱いとも気づかず、残忍な行為を繰り返していたと言われているが、最初からレベル100もって生まれてきた魔王は、レベル1への手加減が分かっていなかった。
大分俺が話し合ったら、熱心に聞いて分かってくれていたんだけどなあ。
『勝負をしよう、勇者。もし私が勝ったらお前を私のものにする』
結局、俺を自分の傘下にしたい、下僕にしたいってだけ。
魔王の自分に刃向かう面白い人間って程度の扱いだったんだよなあ。
俺に優しかった記憶は、覚えている範囲では全く見当たらない。
美鈴は納得できないながらも、すぐに違う話へと切り替えた。
「りんりんは、そのマッチングアプリのコールセンターのバイトから正社員になれないのぉ?」
美玲にはコールセンターのバイトと言っているが、本当は女性会員になりきって男性会員と会話するサクラのバイトだぞ。
そこから正社員になれるはずもない。
「無理だよ。期間限定のバイトだし」
そもそも女性会員が増えたら証拠隠滅のために辞めなきゃいけないんだ。
はあ。
大きいため息を吐く。大学の食堂は賑やかで、仲間同士で楽しい会話で盛り上がっている。
俺がこの世界で生まれてから今日まで平和で、退屈なぐらい平和で問題なく生きて来れた。
よく言えば、前世のせいで刺激が足りないし、少しぐらいの政治論争や世界の問題も、魔王が触手で町を襲い、一晩で国を崩壊していたのを頻繁に見ていた自分には何も心に響かなかったわけだ。
女性会員が少なくて困っているっていう、町中でキャッチされバイトを始めたときも「色恋に金を出せる平和な時代だな~。女性と交流を持てないのも可哀想だな~」なんて気持ちで引き受けた。
だが実際の俺はどうなんだ。
よくよく考えれば美玲以外の女性との関係は稀薄じゃないか。
俺には、美玲しか女友達はいない。
下手すれば、俺の男友達建ちは美玲と寝たことがある穴兄弟たいで、俺だけのけ者感はある。
「そういえば、賢者だったユウユウ、この前テレビでみたんだよねえ。神社の神主やってたよ」
「おー。ユージンがか。ぽいぽい」
「美形神主ってインタビュー受けてたしきっとファンが押しかけちゃうじゃん。あたし、巫女さんしよっかな。連絡してみようっと」
前世ではストイックで、清く潔癖だったユージンだ。
神主とはこちらの世界でぴったりだな。前世の時も神力を持って生まれた、生まれながらの神童だったし良い奴だった。
いつか。俺も自分の職業が決まってから、会いに行って前世の話で酒でも酌み交わしたいものだ。
「とりあえず、就職難民は流石に勇者として恥ずかしいからさ。今日は就職課に寄ってみて、新しい求人がないか見てみる」
「頑張れ。無理なら大学以外でハロワとかでも探し出さなきゃまじで就職浪人だからね」
自分もお祈りしかされていないのに、なぜか俺の心配をしている。優しいのだけは前世から変わらない。
***
俺には前世の記憶がある。
けれど、両親にも美鈴以外の友人も、前世の記憶なんてない、お伽話だと笑っていた。
だから俺は勇者だったことは誰にも話さなくなったし、偶に夢の中にいるんじゃないかなって不思議な気持ちになることもある。
この世界に俺が異常で、他が正常。俺は染まりきっていない。同化できていない。
それは美鈴も一緒で、テレビに映っていたユージンも一緒で、だから俺たちはお互いがすぐに見つかったんじゃないかなって。
なんて、きっと就職浪人間近の、冷静な思考に戻れない俺の足掻きに過ぎないんだ。
大学の本校舎は丘の上にあり、緩やかな坂に経済学科、英語科、観光学科、そして坂を降り立った入り口にある特別棟。ここの一階に就職課がある。二階から十二階までは講師の研究室で、就職課の前に張り出されている求人を眺めているとアドバイスをしてくれたり、お説教をしてくるから苦手だ。
張り出されている求人を眺めても、もうこの時期だ。パッとするものがない。
給料や職場の住所が納得できなかったり、資格がなかったり、試験が難しかったり。
選べる立場ではないのだからとりあえず手あたり次第、受ける方がいいのかな。
「佐久間くん、そろそろ来ると思てったのよ」
「間宮さん」
何度か就職試験の面接の手配をしてくれた、就職課の間宮さんがファイルを持って手招きする。二十代後半ぐらいの眼鏡をした姉貴肌の女性で、言葉は厳しいが頼りがいがある。前世で言えば、宿屋のお姉さんみたいだ。
「貴方って身の程にも大手しか受けないじゃない?」
「はい。身の程ですみません」
自覚している分、恥ずかしくなってきた。でも仕方ない。本当のことだから。
「さっき、ほんとさっきね。大手ホテルのコンシェルジュの求人が来たんだけど、見る?」
「見ますっ」
