はじめましての、

𝐄𝐢𝐜𝐡𝐢

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はじめましての、裏側

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 一世一代的な秘密を親友にカミングアウトしたあの日から、数ヶ月がたち。
 俺と亜里沙は相変わらずといった感じで、一緒にいた。
 親友という関係を変化させることなく。
 高校生になった俺たちは、なんだかんだで、一緒の学校ところに通う感じにして。
 付き合ったりだとか、そんな気配を一切みせることなく。
 俺たちは異性同士でありながらも、変わらず親友関係であり続けていた。

 それにしても。
 と、俺はいつもどおり、亜里沙のベッドを背もたれに、後ろでうつぶせになっている人物へ目を向ける。
 いつもどおりの、亜里沙の姿がそこにあり。
 彼女はなにやらスマホをいじり、ゲームでもやっている様子だった。
 その視界はすっかりゲームに釘付けといった感じで。
 すぐ尻の横に俺の顔があるというのに、まったく気にした様子もない。

 おそらく、俺を男として見ていないのだろう。
 まあ、それはお互いさまなので、悲観すべきようなことではなく。
 何より、今の関係性が、俺は気に入っていた。
 だから、この距離感は、こままでいいのだ。

 ただ、そんな彼女に、俺はひとつ思うことがったあった。
 文句だとか、そういった類のことではなく。
 たまに湧き上がってくる感情があるのだ。
 どうか今ここで――オナラをしてくれないだろうか。
 と、いう、変態的な願望だ。

 俺はいつのまにか、そういったものに目覚めてしまったようで。
 とはいえ、しょっちゅうそんなことを思っているわけではなく。
 ほんとうに、なんてことのないような拍子に、思ってしまうのであり。
 それを見越した上での今の定位置ではないということだけは、説明しておかなければ、誤解を生むことになるだろう。

 なんて、誰にたいしてかの言い訳かはさておき。
 とにかく、今唐突に湧き上がってしまった思考によって、俺の脈は少しずつ圧を増していて――。
 俺もすっかり男子高校生だ。
 その感情を沈めるのはたやすいことではなく。
 俺はひたすら内から湧き出してくる感情と、懸命に格闘していた。
 そして、そんなときだった。

「――嗅ぎたい?」

 亜里沙はスマホに目を向けたまま俺に尋ねてくる。
 たが、俺は一瞬なんの事を訊かれているのかわからず、反応がおくれたのち、「……ん?」とようやく声を返した。

「ど、どうして?」

「……」

 黙りこむ亜里沙。
 ひょっとして、内心がばれたのだろうか。
 そう思い、俺が固唾を飲んでいると、

「なんとなく……」

「ふーん……。なんとなく、かぁ……」

「けど、今はやめておいたほうがいいかもよ?」

「なんで……?」

 俺が訊くと、亜里沙はしばらくの沈黙のあと。
 おもむろに口を開いた。

「タイミングがね……、わるいの……」

「タイミング?」

 話の内容がよくわからない。
 いや、よく話を解釈して見れば、亜里沙の言わんとしていることがわかるのかもしれないが。
 なぜだかわからないが、体内が沸騰したように熱く。
 湯にのぼせたかのように、思考が鈍いのだ。

 そんな自分の様子に、これじゃいけない、と。
 俺は精神を落ち着かせる。
 だが、

「たぶん……。今やったら、蘭太が目を回しちゃうだろうし」

「……」

 やばかった。
 どうしてかは、まじでわからない。
 ただ今の言葉は、俺の心臓を圧倒的な破壊力で貫いていき。

 このまま、俺はしんでしまうのではないだろうか。
 徐々にくる、得体の知れない息苦しさに、俺は言葉をつまらせながら。
 どうにか、重たい口をひらいた。

「いやいや、おおげさだって。っていうか、そんなこと言われたら、気になっちゃうだろ」

「気になる……?」

「ああ……、まああれだよ。亜里沙って、なんだかんだいって美少女の類なわけなんだけど。そんな子のおならが目を回すほど臭いって……、なんか、想像つかないっつーか、なんつうか……」

 俺はほほをかきながら言う。
 だがその言葉の半分は、嘘だった。
 初めて亜里沙の屁を嗅いだあの日の記憶を思い返してみれば、いかに可愛い見た目をした彼女であろうと、嘘みたいな臭いを発する、なんていうイメージができないこともなく。
 つまり、想像ができないというのは、嘘で。
 だからこそ、俺は――、

「ふ、ふーん……。じゃあ、もし臭くても、後悔しない?」

「……いや、いやいや。どれだけ長い付き合いだと思ってるんだよ。別に亜里沙がどれだけキツイやつをやらかそうと、別にどうっていうこと――」

「もうでた」

「へ? ……ん? なに――」

 ――ガツン、と。
 突き抜けるかのようだった。
 脳へとまっすぐに、それはやってきて、俺の視界をぐらりと揺らしたのだ。
 そうなってから、俺は少し遅れて、今何がおきたのかを気づく。
 唐突にきたのだ――臭いが。
 まるで、腐った卵を濃縮させ、それを鼻から流し込まれたかのような、そんなニオイを俺は鼻から感じ、

「……」

 呆然とする俺。
 少しの間、思考停止していた。

 何が起きたのかは、正しく理解できた。
 亜里沙が――おならをすかした、という事実に、俺はじんわりと気づいていき。
 そのニオイの濃度の凄さに、俺は色んな感情に埋め尽くされ、言葉を声にすることができなくなってしまったのだ。
 しかし、いつまでも黙り込んでいては、変な空気が流れてしまうだろう。
 俺は、一度気持ちを落ち着けるようと深呼吸をし――。
 残り香によってそれは逆効果になってしまったが、俺はどうにか思考を再起動させると、

「お、おお……。亜里沙が脅かすから、何かと思ったけど……。全然、そんなだよ……。むしろ程よくって、安心感があるニオイっていうか、別になんてこと……」

「……。鼻、腐ってるんじゃないの?」

「……ひでぇ」

 あまりの言いように、げんなりする俺。
 そんな俺の視界の先で、亜里沙はにやりと笑みを浮かべると、

「っていうか。そんなふうに言うんならさぁ……、もう一回、してもいい?」

「なっ……!」

「冗談だよ」

「……」

 絶句する俺。
 複雑すぎる感情に、目を回しそうだ。
 そんなふうに思い、俺がため息をついていると、

「けど、ちょっと試して見たいかも」

「……なにを?」

「どれだけ強烈なのをしたら、蘭太が目を回すんだろうって」

「っ……」

 やばい。
 それは俺にとって、いろいろとやばいセリフだった。
 そして、言葉を詰まらせる俺のを目をまっすぐに見て、亜里沙は続けて口をひらき、

「ちょっとだけ、気になってきちゃった……。だから今度、次回は臭いがきつくなりそうな食事とかとってみたりして、ちゃんと準備してから、試してみたいんだけど……、いい?」

「ぁ……」

「――なんて、これも冗談」

「……」

 いたずらっぽく笑う亜里沙の言葉に、俺はめまいを覚える。
 ほんと、なんでこんなに、内心をめちゃめちゃにされているのか。
 われながら意味がわからないのだけど、

「へえ……。そいつは残念だなぁ……」

 と、どうにか冗談ぽく。
 ようやく口を開いた俺に対して、亜里沙は愉快そうに笑うと、意識を手元のスマホに向け。
 そのまま黙々と、スマホをいじりだしたのだった――。
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