異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家

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炭鉱の街アスタリア

異界につながる空間

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 作業層へ続く裂け目を越えた瞬間、空気が明らかに変わった。
 重たい靄のようなものが足元を這い、視界を歪ませる。
 鉱石の輝きも地上のそれとは違い、どこか病的な光を放っていた。
 呼吸をするたびに喉の奥がざらつくような感覚があった。

「ここ、本当に坑道の中なんですか……?」

 リリアが困惑したような声をこぼした。
 クリストフも口元に布を当てて、静かに歩いている。
 俺は周囲を警戒しながらも、自らの目で地形と構造を観察していた。

「見覚えのある標識はなさそうだね。地図にない層か……あるいは、地脈の中に入ってしまったかもしれない」

 俺はクリストフの言葉に何度かうなずいて返した。
 足元の地面は明らかに人工物で、鉱夫たちが使っていた痕跡がある。
 だが壁や天井に広がる模様、ところどころで浮かぶ黒い粒子は人間の手によるものではない。

 ホーリーライトの光を強めて、俺たちはさらに奥へと進んだ。
 足音が異様に反響する状況に息を呑む。
 静寂というよりも空間の歪みが引き起こしていると思われた。

 やがて、広間のような空間に出た。
 壁に沿って古びた採掘具が散乱しており、崩れた棚や箱の中には当時の記録用紙の断片が混ざっていた。
 まるで時の流れから隔絶されたように、いつからこのような状態になったのか。

「この層……崩落したとされていた場所に近いはずです」

 リリアが地図と照らし合わせながら言った。
 紙に描かれた線はここでぷつりと途切れている。
 クリストフはそれを見たまま、おもむろに声を出す。

「でも、完全に崩れていたわけじゃなかった。何か別の理由で閉じられた可能性もあるのかな」

「例えば……異界との繋がり?」

 リリアが呟いた言葉に、誰もすぐには返事をしなかった。
 するとその直後、ぴたりと空気が止まった。

 ――いや、風が止んだのではない。
 
 ほとんど音を立てない何かが近づいてきた気配がしたのだ。
 クリストフがすばやく体勢を低くし、俺も魔法を放てるように構えた。
 リリアがそっと背後に下がり、臨戦態勢で敵を待ち構える。

「正面から来ますよ……」

 俺がそう言った瞬間、広間の奥、崩れかけた通路の陰から異形の影が滑るように現れた。
 魔鉱体──しかし、今までのものとは明らかに違う。

 その身体は煤けた鉱石のようで、ところどころに深紅の亀裂が走っていた。
 異界の瘴気が地表へ噴き出した跡のように、内側から不自然な光が脈打っている。

「やっぱり……ここが中心か」

 俺は魔鉱体の注意を引くために、適当な魔法を数回放った。
 すると、その瞳孔のような裂け目がこちらを見据え、瞬時に跳びかかってきた。
 スピードがこれまでの個体より遥かに速い。
 間一髪で身を引いて受け流すと、剣を抜いてカウンター気味に叩きつけた。

「か、硬い……!」

 あまりに手応えが強すぎた――。
 刃が弾かれて衝撃が腕に残る。
 背後でリリアが追撃の構えをしているが、これでは物理的な攻撃は望みが薄い。

「クリストフさん、右側に誘導を頼みます!」

「了解した!」

 クリストフが一瞬の隙を突いて魔鉱体の側面へ回りこみ、鉄の杭を打ちこむ。
 狙いは赤い亀裂が集中している肩口。杭が突き刺さると、体内で魔力が暴れたように赤い光が瞬く。

「今だよ、マルクくん!」

 俺は足場を蹴り、全力で飛びこんだ。
 剣の刃に魔力をこめて、真上から振り下ろす。
 亀裂に向かって深く叩きつけると、ついに硬質な外殻が割れた。
 内部から黒い靄が吹き出す。

 だが、それは毒にも似た抵抗だった。
 俺の身体にまとわりつくように靄が漂い、魔力の流れを乱してくる。

「っ、魔力が……引かれてる……!」

「下がってください! マルクさん!」

 リリアが警告の声を上げた。
 瞬時に煙幕を展開して、その靄と俺との間に楔のように挟みこむ。
 それが功を奏したようで魔力の流れが戻り、どうにか体勢を立て直すことができた。

 魔鉱体はまだ動いているが、明らかに弱っている。
 クリストフが別の杭を投げこみ、俺がその裂け目を断ち切るように剣を振るった。

 わずかな瞬間、周囲に静寂が訪れた。

 魔鉱体の動きが静止して、崩れた身体が地に落ちた。
 禍々しい赤い光も、黒い靄も次第に消えていった。

 俺たちは肩で息をしながら、その場に立ち尽くした。
 すでに連戦が続き、三人とも消耗している。

「……もう一体来たら、きついですね」

 リリアが汗を拭いながら言った。
 クリストフも静かにうなずく。

「ただの魔鉱体じゃない。異界の要素を取りむことで、別物になってる」

「そして……人の魔力に反応する。今の戦いでもはっきりした」

 俺は剣を下ろして、魔鉱体が崩れた場所に近づいた。
 そこには異界の残滓がまだかすかに漂っていた。
 目の錯覚かもしれないが、空間が歪んでいるようにも見える。

「この層全体が、異界との接触地点ってことか……」

「私たちに閉じられると思いますか?」

「うーん、簡単じゃないですけど、兆候は押さえられるかもしれません。まずは流入の源を見つけるところから」

 俺たちは互いに目を合わせた。

 ここまで来た以上は先に進むしかない。
 それがここで起きている異変を止める唯一の手段なのだと、全員が理解していた。

 ホーリーライトが再び坑道を照らす。
 この先に待つものが何であれ、今はまだ踏みこむべき理由があった。
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