一方の魔王の方は、冷酷非道と言われていたが、単に他人に興味が無く関心が無かっただけ。
人がそんなに脆く弱いとも気づかず、残忍な行為を繰り返していたと言われているが、最初からレベル100もって生まれてきた魔王は、レベル1への手加減が分かっていなかった。
大分俺が話し合ったら、熱心に聞いて分かってくれていたんだけどなあ。
『勝負をしよう、勇者。もし私が勝ったらお前を私のものにする』
結局、俺を自分の傘下にしたい、下僕にしたいってだけ。
魔王の自分に刃向かう面白い人間って程度の扱いだったんだよなあ。
俺に優しかった記憶は、覚えている範囲では全く見当たらない。
美鈴は納得できないながらも、すぐに違う話へと切り替えた。
「りんりんは、そのマッチングアプリのコールセンターのバイトから正社員になれないのぉ?」
美玲にはコールセンターのバイトと言っているが、本当は女性会員になりきって男性会員と会話するサクラのバイトだぞ。
そこから正社員になれるはずもない。
「無理だよ。期間限定のバイトだし」
そもそも女性会員が増えたら証拠隠滅のために辞めなきゃいけないんだ。
はあ。
大きいため息を吐く。大学の食堂は賑やかで、仲間同士で楽しい会話で盛り上がっている。
俺がこの世界で生まれてから今日まで平和で、退屈なぐらい平和で問題なく生きて来れた。
よく言えば、前世のせいで刺激が足りないし、少しぐらいの政治論争や世界の問題も、魔王が触手で町を襲い、一晩で国を崩壊していたのを頻繁に見ていた自分には何も心に響かなかったわけだ。
女性会員が少なくて困っているっていう、町中でキャッチされバイトを始めたときも「色恋に金を出せる平和な時代だな~。女性と交流を持てないのも可哀想だな~」なんて気持ちで引き受けた。
だが実際の俺はどうなんだ。
よくよく考えれば美玲以外の女性との関係は稀薄じゃないか。
俺には、美玲しか女友達はいない。
下手すれば、俺の男友達建ちは美玲と寝たことがある穴兄弟たいで、俺だけのけ者感はある。
「そういえば、賢者だったユウユウ、この前テレビでみたんだよねえ。神社の神主やってたよ」
「おー。ユージンがか。ぽいぽい」
「美形神主ってインタビュー受けてたしきっとファンが押しかけちゃうじゃん。あたし、巫女さんしよっかな。連絡してみようっと」
前世ではストイックで、清く潔癖だったユージンだ。
神主とはこちらの世界でぴったりだな。前世の時も神力を持って生まれた、生まれながらの神童だったし良い奴だった。
いつか。俺も自分の職業が決まってから、会いに行って前世の話で酒でも酌み交わしたいものだ。
「とりあえず、就職難民は流石に勇者として恥ずかしいからさ。今日は就職課に寄ってみて、新しい求人がないか見てみる」
「頑張れ。無理なら大学以外でハロワとかでも探し出さなきゃまじで就職浪人だからね」
自分もお祈りしかされていないのに、なぜか俺の心配をしている。優しいのだけは前世から変わらない。
***
俺には前世の記憶がある。
けれど、両親にも美鈴以外の友人も、前世の記憶なんてない、お伽話だと笑っていた。
だから俺は勇者だったことは誰にも話さなくなったし、偶に夢の中にいるんじゃないかなって不思議な気持ちになることもある。
この世界に俺が異常で、他が正常。俺は染まりきっていない。同化できていない。
それは美鈴も一緒で、テレビに映っていたユージンも一緒で、だから俺たちはお互いがすぐに見つかったんじゃないかなって。
なんて、きっと就職浪人間近の、冷静な思考に戻れない俺の足掻きに過ぎないんだ。
大学の本校舎は丘の上にあり、緩やかな坂に経済学科、英語科、観光学科、そして坂を降り立った入り口にある特別棟。ここの一階に就職課がある。二階から十二階までは講師の研究室で、就職課の前に張り出されている求人を眺めているとアドバイスをしてくれたり、お説教をしてくるから苦手だ。
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選べる立場ではないのだからとりあえず手あたり次第、受ける方がいいのかな。
「佐久間くん、そろそろ来ると思てったのよ」
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「はい。身の程ですみません」
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「さっき、ほんとさっきね。大手ホテルのコンシェルジュの求人が来たんだけど、見る?」
「見ますっ」
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