鎖の少年

MEIRO

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 レンガの屋根に、白い外壁。
 手入れされた庭のある屋敷を、茜色の日が照らしている。

「ありがとうございました。とても素敵な時間を過ごせました」

 プリメラは目の前にいる黒髪の少女に言う。
 クラウンのいた部屋を出たところで待っていた黒髪の少女に、屋敷の外までお見送りをしてもらったのだった。
 鉄柵に囲まれた敷地内には馬車が止まっており、プリメラはをその荷台に乗って帰るところである。

「そうですか。それはよかったです」

 黒髪の少女はそう言って、柔らかく笑みを浮かべる。

「また、来てもいいでしょうか?」

「はい。是非、来てあげてください。クラウンも喜びます」

「……そうでしょうか?」

 ここには自分以外にも、特殊なシチュエーションでしか欲求を満たせない女性が沢山来ると、プリメラは黒髪の少女から聞いていた。
 自分はそんな中の、一人でしかない。
 ほんのお遊びの関係であり、それが許される関係。
 プリメラとクラウンの関係は、そんな線引きがされた、濃いのか薄いのかもわからない関係なのである。
 次回来た時には、自分のことなど忘れいてしまっている、なんてこともあるかもしれない。
 そのことを思って、ほんの少しだけ寂しさを覚えるプリメラに、黒髪の少女は言った。

「はい。プリメラ様のように綺麗な方でしたら、なおさらだと思います」

「お上手ですね。ありがとうございま……」

「――本心ですから。私も、またプリメラ様が来られるのを、ここでお待ちしております」

 目の奥まで覗き込むような黒髪少女の真っ直ぐな視線に、プリメラは少し戸惑いを覚えながら口を開く。

「それって、どういう……」

「――プリメラ様」

 黒髪の少女の声が、プリメラの思考を中断させる。

「早く帰りませんと、完全に日が暮れてしまいますよ」

「は、はい」

 プリメラはぼんやりと返事をしながら、馬車の荷台に乗った。

「よろしければ、名前を……聞いてもいいですか?」

「私はルーア。ルーア・マキュレイと申します」

「ルーアさんですね。また来ますので、その時はまたよろしくお願いしますね」

 プリメラは座席に腰を掛けると、黒髪の少女――ルーアに会釈する。

「はい、お待ちしております」

 ルーアお辞儀をすると、馬のほうへ視線を向けた。

「それじゃあ、プリメラ様をお願いね」

 しかし、そこに従者はおらず、

「……あいよ」

 男性のような低い声で短く返事をしたのは、馬だった。
 ルーアはプリメラに向き直ると、

「またここに来たい時は、“魔方陣”を使って連絡をしてください。ランスファが迎えに行きますから」

「はい。わかりました」

 プリメラは返事をしながら、喋る馬を初めて見た時の驚きを思い出す。
 その時は興奮のあまり、喋るけど無口な馬――ランスファに色々と尋ねすぎて、困らせてしまったのだった。

「すみませんが、よろしくお願いしますね」

「……あいよ」

 プリメラの言葉に、ランスファは短くそれだけ言うと、走り出した。

「それでは、また」

 遠ざかるルーアに、プリメラは手を振る。
 ルーアは深くお辞儀をすると、

「……またね。プリメラ」

 小さな声で呟き、笑みをこぼしたのだった。

 + + + + + +

 プリメラが帰った後、ルーアはクラウンのいる部屋へと足を運んだ。

「入るわよ」

 重厚な扉を開き部屋の中へ入ると、ルーアは拘束されているクラウンの元へと向かってく。
 しかし、クラウンは無表情のまま、何の反応もせずに座っていた。

「あのね。プリメラって、お姫様なんだって」

 クラウンの様子を気にすることもなく、ルーアは楽しげに話しながら、クラウンの右腕についている鎖を外す。

「可愛くて、憧れちゃうわ」

 左腕も、同じように外していく。

「今日はね、お忍びで来てくれたんだって」

 鎖は、クラウンの首や腰、足までも拘束しており、ルーアはそれらを外そうと手を伸ばす。

「本当に綺麗で、ドレスとか着たら、凄く似合うんだろうなあ。けど……」

 足の拘束を外し、

「ふふっ。部屋に充満している残り香だけでも、凄い匂いね」

 腰の拘束を外す。

「クラウンの苦しみは伝わってきてたけど、これほどとは思ってなかったわ」

 最後に、首の拘束を外すと、

「どうだった? お姫様の、オ、ナ、ラ、の匂いは」

 ルーアが訊いた瞬間――クラウンの体は電流が走ったかのように、びくっと一度大きく震えた。

「……ぁ」

「ん? 良いにおいだった?」

 クラウンの漏れた声に、ルーアはわざとらしく首を傾げる。
 すると、クラウンはしばらく口をぱくぱくさせながら、目に涙を浮かべだした。

「ふふっ、大げさ……でもないか」

 何かを思い返す表情のルーア。
 しかし、クラウンは話を聞く余裕も無い様子で、苦しそうに顔を青白くさせると、

「――――」

 胃の中にあったものを吐き出してしまう。

「あらあら」

 ルーアは苦笑いをすると、何かの魔法を詠唱し、発動させる。
 すると、クラウンの吐いたものが唐突に消え、床は綺麗な状態に戻っていく。
 それを見届けると、ルーアは膝立ちしてるクラウン頭に右手を乗せ、くるりと顔に背を向けた。

「けど、大丈夫よ」

 ルーアは安心させるように、穏やかな声で言うと、

「……んっ」

 唐突に、息んだ。

 ~ ムッ……スゥゥ……ゥゥ……ゥゥ

 空気の抜けるような音が、ルーアのお尻の辺りから鳴る。
 途端、クラウンの体が痙攣するように一度びくっと反応し、強張った体から、ゆっくりと力が抜けていった。

「あなたはただ、人形でいてくれればいいんだから」

 ルーアはぐったりと横たわるクラウンの傍らに正座し、膝の上にクラウンの頭を乗せる。

「今日はこれでおしまい。お疲れ様、クラウン」

 ルーアは穏やかな笑みを浮かべると、しばらくクラウンの頭を優しく撫で続けたのだった。
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