はじめましての、

𝐄𝐢𝐜𝐡𝐢

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はじめましての、音

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 俺には、親友がいる。
 そいつは、ある日突然引っ越してきて、俺のいる中学に転校してきたのだ。
 ちなみに、最初の印象は――なんだこいつ、だった。
 別に、これといって理由はない。
 だが異様に、あわないな、と思ったのだ。
 恐らく向こうもそう思ってたに違いない。
 だから、初日から喧嘩した。
 まあ、口げんかだ。物騒な話ではない。
 それはそうだろう。
 出会った初日に口げんかをした相手は――女の子だったのだから。

 殴り合いなんて、なるわけもなく。
 ただ、男だったなら、たぶんそうなってただろうと思う。
 あの空気は、それほどまでにひりついたものだったのだ。

 それにしても、あの時の俺は、あいつの何が気に食わなかったんだろう。
 あの時のあいつは、何に苛立ちを覚えていたのだろうか。
 ふと、そんなことを思うこともあるが。
 思い出して、なんでだっけ。と笑いあえるぐらいには、俺らは親友になっていた。

 そして、今は中三の春。
 気づけば俺は高校生になる一歩手前まで生きていて。
 だというのに、今日もあいかわらず、俺は親友の部屋ベッドを背もたれに床へ座り、だらだらと、携帯ゲーム機で遊んでいた。
 まるで、自宅のような、くつろぎ方だが。
 いつのまにか、それがおなじみのスタイルになっていて。
 ベッドの上に目を向けてみれば、親友はベッドにうつぶせになり、なにやら漫画を読んでいた。

 まったく。少し短めスカートをはいているのに、完全に無防備な感じだ。
 さらにいうと、俺のすぐ顔の近くに、彼女の尻がある位置関係で。
 だというのに、何も起きる気がしないのは、不思議だなと思った。

 なんていうのだろうか。
 男女の壁を越えている、のかもしれない。
 なんというか。一緒にいると落ち着くような、そんな感じだ。
 そいつの前だと、俺は平気でばかになれるし。
 本気で笑える。
 悩み事も、うっかりいってしまったりして、結局それも笑い話になったりするんだから。
 ものすごい関係だな、と思った。

 ちなみに、そいつが異性として可愛くないというわけではない。
 見た目は整っているし。なんどか、他のやつに告白されたりもしたらしいし。
 恐らくモテるのだろう。
 だというのに、俺とこいつとのあいだに、そういった男女の関係を意識する気配すらないのは不思議だが。
 それで、いいと思う。
 今の関係を発展させる必要性がないのだから。

 それにしても、こいつはなんの漫画を読んでいるのだろう。
 ふときになった俺はぼんやり、彼女のほうへ目を向けていた。
 すると、

「あ……。おならがでそう……」

 おい。
 唐突に、こいつは何をいいだすのだろうか。
 今までにないほど、無防備な発言だ。
 まあ、俺としては、別にいいのだけれど。
 むしろ、その発言が、面白くて俺は、けらけら笑った。

「おいおい、毒ガスはやめてくれよ。俺がまだ避難してないんだからさぁ」

「んー、確かに……。ちょっと、頑張ってみ……。ああ、むりだったわ」

 ふすううぅぅううううぅぅ~~……

 と、すかしっ屁をする親友。
 頑張るといいながらも、そっこうで放出しやがった。
 その様子が、つぼに入り、俺はさらにわらった。

「いやいや。お前の頑張りって、どんだけじょぼいんだよ。面白すぎかよ」

「えへへ。もっとほめてー」

「ほめてねぇ。っていうか――」

 もわっと、臭いがきた。
 音から、なんとなく察してはいたが。
 予想通り、きつめの卵っぽい臭いで。

「ちょっ、くせえって!」

 俺は冗談を言うように、あははと爆笑する。
 そして、そんなふうに愉快な心地でいながらも。
 なんだか――。
 別の、複雑な感情がわきあがってくるのを感じ。
 俺はそれをおさえつけるように、口をひらいた。

「ふざけんな、毒ガスじゃねえか」

「すごいでしょー」

「だから、ほめてねぇ」

 自慢げな感じでけらけらわらう親友に、俺も同じようにして返し。
 まだ漂っている臭いに、俺は鼻をつまむ――ふりをすると、

「っていうか、マジでしぬ。くさすぎ」

「え? だいじょうぶ? もう一回でそうなんだけど、耐えられる?」

「おいおい。心配そうにしながら、余裕でだそうとするなって」

「あー、もう出る……」

「おい」

「出る出る……。でちゃう……」

「おい、よせって」

 そう言いつつも、口調を軽くし。
 俺はあからさまに冗談をいうように苦笑いをした。
 そんな視界の先で、そいつは目をつむり、気の抜けたような表情をすると、

 すっかああぁぁああああぁぁ~~……

「ああ……、でたぁ……」

 彼女はまたも、すかした。
 そして、その音のイメージどおり。
 しばらくしてから、先ほどよりもきつめな腐卵臭のような臭いがして。
 俺はこの日。
 今までになかった、とある新しい感情が芽生えるのを、高鳴る脈の音と共に感じたのだった――。
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