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静寂の町に潜む闇
儀式の洞窟
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夜を徹して調べ回った末に、決定的な手がかりを得た。
町外れの林を抜けた先――古びた祠の奥に洞窟があり、そこが子どもを連れ去った連中の拠点だという。
隠れるようにして存在するその場所は、町の誰もが知っていながら口にしない“触れてはならない領域”だった。
俺は夜明け前の冷気を胸に吸い込み、深く息を吐いた。
あの兄妹の震える手を思い出す。もう後戻りはできない。
林を抜けると、苔むした石の祠が目に入った。
鳥居に似た形をした木の門は半ば崩れ、しめ縄は黒ずんで垂れ下がっている。
まるで誰にも顧みられぬまま、ただそこに在り続けてきたようだ。
だが、近づけば確かに新しい人の気配があった。
土が踏み固められ、ろうそくの蝋が滴り落ちている。
俺は腰の剣に手をかけ、祠の奥へ進む。
暗い岩の裂け目が口を開けていた。
洞窟は、地の底へと続いている。
足を踏み入れると湿った空気が肌を撫でた。
しんとした闇の中、岩壁に揺れる灯が見える。
誰かが奥で火を焚いているようだ。
やがて低い詠唱が耳に届いた。
重々しく、どこか異様な響きを持つ旋律。
――豊穣の神よ。恵みを与えたまえ。
――血を捧げ、命を糧とし、さらなる実りを。
声は何人もの合唱になり、洞窟に反響していた。
禍々しい光景を目の当たりにして、背筋を冷たいものが走る。
さら奥へ進むと広間のように開けた場所に出た。
岩肌の中央に粗末な祭壇が築かれ、周囲には白布をまとった人々が並んでいる。
だいたい十数人ぐらいだろうか。
皆が目を閉じ、異様な熱気を放ちながら祈りを捧げていた。
その前には縛られた小さな影。子どもだ。
縄で固定され、口に布を噛まされている。
必死に目を見開き、助けを求めているのが伝わってくる。
痛ましい光景を前にして、胸の奥で何かが弾けた。
信仰だと? 命を捧げるだと?
ふざけるな――。
俺は迷わず広間へ踏みこんだ。
「やめろ!」
張り上げた声が洞窟に響き渡る。
祈りの輪が途切れ、信者たちが一斉に振り返った。
驚きと怒り、そして怯えの入り混じった顔。
白布の先頭に立っていた女が、にたりと笑った。
「異邦の者……邪魔をするのですか」
その声は、酒場で愛想よく客を迎えていた女主人のものだった。
かつての朗らかさは影もなく、その眼差しには狂気と支配欲が宿っている。
「お前が……子どもを?」
「これは町のため。豊穣を願い、皆で血を分け合う。小さき者一人の命で、数多の口が満たされるのです」
女の目はぎらつき、唇は嘲笑の形に歪んでいた。
相手は丸腰のはずだが、奇妙な威圧感がある。
「誰も望んでなどいない!」
「いいえ。皆が望んでいるのですよ。恐れ、怯え、沈黙しながらも……この町は私を必要としている」
俺は言葉を失った。
この場にいる信者だけではない。
町全体が、恐怖と沈黙で加担していたのだ。
女が腕を振り上げると、信者たちが一斉に立ち上がった。
手には農具や刃物。祈りを捨て、狂信に駆られた目で俺を取り囲む。
「ならば――力づくで止めるまでだ」
俺は剣を抜いた。鋼の音が洞窟に響き渡る。
信者たちが一斉に襲いかかってきた。
最初の一撃をかわし、相手の手首を打ち払い、逆に柄で顎を突く。
鈍い音とともに男が崩れ落ちる。
さらに背後から刃が迫る気配。
振り返らずに半歩ずれて、相手の腹を蹴り飛ばす。呻き声が広間に混じる。
俺は斬らない。斬れば、ただの人殺しになる。
相手の武器をはじき、急所を外した打撃で意識を奪う。
刃の代わりに、拳や蹴り、剣の腹を使い分け、次々と無力化していった。
一人で立ち回る俺に対して数は多いが、動きは素人だ。
農具を振りかざす腕は隙だらけで、狂信に駆られていても鍛錬の重みはない。
俺の身体が自然と動き、流れるように相手を地に伏せさせていく。
怒りが腕を突き動かす。
ここで退けばあの子が犠牲になる。
それならば、一歩も退くわけにはいかない。
広間に倒れ伏す信者たちを越えて、女主人だけが立っていた。
祭壇の影を背にし、笑みを浮かべて。かつての朗らかさを思えば、あまりの変貌ぶりに寒気を覚える。
「なぜ……あなたのような異邦の者が、町のための儀式を……!」
「町のためだと? 命を差し出して得る豊穣に、何の意味がある」
俺は女を睨みつけた。
理解不能な言葉を耳にして、胸にざわつきが広がっている。
