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幼い二人と錬金術師
カルンへ到着
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朝露に濡れた足場の悪い道を慎重に下りていく。
草の葉が足に触れるたびに冷たさがしみてくるが、ミレアの体温が背中に残っていて、ひどく冷えることはなかった。
セドはつまずきもせず黙々と後ろをついてくる。
彼の決意がそうさせるのかもしれないが、身体能力はそれなりにあるようだ。
森の鳥が目を覚まし、木々の間からかすかにさえずりが聞こえた。
夜の気配は遠ざかり、明け方の空気が訪れる。
谷の底を流れる川が近づいてくると、空がすっかり白んできていた。
小さな丸太橋を渡りさらに斜面を登る。
そこを越えればカルンの町が見えてくる。
橋の手前で足を止めたところで、セドが声をかけてくる。
「マルクさん。あの……」
「どうした?」
セドは少し口ごもってから、勇気を出したように言った。
「本当に、カルンって町でぼくらを受け入れてくれるんですか?」
当然の疑問だと思った。
見知らぬ町に見知らぬ土地の人々――手放しで安心できる材料はないに等しい。
「保証はできないけど、カルンには仲間がいる。彼らが協力してくれるはずだ」
セドは頷いたが、目に不安の色は消えなかった。
だがそれでも歩みを止めないのが、この少年のすごいところだと思った。
それから斜面を登ると開けた丘の向こうに平地に広がる街の姿が現れた。
エスタンブルク有数の栄えた街であるカルンだ。
無数の民家と軒を連ねる店の数々。
カルンは第二の拠点となっている。
この丘からは街の全体を見下ろすことができる。
こちら側のルートはほとんど通ったことがなく、こんなにも景色がいいとは気づかなかった。
ちょうど日の出の時間帯ということもあるのかもしれない。
セドは体力的に問題はなさそうだが、足取りが重たくなっている。
気持ちの整理がつかず、カルンに行くことにためらいがあるのだろう。
「もうすぐだ。あと少し」
あえてそのことについて言及はせず、発破をかけるように声をかける。
「……はい」
セドはぼそりと返事をし、しっかりとミレアの毛布の端を握った。
門の見張りに顔を見せると、俺の名前を聞いた兵士が軽く手を振って通してくれた。
黒布の兵士――とやらは、もちろんここにはいない。
もしも、平穏なカルンの街でそんな連中がいれば、どう考えても目につく。
朝の通りは人通りがまばらで、パン屋の窯から香ばしい匂いが漂ってくる。
雑貨屋の店先では看板娘が商品の陳列をしていた。
こうして見ると、普段通りの日常が流れている。
俺たちは裏通りを抜けてカルンの町の東側にある、アンソワーレにたどり着いた。
朝靄が残る石畳の路地を進みながら、何度かセドとミレアの様子を確認した。
扉を開けて中へ入ると、ちょうど早朝の調剤作業をしていたフレイが顔を上げた。
俺の姿を見るなり、目を見開いて近寄ってくる。
「マルクさん! しばらく戻らないから……心配しました」
「ごめんなさい、連絡できなくて。まずはこの二人を中に入れてもらえます?」
俺が背中のミレアをおろすと、フレイはすぐに毛布と湯を持ってきた。
ミレアは目を覚まし、驚いたようにキョロキョロと室内を見回す。
「はい、もちろん」
「ええと、男の子の方がセド。女の子の方がミレアです」
二人を紹介するとセドは戸惑いの浮かぶ表情でフレイを見た。
一方、見た目以上に年齢が上なフレイは落ちついた反応を示す。
「よろしくね。私はフレイ」
「……よ、よろしく」
セドはたどたどしい返事を返した。
いくら優しく応じられているとはいえ、初対面の相手では緊張するだろう。
それにダークエルフと会うのは初めてかもしれない。
「こっちにあたたかいスープがあるから、少し飲んで休もう」
フレイが穏やかに声をかけると、セドはようやく警戒を解いたような表情になった。
二人を部屋の一角で落ちつかせた後、店の奥にある倉庫へ向かい、使っていない寝具を引っ張り出した。
暖かな場所で少しでも安心してもらえるように、できる限りのことをするつもりだった。
やがてセドとミレアは、スープとパンを口にしながら、少しだけ落ち着いた表情を見せ始めた。
ここに至るまで何もかもが急すぎたはずで、森の中で見せていたあの強い警戒心も、この瞬間は和らいでいる様子だ。
「しばらく、ここに泊まらせてやろうかと。人手は足りてます?」
「はい、大丈夫です。お客さんの入りは昼までに落ちつきそうです」
フレイの答えを聞いて、中庭の方へ足を向けた。
敷地の奥にある調剤用の部屋の扉を叩くと、白衣姿の女性が顔を出した。
「おかえり、マルク。どう、旅の成果は?」
