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お隣さんの、秘密兵器?
しおりを挟む『やっ、やめてください……!』
そんな男の声が、隣の部屋から聞こえてた。
この部屋の壁は薄い。
だから、隣の音が結構はっきり聞こえてしまうのだ。
なぜそんなところにすんでいるのか。
理由は言わずもがなだろう。
安いからだ。
めちゃめちゃ安い。
高校生が軽くアルバイトをして、その収入で、簡単に済めるぐらいには安いのである。
まあ、俺は高校生でもなんでもなく。
ただの大学生なんだけれども。
とにかく、俺にとって、一番大事なのは、金だ。
服に、遊び、趣味。
なにをするにも、やたら金がかかる。
それでいて、働く時間も、ほどほどにしておきたいと考えている。
自由な時間というのは、今しかない。
そんなしょうもない理由から、金が必要なくせに、余計なことに時間を使いたくないのである。
さて、そんなわけで。
俺は節約のために、激安のアパートに住んでいるのだが――、
『ふふっ……。本当に、やめちゃっていいのぉ?』
色気の含む、やわらかな、女性の声音。
俺よりもちょっと年上といったところだろう――なんて。
その女性が――お隣さんなのだから、どんな人なのかは知っている。
ショートボブの、きれいなお姉さんといった感じの女性だ。
名前は、知らない。表札もないし。
とにかく、すれ違うたび、花のような香りがする人で、少し危険の香りがするような、女性だった。
そして、そんな感じのお隣さんは、まだ日も明るいうちだというのに、隣の部屋で、なにやらいかがわしいことでもしているようで――。
俺はそっと、声が聞こえるほうの壁に、耳をつけ、盗み聞きをする。
『ねえ……。本当にやめちゃっても、いいのぉ?』
お隣さんが甘い声で、男に問う。
すると、男は、
『あっ……、いや……』
ころっ、と。
おちそうな感じだ。
そのあんまりな様子に、俺は思わずふき出しそうになるのをこらえる。
聞いていて、愉快だ、と思ったのだ。
そんな風に、俺はなんだかんだで、何かしらの音声作品でもでも楽しむかのように、二人の会話を聞いていた。
すると、
『ほぅら……。本当は、やってほしいんでしょ? 大変なめに……、あってみたいんでしょ?』
『えっ……、とっ……』
『あらら……。全然抵抗してこなく、なっちゃったわねぇ……』
お隣さんは男の反応に、『ふふ』と笑みを漏らすと、
『いいの? ……乗っちゃうよ?』
『…………』
やれやれ……。
そこで無言になるなよ、男。
あからさま過ぎて、笑いをこらえるのに精一杯だぞ。
というか、くっく、と少しだけ笑いが漏れてしまった。
やばい。
今の、聞こえてないだろうか。
俺は隣の部屋に耳をすましてみると、
『ほぅら……』
『ふむっ……』
『顔の上に、乗っちゃったよぉ……』
どうやら、俺の声は届いていないようで、何事もなく。
そのなにかしらは、継続していた。
それにしても。
顔の上か……。
そいつは――ご愁傷様なことだ。
このあとに、どうなっていくのか。
俺にはだいたいわかる。
ここに住んで、まだ数ヶ月だが、こういうことは何度かあったからだ。
そのたび、お隣さんに連れられてきた男はというと――、
『ねえ……。苦しいでしょ? んー?』
『や……、やめっ……』
嫌がる――ふりをする男。
どう聞いても、苦しそうには聞こえない。
おそらく、今男の顔の上に、お隣さんが乗っているという状況だと思うのだが、その圧迫感がそれほどでもないのか、呼吸は十分にできているようだ。
それをわかっていながらも、
『ほらほら、がんばってぇ……。早く逃げないと……、大変な目にあっちゃうよぉ……』
お隣さんは楽しげな様子で、ねっとりとした声を、男へとかけ続ける。
いよいよだ。
俺が待っていた瞬間がくる。
見ず知らずの男よ、逃げるなら、本当に今のうちだぜ。
俺はそんな風思いながら、くっく、と意地悪く小さく笑う。
今回は、うまく笑い声をセーブできたはずだ。
このくらいなら大丈夫だろう。
そして、その安堵は正しかったようで、
『ひゃっ、ひゃめてくらはい……』
