はじめましての、

𝐄𝐢𝐜𝐡𝐢

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はじめましての、動揺

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「いま……、なんて?」

 俺は首をかしげる。
 いましがた言われた言葉を理解できなかったからだ。
 そんな俺の視線の先で、異性でありながら親友という存在である――白石しらいし 亜里沙ありさは、肩にかかるほどのショートの髪をかきながら、ベッドの上におもむろに立ち上がると、

「だから、嗅がせてあげよっか? って、言ってるんだけど」

 どうするの、と。
 丈の長いニットの服をす、っとお持ちあげる。
 すると、ちらりとオレンジっぽいショーツがみえ――というか、下、はいてなかったのか……。
 俺はてっきり、ショートのデニムでも履いているとばかり思っていたのだが、どうやらちがうようで。
 長めのシャツの類なのか、ワンピース系の上着なのか、よくわからないような、その際どさに、思わずどきっとしながら「まじか……」と、それだけの言葉を絞り出した。

 どうも、脳の処理が鈍い。
 脈が速くなり、思考がぼやけ、なんだか、軽めの麻酔でもかけられているかのようだ。
 俺がそんな風に、ぼんやりとしてると、

「まじ、なんだけど……。うーん、けどやっぱ、やめよっかなぁ……」

 亜里沙はそう言って、少し恥ずかしそうに持ち上げた服を下ろしてしまった。
 その様子に、俺は複雑気分になる。
 なぜだかはわからないが、彼女は俺の願望をかなえようと、答えようとしてくれていたようで。
 いつもどおり。本当にいつもどおりの、親友のような様子で、彼女はそうしてくれたのだ。
 だが、俺が変な空気を作ってしまったせいだろう。
 それを感じ取った亜里沙は、今になって羞恥心を覚えたかの様子で。
 俺はそのことに反省をしつつ、どんな言葉を口にしたらいいのかわからずにいた。
 願望を叶えてしまいたい気持ちと。
 果たして、本当にそれをしてしまってもいいのだろうかといった気持ちが、ごちゃとしてしまっているのだ。

 ちなみに、その願望の内容なのだが――。
 『女性のおならのニオイを嗅いでみたい』、というものだった。
 ある日を境に、そういった興味を抱いてしまい。
 なんとなく、今。
 親友である、亜里沙に打ち明けてしまったのだ。
 彼女なら、聞いてくれると思ったのだ。
 それほどまでに、俺のなかで、彼女に対する信頼は厚く――。
 しかし、亜里沙の返答は俺の予想を超え。
 予想を超えるほど――あっさりと受け入れようとしてくれていた。
 だが、俺の返答しだいでは、それは台無しになってしまうだろう。
 チャンスを失ってしまうことになってしまうだろう。
 とはいえ、欲望に身を任すのはあ嫌だった。
 ぼんやりとした頭で行動を決めてしまうのが、嫌だったのだ。
 そこで、俺は呼吸をゆっくり整えてから、いつも通り笑うと、

「わるい。今、何か変だったよな。けど、誰だってびっくりするって……」

 俺はそういいながら、激しく振動する脈を落ちつかせながら口を開いた。

「引かれるんじゃないかなって。ちょっとは、覚悟してたんだぜ? それを即答って……。なんだか、すげぇなって……」

「いやぁ、まあそういわれてみれば、そうだけど……。でもさ、人間誰しも、そういう変わったどころがあるもんじゃないの?」

「まあ……。いや、そうか?」

 首をかしげる俺。
 亜里沙はそんな俺の返事に、「まあ、知らんけど」と苦笑いを浮かべると、

「じゃあ。蘭太らんたは、私に変な部分があったら、引くの?」

 そんは、俺への問いに。

「いや、引かないな」

 言いながら、俺は気づく。
 さっきの、亜里沙の気持ちに。
 悩んでいたことが、いかに些細なことだったのかと、今ようやく気づいた。
 客観視してみれば、たいしたことないなと、思ったのだ。
 そして、すっと肩の荷が下りたような心地で、俺が安堵していると、

「ほら。蘭太だって、即答じゃん」

 亜里沙はそう言って柔らかく笑うと、再びニットの裾を持ち上げて訊いた。

「で、どうする? 今、すごく出そうなんだけど」

「おお、まじか……。それなら頼むわ。何でかは、知らないんだけど……、すごく気になるんだ」

 俺がそう応えると、亜里沙は愉快そうに笑い、

「じゃあ。ニットの中に、顔入れていいよ」

「まじか……。まじで、いいんだな?」

「いいからいいから。早くしないと、漏れちゃうよー」

 にしし、と愉快そうな表情を浮かべる亜里沙。
 そんな彼女の言葉に、俺は「わかった」と返事し、頭をニットの中に入れた。
 すると、後頭部をその生地の弾力で包まれ、鼻先が、亜里沙の尻の間に収まっていく。
 そして、そうなってから、俺は唐突に疑問を覚える。
 俺、なにやってるんだろう、と。
 ふと、そんなふうに思い、ながら――、

「それじゃあ、でるよー」

 亜里沙はそう言って、「ふんっ……」と腹に力を込めた。
 そして――、

 ぷう~……

 と、小さな屁が、彼女の尻から出てきた。
 そしてそれは、わずかな量でありながら――思いのほか強烈で。
 ほんのりと、脳がくらっとくるような、卵系のニオイが、俺の鼻腔を抜け――。
 俺はそんなニオイを感じながら。
 なぜか、安心感に似た心地よさを覚えた。
 わけはわからないが、落ち着くような、そんなニオイだ。
 俺はそんなニオイを、鼻に感じながら――もっとほしい、と。思った。
 だが、

「ああ……、だめだ。なんか引っ込んじゃったぁ……」

 亜里沙はそう言い、俺の顔をニットの外にだすと、「ねえ」と俺に問うた。

「どんな、ニオイだった?」

「ああ……。なんていうか、安心するっつーのかな……。とにかく、いい感じのニオイだったよ」

「ほんとー? こないだは、毒ガスとかいってたような気がするけど?」

「いやいや、あれは冗談でいったんだって」

 首をかしげる亜里沙に、俺が肩をすくめて返事をすると、

「そう、なんだ……。まあ、それだったら、また出そうになったら嗅がせてあげよう、かな?」

「おお。それは、まじで助かるよ……。っていうか……、ありがとうな」

「えへへ。じゃあ、また出そうになったら言うから。楽しみにしてて」

 そう言って笑う亜里沙に、俺はもう一度「ありがとう」と礼を言い。
 なんだかんだで、俺のわりと一世一代な感じのカミングアウトの瞬間は、平和的に過ぎ去ったのだった――。
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