「実は途中で子ども二人を拾いまして。事情は複雑みたいです」
オルネアは表情を引き締めて、目を細めた。
「怪我や病気は?」
「目立つ外傷はないですね。ただ、しばらく観察しようと思います」
「いつでも連れてきて。部屋を用意するわ。食事と寝具も手配しておく」
ありがたい配慮にオルネアは頼りになると思った。
アンソワーレの仕事が順調だからか、以前よりもよく話すようになっている。
先ほどの部屋に戻るとセドが戸口の近くに座り、ぼんやりと外を眺めていた。
ミレアはまだ眠っている。
「どうだ、少しは落ち着いた?」
「はい。ありがとうございます」
セドはおもむろに立ち上がると、ペコリと頭を下げた。
「……ぼく、働きます。なんでもやります。掃除でも、皿洗いでも」
「気持ちはありがたいけど、今はゆっくり休むんだ。ミレアのこともあるし」
「でも……ずっとお世話になるわけには……」
「焦らなくていい。すぐにどうにかなるわけでもなさそうだ」
セドはしばらく黙っていたが、やがて「はい」と短く返事をした。
その日、俺はあまり外には出ず、アンソワーレの中でセドたちの様子を見ていた。
ミレアは午後に少し目を覚ましたが、口数は少なかった。
時折、ぽつんと窓辺に座って空を見上げている。
その姿は遠くを見つめているようで——見ているこちらの胸が締めつけられた。
夕方、セドと二人で炊き出し用の大鍋を洗っていると、彼がぽつりとつぶやいた。
「父さん、強い人だったんです。本当はぼくなんかじゃなくて、父さんが生き残るべきだった。そうすれば、ミレアも……」
「そういう考えは、いずれ自分を壊す。俺は元冒険者だけど、自分を責めてばかりいる者は引退も早かった」
「……分かってます。でも……」
「ミレアは、お前がいてよかったと思ってるはず。あの日、しっかり守ったんだ」
守れたことを誇りに思えと伝えたかった。
コボルトの襲撃は危険な状況だったのだ。
しかし、重荷を背負わせてしまいそうで、言いかけてやめた。
セドは黙って鍋を拭きながら、ほんの少しだけ、口元に微笑みを浮かべた。
やがて、夜空に星がまたたく頃。
俺はようやく店の一角に腰を落ちつけた。
背中にはじんわりと疲れがのしかかっていたが、不思議と眠気はなかった。
カルンで暮らすようになってから、こうして誰かを迎えることは何度かあった。
だが今回は何かが違うように感じた。
……理由は分からない。
ただ、この出会いはきっと、何かの転機になる——俺たちにとっても、あの兄妹にとっても。
そんな予感が胸の奥で息づくのだった。
草の葉が足に触れるたびに冷たさがしみてくるが、ミレアの体温が背中に残っていて、ひどく冷えることはなかった。
セドはつまずきもせず黙々と後ろをついてくる。
彼の決意がそうさせるのかもしれないが、身体能力はそれなりにあるようだ。
森の鳥が目を覚まし、木々の間からかすかにさえずりが聞こえた。
夜の気配は遠ざかり、明け方の空気が訪れる。
谷の底を流れる川が近づいてくると、空がすっかり白んできていた。
小さな丸太橋を渡りさらに斜面を登る。
そこを越えればカルンの町が見えてくる。
橋の手前で足を止めたところで、セドが声をかけてくる。
「マルクさん。あの……」
「どうした?」
セドは少し口ごもってから、勇気を出したように言った。
「本当に、カルンって町でぼくらを受け入れてくれるんですか?」
当然の疑問だと思った。
見知らぬ町に見知らぬ土地の人々――手放しで安心できる材料はないに等しい。
「保証はできないけど、カルンには仲間がいる。彼らが協力してくれるはずだ」
セドは頷いたが、目に不安の色は消えなかった。
だがそれでも歩みを止めないのが、この少年のすごいところだと思った。
それから斜面を登ると開けた丘の向こうに平地に広がる街の姿が現れた。
エスタンブルク有数の栄えた街であるカルンだ。
無数の民家と軒を連ねる店の数々。
カルンは第二の拠点となっている。
この丘からは街の全体を見下ろすことができる。
こちら側のルートはほとんど通ったことがなく、こんなにも景色がいいとは気づかなかった。
ちょうど日の出の時間帯ということもあるのかもしれない。
セドは体力的に問題はなさそうだが、足取りが重たくなっている。
気持ちの整理がつかず、カルンに行くことにためらいがあるのだろう。
「もうすぐだ。あと少し」
あえてそのことについて言及はせず、発破をかけるように声をかける。
「……はい」
セドはぼそりと返事をし、しっかりとミレアの毛布の端を握った。
門の見張りに顔を見せると、俺の名前を聞いた兵士が軽く手を振って通してくれた。
黒布の兵士――とやらは、もちろんここにはいない。
もしも、平穏なカルンの街でそんな連中がいれば、どう考えても目につく。