俺の笑い声など、まったく耳に届いていない様子で、男はもごもごと言う。
口元まで、お尻につぶされているようで、うまくしゃべれていないようだ。
それにしても、本当にあからさまだ。
男の声は完全に緩みきっている様子で、危機感のかけらもない。
というか、そもそもの話。お隣さんはプロレスラーでもなんでもなく、華奢で、すらっとした女性だ。
本当に拒否をしているのであれば、余裕で逃げれるに、違いないだろう。
にもかかわらず、隣の部屋にいるということは、その時点で――やれやれ、といった感じなのである。
これが新手の詐欺とかだったら、どうするつもりだったんだろう。
俺は男の警戒心のなさに、苦笑いした。
と、まあ――そんなことはさておき。
今は続きだ。
『やめてほしかったら、力づくでどけてみなさい』
『っ……、ぐぐぅ……』
『ん、えっ……? あっ、ちょっ! 変態っ! お尻さわらないでよぉ!』
『ぁっ……!? ご、ごめっ……』
『なんて、うそだよぉ……』
……。
やれやれ……。
何のコントだ、これは。
しっかり、お隣さんの手のひらの上ではないか。
まったく。
おろかでしょうがない。
本当に、この状況は、男の自業自得だ。
だから、遠慮はいらない。
やっておしまいなさい、お隣さん。
――なんて。
俺は内心で、浮かれた気分で男を嘲りつつも、完全に楽しんでいた。
すると、
『それじゃあ。カウントダウン……、始めちゃうよ……』
『……ぇ?』
唐突なお隣さんの発言に、戸惑った様子の男。
そして、そんな男を無視して。
お隣さんは――。
ごぉ、よん、さん、と。
カウントダウンを始めていく。
そして、
『にぃ、いーち……』
ぜろ。
彼女は、そう言うと――、
ぷううぅぅううぅぅ~~……
……。
やった。
今回も、やっぱりやりやがった。
その音は、紛れもなく――放屁をする音。
つまり、お隣さんは男の顔の上に乗ったまま、おならをしたのだ。
しかし、それが――そんな単純な話ではない。
というのが、このあとの展開の、みそとなってくるのだが。
その話はさておき――。
動揺で声がでないのか、男声が無言になった。
それから――すこしして、
『んんっ!?!?!?』
男の悲鳴のような声とともに、ばたばた、床をたたく音が、隣の部屋から聞こえてくる。
おそらく――お隣さんの屁が、よっぽど臭かったのだろう。
そして、そんな俺の想像を裏付けるかのように、
『ほら……』
ぶううぅぅ……!
『じっとしてなさいっ……』
ぶびいいぃぃ~~……!
男を押さえつけているかのような、お隣さんの声と。
放屁の音。
それにたいし。
もごもごとうめくような男の声と。
ばたばたと、うるさい音が、隣の部屋から響いてくる。
『そんなに……』
ぼふううぅぅっ……!
『あばれるとぉ……』
ぶっ! ぶふううぅぅっ!
華奢な体のどこに、溜め込んでいたんだろう。
このまま、止まらないのではないか、とも思えるような。
連続して響く、放屁音。
その音が、ふっくらとして、きゅっとした感じの、お隣さんの尻から放たれていることは、言わずもがなだろう。
彼女は、獲物をしとめるかのように、それを用い。
それを受けた男は、涙声を混じらせて、悶えているようすだ。
そして、そんな隣からの物音は、だんだん鈍くなっていき――、
『あっ……、これ……』
お隣さんは、何か気づくかのように、はっと、声を漏らすと。
腹の中のガスを、ゆっくりと押し出すように息み声をもらした――すると、
むっ……すううぅぅううぅぅううぅぅ~~~~……
それは。
その一撃は――。
薄いとはいえ、壁をはさんで聞こえるほどの。
この世のおわりのような――すかし。
その状況を、狩で例えるのであれば。
鋭い牙で、心臓をひとさし、といったような。
とどめに相応しいような、一発だった。
その音が鼓膜に届いた瞬間。
ぞっと、俺は自分の腕に、鳥肌が立つのを感じた。
ひょっとして、お隣さんは。
スカンクの生まれ変わりか何かなのだろうか……。
さて、冗談(?)はさておき。
それを嗅いだ男はというと――、
『あらあら……。すっかり、大人しくなっちゃったわねぇ……』
しばらくは痙攣でもしているかのような、かすかな物音があったのだが、その音もやみ、男からの物音は。
