異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家

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マルクと討伐隊

作戦会議

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 周囲に夜闇が広がった頃、俺たちは街道を外れて林の奥へと足を進めていた。
 討伐隊の兵士たちは慣れた手つきで火を避け、枝を払いつつ進んでいく。
 足並みは乱れず、重装備にもかかわらず音を立てない。
 盗賊崩れとは明らかに違う、鍛えられた兵士の動きだった。
 グランは所属について明言しないが、おそらくエスタンブルク周辺のいずれかの国から派遣されたのだろう。


 小さな沢に行き当たった場所で、隊長のグランが手を上げる。
 合図ひとつで兵たちは散開し、野営の準備を整え始めた。
 火を焚く者、周囲を見張る者、荷を下ろして食糧を分配する者――それぞれの役目を心得ていて、言葉少なながら動きは滑らかだった。
 冒険者とは異なる整った動きに目を見張った。

 俺は邪魔にならぬよう隅で荷を下ろし、背から汗を拭った。
 さ先ほどまでの緊張がまだ体に残っている。
 だが、ここに来てようやく実感が湧き始めていた。
 俺はもうただの旅人ではない。
 これからは討伐隊の一員として、黒布の兵を追う役目を担うのだ。

「……よし、この辺りなら野営に適しているな」

 グランが低い声で言うと、兵たちは一斉にうなずいた。
 火打石の音が弾け、やがて薪に火が灯る。
 赤い光が兵士たちの顔を照らし、緊張と疲労に満ちた表情が浮かび上がった。

 簡素な食事が配られる。乾いた硬いパンに干し肉と豆の煮込み。
 贅沢とは程遠いが、空腹を満たすには十分だった。
 俺も隣に座った若い兵士から器を受け取り、湯気の立つ豆を口に運んだ。
 温かい感触がのどを通りすぎるのを感じて、不思議な安堵感が胸に広がった。

「マルク……いや、マルク殿」

 声をかけられ顔を上げると、グランが薪の火を背にして立っていた。
 広い肩幅に似合う威圧感があるが、その眼差しは真摯だ。
 初対面では警戒の色が濃かったものの、敬意が感じられる物腰になっている。 

「今夜はこれから作戦を立てる。貴殿にも加わってもらいたい」

「俺で役に立つなら」

 気がつけば自然にそう返していた。
 俺は兵士ではないが、冒険者として各地を渡り歩いた経験がある。
 セドやミレアの故郷を襲った連中と対峙するなら、その経験を惜しむわけにはいかなかった。

 やがて火の周りに数人の兵士が集められた。
 副長らしき男、斥候を務める二人、それに俺とグラン。
 周囲には警戒の兵が立ち、暗闇の中で火の輪が静かな会議の場を作り出していた。

「報告を」

 グランの声に応じて斥候のひとりが前に出る。
 痩せた体躯に鋭い眼をした男だった。

「はい。先ほど街道沿いを調べたところ、破れた荷車の跡がさらに続いておりました。しかし馬の形跡は見当たりません。代わりに蹄鉄の跡が北の谷筋に向かっており……数は四、いや五。荷車を捨てて進んだようです」

「ううむ、五人以上ということか」

 副長が唸る。こちらの隊全体は二十人余り。
 数の上では圧倒できる。だが問題は数ではなかった。
 セドの言葉によれば、あの兵たちは統率が取れ、ただの盗賊以上に動いていた。   
 下手に油断すれば逆に崩される恐れがある。

「谷筋には村がひとつあったはずだ」

 グランの言葉に俺は顔を上げた。

「そうだ。俺も冒険者時代に通ったことがある。小さな村だが、畑と家畜が多く、人影が隠れやすい。襲撃には格好の場所だ」

「やはりか」

 グランの眉が険しくなる。
 副長が唇を噛み、斥候たちも顔を見合わせた。

「村を守るには、一足先に兵を進めねばならん。しかし谷筋は狭く、全隊を進めれば目立ちすぎる。この状況でどう動くべきか……」

 火のはぜる音がやけに大きく響く。
 誰もが思案に沈む中で、俺は口を開いた。

「――それなら、囮を使うのはどうだろう」

 この場にいる全員の視線が集まる。
 俺は膝の上で手を握りしめ、言葉を続けた。

「五人程度なら、こちらの動きを窺っているはず。全軍で行けば警戒して隠れることは間違いない。そこに小さな隊で攻めこめば、仕掛けてくる可能性がある。その間に本隊が別の道から回りこんで挟みこむ。そうして敵の逃げ場を断つ」

 兵士たちの表情が動いた。
 副長が腕を組み、斥候が頷きかける。
 グランはしばし俺を見据え、やがて重々しく言った。

「……なるほど。経験者の言葉には重みがあるな」

「囮は危険だが、確かに効果的ですな」

 副長も続く。俺は唾を飲みこんだ。
 自分で言い出しておきながら、危険なのは承知の上だった。
 だが犠牲を避けるには、仕掛けるしかない。

「囮を誰が務めるかだ」

 グランは息を呑んでこの場にいる面々を見渡した。
 腕の立つ者が集まっているようだが、囮ともなると慎重になるのは当然だ

「……俺がやろう」

 自然と言葉は口をついていた。
 セドやミレアの故郷を焼いた連中を野放しにするわけにはいかない。
 そんな思いが恐怖を押しのけている。

「いいのか」

 グランの重たげな問いに、俺はうなずいた。

「兵士ではなくても、冒険者としての経験はある。地形の利用も引くべき頃合いも心得ている。適任だと思ってくれていい」

 副長が感心したように息を吐き、斥候たちも表情を引き締める。
 兵士の輪の中に、わずかな信頼の色が混じったように見えた。

「……分かった。マルク殿、貴殿に囮を頼もう。本隊は別道から谷に入り、合図を待つ。仕掛けられたら耐え、時間を稼げ。必ず援護に向かう」

「承知した」

 胸に深く息を溜めた。
 すでに覚悟は決まっている。
 ここで退けば、あの兄妹の歩みはまた暗い影に縛られるかもしれない。
 俺が囮になることで黒布の者たちを捕縛できるなら構わない。

 それから作戦が練られて、地図に石を置いて進軍経路が示された。
 斥候が先行して谷の様子を探り、兵たちは武器を整えて鎧の紐を締め直す。
 火の周りは次第に張り詰めた空気に包まれていった。

 俺は腰の剣に触れて深く息を吐いた。
 背中に感じるのはカルンに残した兄妹の眼差しだ。
 二人との思い出が支えになっている。

「黒布の兵……必ず捕らえる」

 夜風に呟いた声は、舞い上がる火の粉に紛れて消えていった。
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