朝の通りは人通りがまばらで、パン屋の窯から香ばしい匂いが漂ってくる。
雑貨屋の店先では看板娘が商品の陳列をしていた。
こうして見ると、普段通りの日常が流れている。
俺たちは裏通りを抜けてカルンの町の東側にある、アンソワーレにたどり着いた。
朝靄が残る石畳の路地を進みながら、何度かセドとミレアの様子を確認した。
扉を開けて中へ入ると、ちょうど早朝の調剤作業をしていたフレイが顔を上げた。
俺の姿を見るなり、目を見開いて近寄ってくる。
「マルクさん! しばらく戻らないから……心配しました」
「ごめんなさい、連絡できなくて。まずはこの二人を中に入れてもらえます?」
俺が背中のミレアをおろすと、フレイはすぐに毛布と湯を持ってきた。
ミレアは目を覚まし、驚いたようにキョロキョロと室内を見回す。
「はい、もちろん」
「ええと、男の子の方がセド。女の子の方がミレアです」
二人を紹介するとセドは戸惑いの浮かぶ表情でフレイを見た。
一方、見た目以上に年齢が上なフレイは落ちついた反応を示す。
「よろしくね。私はフレイ」
「……よ、よろしく」
セドはたどたどしい返事を返した。
いくら優しく応じられているとはいえ、初対面の相手では緊張するだろう。
それにダークエルフと会うのは初めてかもしれない。
「こっちにあたたかいスープがあるから、少し飲んで休もう」
フレイが穏やかに声をかけると、セドはようやく警戒を解いたような表情になった。
二人を部屋の一角で落ちつかせた後、店の奥にある倉庫へ向かい、使っていない寝具を引っ張り出した。
暖かな場所で少しでも安心してもらえるように、できる限りのことをするつもりだった。
やがてセドとミレアは、スープとパンを口にしながら、少しだけ落ち着いた表情を見せ始めた。
ここに至るまで何もかもが急すぎたはずで、森の中で見せていたあの強い警戒心も、この瞬間は和らいでいる様子だ。
「しばらく、ここに泊まらせてやろうかと。人手は足りてます?」
「はい、大丈夫です。お客さんの入りは昼までに落ちつきそうです」
フレイの答えを聞いて、中庭の方へ足を向けた。
敷地の奥にある調剤用の部屋の扉を叩くと、白衣姿の女性が顔を出した。
「おかえり、マルク。どう、旅の成果は?」
「実は途中で子ども二人を拾いまして。事情は複雑みたいです」
オルネアは表情を引き締めて、目を細めた。
「怪我や病気は?」
「目立つ外傷はないですね。ただ、しばらく観察しようと思います」
「いつでも連れてきて。部屋を用意するわ。食事と寝具も手配しておく」
ありがたい配慮にオルネアは頼りになると思った。
アンソワーレの仕事が順調だからか、以前よりもよく話すようになっている。
先ほどの部屋に戻るとセドが戸口の近くに座り、ぼんやりと外を眺めていた。
ミレアはまだ眠っている。
「どうだ、少しは落ち着いた?」
「はい。ありがとうございます」
セドはおもむろに立ち上がると、ペコリと頭を下げた。
「……ぼく、働きます。なんでもやります。掃除でも、皿洗いでも」
「気持ちはありがたいけど、今はゆっくり休むんだ。ミレアのこともあるし」
「でも……ずっとお世話になるわけには……」
「焦らなくていい。すぐにどうにかなるわけでもなさそうだ」
セドはしばらく黙っていたが、やがて「はい」と短く返事をした。
その日、俺はあまり外には出ず、アンソワーレの中でセドたちの様子を見ていた。
ミレアは午後に少し目を覚ましたが、口数は少なかった。
時折、ぽつんと窓辺に座って空を見上げている。
その姿は遠くを見つめているようで——見ているこちらの胸が締めつけられた。
夕方、セドと二人で炊き出し用の大鍋を洗っていると、彼がぽつりとつぶやいた。
「父さん、強い人だったんです。本当はぼくなんかじゃなくて、父さんが生き残るべきだった。そうすれば、ミレアも……」
「そういう考えは、いずれ自分を壊す。俺は元冒険者だけど、自分を責めてばかりいる者は引退も早かった」
「……分かってます。でも……」
「ミレアは、お前がいてよかったと思ってるはず。あの日、しっかり守ったんだ」
守れたことを誇りに思えと伝えたかった。
コボルトの襲撃は危険な状況だったのだ。
しかし、重荷を背負わせてしまいそうで、言いかけてやめた。
セドは黙って鍋を拭きながら、ほんの少しだけ、口元に微笑みを浮かべた。
やがて、夜空に星がまたたく頃。
俺はようやく店の一角に腰を落ちつけた。
背中にはじんわりと疲れがのしかかっていたが、不思議と眠気はなかった。
カルンで暮らすようになってから、こうして誰かを迎えることは何度かあった。
だが今回は何かが違うように感じた。
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