異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家

文字の大きさ
529 / 561
マルクと討伐隊

影の痕跡

 捕えた黒布の兵たちは谷の端に集められ、縄でつながれたまま座らされていた。
 指揮官らしき男もその列に加えられている。
 抵抗の意思を示すような沈黙は変わらないままだ。

 こちらから視線を送ると、あの深く被った黒布の瞳から無感情な眼差しが返ってきた。
 まるでこちらの感情を吸い取ろうとするようで、背筋に冷たい汗がにじむ。

 谷に差しこむ朝の光の中、兵士たちは散らばった武器を集め、負傷者を担いで運んでいる。
 激しい戦いの後始末に追われていた。
 血の匂いに混じって湿った土の匂いが立ちのぼり、そこかしこから呻き声が漏れる。
 討伐は終わったはずなのに、胸の奥ではどこか落ち着かないざわめきが消えない。

 このような空気の張りつめ方は、勝利の後とは思えなかった。
 兵たちは互いに言葉を交わすものの、その声はどれも短く抑えられている。
 おそらく誰もが戦が終わった安堵より、何か見えないものへの不安を抱いているのだろう。

「副長、あの指揮官の持ち物を確認するぞ」

 隊長であるグランの低い声が響いた。
 戦いを終えてなお、その顔に緩みはない。
 討伐の余韻などというものは、この男には存在しないのかもしれない。
 俺はその場に呼ばれ、指揮官の近くに歩み寄った。

 副長が粗い手つきで黒布の兵の衣服を探り、腰袋や懐から次々と物を取り出していく。
 鞘に収まった短剣、干し肉、乾いた水袋、そして巻物のような紙片。
 ほとんどは野営に必要な道具だったが、ひとつだけ異質なものがあった。

「……これは」

 副長が手に取ったのは、油紙で丁寧に包まれた古びた羊皮紙だった。
 慎重に広げると粗い線で描かれた地図のようなものが現れる。
 だがそれは街道や村の配置を記した通常の軍用図ではなかった。
 岩山や谷、川筋らしきものは描かれているものの、特定の一点に丸印がいくつもつけられている。
 その横には、見慣れぬ符丁のような記号が書きこまれていた。

「地図……か? だが、この印は……」

 グランの眉がわずかに動く。彼も初めて見る印だったのだろう。
 符丁を指でなぞりながら、険しい眼差しを地図に落としたまま動かない。

「ただの補給地点にしては数が多い。何かを探しているようにも見えるが……」

 副長の呟きに思わず身を乗り出した。
 印のいくつかは、ここカルンからもそう遠くない山中を示していた。
 鉱脈か、遺跡か、あるいは――。

 捕らえられた指揮官に問いただしても、答えは返らない。
 ただ無言のまま視線だけが俺たちを追ってくる。
 その静けさが逆に、この地図の重要性を雄弁に物語っている気がした。

「隊長、こいつらはただ村を襲っていたんじゃない。何かを探して動いていたんだ」

 自分でも声が固くなっているのを感じた。
 戦いの最中、彼らの連携はまるで鍛え上げられた兵士のようだった。
 それが偶然の寄せ集めであるはずがない。
 地図と符丁――その裏には大きな意図が潜んでいるように思えてならなかった。

 こちらが投げかけた言葉にグランは深くうなずいた。

「俺も同じ考えだ。これだけ統率の取れた集団が、ただの野盗に収まるはずがない。だが……問題は、この地図の示すものが何かだな」

 副長が羊皮紙を畳み、油紙に戻して革袋に収める。
 その仕草を見ながら、俺の胸に疑念が広がっていく。
 何かを探している黒布の兵――そしてその行動はセドとミレアの故郷に襲いかかった時から続いていたのかもしれない。

 あの時もただ破壊したのではなく、村の奥まで入りこみ、何かを物色していたという話をセドから聞いた覚えがある。
 食料や金品ではない。村の古い倉や、祠のような場所を漁っていたと。あの時はただ略奪の一部と考えていたが。
 そして今、地図を目にして思い返すと、別の意味が浮かび上がってきた。

「……まさか」

 声にならない思いが喉に引っかかった。
 もしかして、遺跡あるいは封じられた何かかだというのか。
 黒布の兵たちの背後に、より大きな存在が潜んでいるのでは。

 兵士たちは討伐の勝利に安堵している。
 だが俺だけは、胸の奥に不安を抱えたまま、縛られた指揮官を見据えていた。
 こいつらの目的が明らかにならなければ、同じ惨劇が繰り返されるかもしれない。
 セドとミレアの村が辿った運命が、別の土地に降りかかるかもしれないのだ。

 谷に吹き込む風が血と煙の匂いを運び去っていく。
 朝の光は明るさを増していたが、この胸には暗い余韻が広がっていた。

「マルク殿、顔が険しいぞ」

 不意にグランに声をかけられた。
 ハッと我に返って表情を引き締める。
 だがごまかしきれなかったのか、彼は重々しくうなずいて低く言った。

「貴殿の感じていることは、私も同じだ。こいつらはまだ何かを隠している。……それを暴かねばならん」

 捕縛は終わった。だが本当に戦いは終わったのか――。
 俺の中の直感は、そうではないと告げていた。

 その時ふと、風にめくられた羊皮紙の端が視界に入った。
 副長が確かに畳んだはずのそれは、ひとりでに揺れ、微かに覗いた記号が目に焼きついた。
 稲妻のような線に、三重の円。どこかで見たことがある……そう思った瞬間、背筋を冷たいものが這い上がる。

