異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家

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静寂の町に潜む闇

見せかけの信頼

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 朝の光に目を覚ませば、昨夜の不気味さがまるで幻のように思えた。
 宿の窓を開けると通りには行商人が荷車を押し、子どもたちが石蹴りをして遊んでいる様子が目に入る。
 焼きたてのパンの匂いが風に乗って漂い、どこにでもある小さな町の日常がそこにあった。
 けれども俺の胸の奥には、やはり昨夜の声と足音が残っていた。
 あれが夢でなかったことを確信している。
 つかめていないことの方が多いものの、おそらく何かが町の夜を覆っている。

 旅の疲れが抜け切らないこともあり、ウルバンにもう一日滞在することにした。
 表向きは休息だが、心のどこかでは「何かを確かめたい」と思っていたのかもしれない。
 小さな町ほど人々の営みが濃いという側面がある。
 穏やかな日常と異変は紙一重であることを旅の経験から知っていた。

 昼下がり、宿の前で腰を下ろしていた時だった。
 小さな影が二つ、俺の前に立った。
 二人は差し迫ったような顔でこちらを向いている。
 まだ十歳にも満たぬだろう兄妹で、兄は必死に言葉を紡いだ。
 
「おじさん、お願い、妹を……じゃなくて、ぼくたちの友だちを探してほしいんだ!」
 
 妹は涙で濡れた目をこすりながら、必死にうなずいていた。
 兄の方は気が動転しているのか、たどたどしい言い方になっている。

 話を聞けば、昨夜、近所の子どもが突然いなくなったのだという。
 両親は「きっと帰ってくる」と言うばかりで、探す素振りを見せない。
 兄妹はそれがどうしても納得できず、旅人である俺に縋ったのだ。
 
 二人から話を聞いて胸の奥が疼いた。
 セドとミレアの顔がよぎる。
 守れなければ後悔するのは自分だ。
 俺は静かにうなずいて、安心させるために視線を返した。

「分かった。一緒に探そう」
 
 俺の一言で、兄妹の瞳に光が戻った。

 それから手がかりを求めて町の人々に話を聞いたが、大人たちは一様に言葉を濁すばかりだった。
「仕方ないことだ」「深く関わるな」そう言って目を逸らす。
 その態度に俺は寒気を覚えた。
 恐怖か、あるいは諦めか。
 笑顔の裏に影を隠した人々の横顔が、逆にこの町の異様さを際立たせていた。

 夕方、俺は酒場に足を運んだ。
 ここなら噂話も集まるだろうと思ったのだ。
 扉を開けると暖かな灯りと笑い声が迎えてくれた。

 今日も女主人は明るくよく通る声で店を切り盛りしていた。

「あら、昨日のお客さんね。もう一日滞在かい? ここは安全で居心地のいい町さ、安心して泊まっていっておくれ」

 うろ覚えながらもこちらの顔を覚えていたらしい。
 女主人の笑顔は人懐こく、誰からも慕われるのだろうと予想できた。
 客たちも同じように彼女を見ていた。
 安堵と信頼の表情。
 その光景だけを切り取れば、ここが「不気味な夜の町」だとは誰も思わないだろう。

 だが、何かが引っかかった。元冒険者あるいは旅人としての直感だろうか。 
 笑い声の裏に、妙な緊張がある。
 客のひとりが子どもの失踪について口にしかけた瞬間、女主人の笑みがほんの一瞬だけ凍っていた。見間違いではない。
 すぐに冗談を飛ばして話題を変えたが、自然な反応とは言えないだろう。
 あの瞬間、場を覆う空気が瞬く間に硬直したのを見逃さなかった。

 その夜、酒場を出た俺は裏手を回ってみた。
 誰かがいるような気配がしたからだ。
 薄暗い路地の奥で、女主人が二人の男とひそひそ声で話していた。

「今夜も祠へ……」

「子らの声には気をつけろ」

 聞き取れたのは断片だけだったが、それで十分だった。
 彼女がただの酒場の女主人ではないこと、町の人さらいと繋がっていることがはっきりと分かった。

 戸惑うような事実に胸が冷たくなる。
 町の顔ともいえる善良な女主人が、黒幕だというのか。
 あの温かい笑顔の裏に、子どもをさらう闇を隠していたのか。
 信頼は人を無防備にする。町の人々が口を閉ざしていた理由も見えてきた。
 彼女が人々から慕われていたからこそ、誰も疑わず、声を上げられなかったのだ。

 自然と怒りがこみ上げた。
 信仰だか何だか知らないが、子どもの命を弄ぶ理由にはならない。

 ふと俺は思い出した。ランス王国と、隣接する二つの国――始まりの三国では、信仰は厳しく禁じられていた。
 過去に宗教が戦争の火種となったからだ。
 だが、遠い異国であるこの地には土着の信仰が残っているのだろう。
 そして俺自身、日本という国から転生した身だ。宗教という言葉の意味はおぼろげに知っている。
 だからこそ、現実にそれが人の命を奪うものとして目の前にあるのを見て、背筋が凍る思いだった。

「子どもを探している兄妹に、何て言えばいいんだ……」
 
 独り言のようにつぶやき、両手の拳を握りしめた。
 指に食いこむ感触が、決意を強く刻みつけることを感じた。

 裏切られた信頼。人々の沈黙。
 だが、だからこそ俺が動かねばならない。

 脳裏に、兄妹の必死な表情が浮かぶ。
 震える声と涙。――あの小さな肩に、どれほどの重さがのしかかっているのか。
 俺には想像できる。今までに出会った人たちの顔が胸の奥で重なっていく。
 戦場の叫び、遠い過去の悔恨。
 それらが一つに収束し、「今度こそ守れ」と背中を押した。

 必ず、この町の闇を暴き、子どもを取り戻す。
 それは義務でも正義でもない。
 ただ俺自身がそうしたいからだ。兄妹の涙に応えるために。

 夜の通りを吹き抜ける風が、音もなく髪を揺らす。
 灯りの少ない石畳を踏みしめながら、俺は胸に熱を宿して歩き出した。
 静寂の底に潜むものを、この手で暴き出すために。
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