完全に静まっていた。
本当に、わけのわからない状況だ。
事実を目にしたことは一度もないけれど、何度聞いても不思議な感じだ。
どう聞いても、それはただの屁でしかないのに。
本当に、そんなもので男ひとりを参らせるなんて言うのは、可能なのだろうか。
まあ、それはさておき。
男の様子はどんな感じなんだろうか。
すっかり、何も聞こえなくなってしまったが。
まさか、気絶でもしているのだろうか。
と、そんなふうに思っていると、
『あら。あなた、なかなか根性あるのねぇ……』
関心した風な、お隣さんの声。
もしかすると、男はまだ抵抗しているのだろうか。
とはいえ、物音をきくに。
もう、虫の息といった感じだとは思うが。
『ふぅん……。だったら、サービスしてあげちゃおっかなぁ……』
お隣さんがそういって、すぐあと。
『っ……』と、しびれたかのような、男の声が漏れてくる。
気持ちのよさそうな声だ。
何をしているのか、深くはわからないが。
俺はそれらの音を聞いて、やれやれ、とため息をつく。
それは言葉通りの、サービスなどではないだろう。
お隣さんの、思う壺だ。
それ以上、呼吸を荒くしては――、
ぷううぅぅ~~……
『あら、ごめんなさい……。ちょっとだけ、もれちゃったわぁ……』
お隣さんがそういったあと。
時間差で、男が『っ!?』と反応する。
今出したばかりの屁を、もろに吸い込んでしまったのだろう。
まあ、あらかじめ気をつけていたところで、どうすることもできないだろうが。
できることなら、さっきのすかしで、落ちてしまうのが一番よかったのかもしれないな、と思う。
まあ、屁で意識を飛ばす、なんて、思わず鼻で笑ってしまいそうな話だが。
とまあ、そんな俺の考えはともかく。
どうやら、男の意識は、まだあるようで、
『へえ……。まだ頑張ってくれるんだぁ……。じゃあ、こういうのはどうかしら……?』
お隣さんがそういった、すぐあと。
『あぐぅ……!』と、またも心地よさそうな、男の声が聞こえてくる。
今度は、先ほどよりも強く、甘い刺激を受けたようだ。
それは。
まさに飴と鞭、といった感じで――、
『あらあら。しっかり反応してくれちゃってぇ……。これは、お仕置きが必要だわぁ……、――ねっ!』
とお隣さんがいったすぐあと、
ぼぶううぅぅ~~……
『もう一回』
ぶふううぅぅ~~……
『もう……、一回……』
むっすううぅぅううぅぅ~~……
楽しげに放屁を繰り返すお隣さん。
そして、それとは反対に、男は再び力を取り戻したかのように、ばたばた、とあばれているようだ。
だが、それも――わずかな時間で。
男のほうの物音だけが、すぐに沈んでいき、
『はあ……、もう、ガス欠……』
これで終わり。
そんな風に聞こえるような、お隣さんの言葉。
しかし、
『けど、大丈夫よ……。食べ物が消化されて、ガスが生成される時間を、ちゃんと計算してるの……』
お隣さんはそう言い、愉快そうにくすりと笑うと、
『で、次にガスが溜まったときが、君の最後になる計算だから……、それまで、って……』
彼女はそこで唐突に言葉を区切る。
それから、何かに疑問を覚えたかのようすで、『あれ?』とつぶやく。
『ねえ、まさか……、あなた、もしかして……、気絶、してない……?』
お隣さんはなにやら、少しだけ声を震わせながら問う。
それから、お隣さんは盛大にため息をつくと、
『あらぁ……。あなたがここまで、根性なしだったとは、思わなかったわぁ……』
どうやら、計算違いが起きたようで、彼女はあからさまに、がっかりとした様子でつぶやくと、
『本当に、どうしよう……。もう、溜まってきちゃった……。せっかく、すごいのが降りてきたのに……』
そのねっとりとした、色気のある声音に、
『こうなったら、穴の中にねじ込んじゃって……、地獄をみせてあげようかしら……』
苛立ちをにじませていく。
『それとも、この毒ガス……』
そして――、
「――あなたが、嗅ぐ?」
お隣さんの声が、なぜか――耳元で聞こえてきたのだった。
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