 まだ知らぬ何かが、このカルンの近くで息を潜めている。
 黒布の兵はその手がかりを追っていた。
 ならば――俺たちが立ち向かうべきは。他にもいるのではないだろうか。

 谷に吹きこむ風のざわめきが、次の戦いを告げる前触れのように聞こえた。
感想 30

あなたにおすすめの小説

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身、動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物や魔法、獣人等が当たり前に存在する異世界に転移させられる。 彼が送るのは、時に命がけの戦いもあり、時に仲間との穏やかな日常もある、そんな『冒険者』ならではのスローライフ。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練とは如何なるものか。 ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

転生三男のまったり開発記 ~魔法がなくても、前世の知識とガラクタいじりで世界を便利に変えていきます~

戯言の遊び
ファンタジー
【前世のオタク知識で、不便な異世界をちょっと便利に大改造!】 前世は「何でも屋」の息子で、機械の解体と研究をこよなく愛する技術オタク。 そんな俺が転生したのは、魔法が存在するものの非常に不便な中世レベルのファンタジー世界だった。 しかも、辺境を治める貧乏男爵家の三男坊という、家督の重圧もない完全なる「自由枠」 豊かな自然という名の素材の宝庫を前に、俺の技術オタクとしての血が騒がないわけがない! 風で飛んでいく洗濯物と手荒れに悩むメイドのため、ただの木切れを削って作った『洗濯バサミ』 それが屋敷中で大絶賛されたのを皮切りに、気難しい凄腕の鍛冶職人や、利益の匂いに敏い若き女商人を巻き込んで、俺の「ちょっと便利なモノづくり」はどんどんエスカレートしていくことに!? 大げさな魔法もチートもない。 けれど、前世の知識と底なしの探究心で、不便な世界をまったりと便利に成り上がっていく、三男坊の領地開発記!

転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう! 公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ

幸運寺大大吉丸◎ 書籍発売中
ファンタジー
アルファポリス様より書籍化! 転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。 どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。 - カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました! - アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました! - この話はフィクションです。

オレの異世界に対する常識は、異世界の非常識らしい

広原琉璃
ファンタジー
「あの……ここって、異世界ですか?」 「え?」 「は?」 「いせかい……?」 異世界に行ったら、帰るまでが異世界転移です。 ある日、突然異世界へ転移させられてしまった、嵯峨崎 博人(さがさき ひろと)。 そこで出会ったのは、神でも王様でも魔王でもなく、一般通過な冒険者ご一行!? 異世界ファンタジーの "あるある" が通じない冒険譚。 時に笑って、時に喧嘩して、時に強敵(魔族)と戦いながら、仲間たちとの友情と成長の物語。 目的地は、すべての情報が集う場所『聖王都 エルフェル・ブルグ』 半年後までに主人公・ヒロトは、元の世界に戻る事が出来るのか。 そして、『顔の無い魔族』に狙われた彼らの運命は。 伝えたいのは、まだ出会わぬ誰かで、未来の自分。 信頼とは何か、言葉を交わすとは何か、これはそんなお話。 少しづつ積み重ねながら成長していく彼らの物語を、どうぞ最後までお楽しみください。 ==== ※お気に入り、感想がありましたら励みになります ※近況ボードに「ヒロトとミニドラゴン」編を連載中です。 ※ラスボスは最終的にざまぁ状態になります ※恋愛(馴れ初めレベル)は、外伝5となります

52歳のおっさん、異世界転移したら下水道に捨てられた――下水の汚物は宝の山だった

よっしぃ
ファンタジー
【祝!3/22~25 ホットランキング第1位獲得!】 皆様の熱い応援、本当にありがとうございます! ファンタジー部門6位獲得しました!感謝です! 【書籍化作家の本気作。まず1話、読んでください】 電車でマナー違反を注意したら、逆ギレされて殴られた。 気がついたら異世界召喚。 だが能力鑑定は「なし」。魔力適性も「なし」。 52歳のおっさんに、異世界は容赦ない。 結論――王都の地下下水道に「廃棄」。 玄湊康太郎。職業、設備管理。趣味、健康管理。 血管年齢は実年齢マイナス20歳。 そんな自慢も、汚物まみれの下水道じゃ何の役にも立たない。 だが、転んだ拍子に起きた「偶然の浄化」が、すべてを変えた。 下水には、地上の連中が気づかない「資源」が眠っている。 捨てられた魔道具。 長年魔素を吸い続けた高純度魔石。 そして、同じく捨てられた元聖女、セシリア。 チート能力なし。異能なし。魔法も使えない。 あるのは、52年分の知識と経験、そして設備屋としてのプロ意識だけ。 汚物を「資源」に変え、捨てられた者たちと共に成り上がる。 スラムから始まる、おっさんの本気の逆転劇。 この作品には、現代の「病気」と「健康」に対する、作者の本気のメッセージが込められています。 魔力は毒である。代謝こそが命である。 軽い気持ちで読み飛ばせる作品ではありません。 でも、だからこそ――まず1話、読んでください。 【最新情報&著者プロフィール】 代表作『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』(オリコンライトノベル部門18位記録)の著者が贈る最新作! ◆ 2月に待望の【第2巻】刊行! ◆ 現在、怒涛の展開となる【第3巻】を鋭意執筆中! ◆ 【コミカライズ企画進行中】! すでにキャラデザが完成し、3巻発売と同時に連載スタート予定です。絶対的な勢いで駆け上がる本作に、ぜひご期待ください!

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました

黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。 彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。 戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。 現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと! 「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」 ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。 絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。 伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進! 迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る! これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー! 美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。 人生、逆転できないことなんて何もない!