「これはただの欲望だ。恐怖を利用し、人を縛り、命を弄んだ……その報いだ」
女は顔を歪め、なおも何かをつぶやこうとした。
だが俺はそれ以上聞かず、剣の背で意識を断った。
すぐに子どものもとへ駆け寄り、縄を切る。
布を外すと、子どもは声にならぬ嗚咽を漏らし、俺の胸にしがみついた。
「大丈夫だ。もう怖いことはない」
俺は背を撫でながら、強く言い聞かせた。
洞窟の奥には祈りの道具や供物が残っていた。
干からびた動物の骨、血で染まった布。
吐き気がこみ上げる。こんなものを豊穣の神と称して崇めていたのか。
信仰の名を借りて命を奪う行為に、俺は激しい嫌悪と怒りを覚えた。
子どもを抱き上げて洞窟を後にする。
東の空が白み始めていた。
冷たい風が頬を撫で、重苦しい空気を吹き払うように流れていく。
俺は歩きながら、心に誓った。
もう二度と、この町で同じことは繰り返させない。
どれほどの沈黙が支えていようと、闇を許すことはしない。
腕の中で小さな命がかすかに震える。
その重みが、俺をさらに強く前へと押し出していた。
町外れの林を抜けた先――古びた祠の奥に洞窟があり、そこが子どもを連れ去った連中の拠点だという。
隠れるようにして存在するその場所は、町の誰もが知っていながら口にしない“触れてはならない領域”だった。
俺は夜明け前の冷気を胸に吸い込み、深く息を吐いた。
あの兄妹の震える手を思い出す。もう後戻りはできない。
林を抜けると、苔むした石の祠が目に入った。
鳥居に似た形をした木の門は半ば崩れ、しめ縄は黒ずんで垂れ下がっている。
まるで誰にも顧みられぬまま、ただそこに在り続けてきたようだ。
だが、近づけば確かに新しい人の気配があった。
土が踏み固められ、ろうそくの蝋が滴り落ちている。
俺は腰の剣に手をかけ、祠の奥へ進む。
暗い岩の裂け目が口を開けていた。
洞窟は、地の底へと続いている。
足を踏み入れると湿った空気が肌を撫でた。
しんとした闇の中、岩壁に揺れる灯が見える。
誰かが奥で火を焚いているようだ。
やがて低い詠唱が耳に届いた。
重々しく、どこか異様な響きを持つ旋律。
――豊穣の神よ。恵みを与えたまえ。
――血を捧げ、命を糧とし、さらなる実りを。
声は何人もの合唱になり、洞窟に反響していた。
禍々しい光景を目の当たりにして、背筋を冷たいものが走る。
さら奥へ進むと広間のように開けた場所に出た。
岩肌の中央に粗末な祭壇が築かれ、周囲には白布をまとった人々が並んでいる。
だいたい十数人ぐらいだろうか。
皆が目を閉じ、異様な熱気を放ちながら祈りを捧げていた。
その前には縛られた小さな影。子どもだ。
縄で固定され、口に布を噛まされている。
必死に目を見開き、助けを求めているのが伝わってくる。
痛ましい光景を前にして、胸の奥で何かが弾けた。
信仰だと? 命を捧げるだと?
ふざけるな――。
俺は迷わず広間へ踏みこんだ。
「やめろ!」
張り上げた声が洞窟に響き渡る。
祈りの輪が途切れ、信者たちが一斉に振り返った。
驚きと怒り、そして怯えの入り混じった顔。
白布の先頭に立っていた女が、にたりと笑った。
「異邦の者……邪魔をするのですか」
その声は、酒場で愛想よく客を迎えていた女主人のものだった。
かつての朗らかさは影もなく、その眼差しには狂気と支配欲が宿っている。
「お前が……子どもを?」
「これは町のため。豊穣を願い、皆で血を分け合う。小さき者一人の命で、数多の口が満たされるのです」
女の目はぎらつき、唇は嘲笑の形に歪んでいた。
相手は丸腰のはずだが、奇妙な威圧感がある。
「誰も望んでなどいない!」
「いいえ。皆が望んでいるのですよ。恐れ、怯え、沈黙しながらも……この町は私を必要としている」
俺は言葉を失った。
この場にいる信者だけではない。
町全体が、恐怖と沈黙で加担していたのだ。
女が腕を振り上げると、信者たちが一斉に立ち上がった。
手には農具や刃物。祈りを捨て、狂信に駆られた目で俺を取り囲む。
「ならば――力づくで止めるまでだ」
俺は剣を抜いた。鋼の音が洞窟に響き渡る。
信者たちが一斉に襲いかかってきた。
最初の一撃をかわし、相手の手首を打ち払い、逆に柄で顎を突く。
鈍い音とともに男が崩れ落ちる。
さらに背後から刃が迫る気配。
振り返らずに半歩ずれて、相手の腹を蹴り飛ばす。呻き声が広間に混じる。
俺は斬らない。斬れば、ただの人殺しになる。
相手の武器をはじき、急所を外した打撃で意識を奪う。
刃の代わりに、拳や蹴り、剣の腹を使い分け、次々と無力化していった。
一人で立ち回る俺に対して数は多いが、動きは素人だ。
農具を振りかざす腕は隙だらけで、狂信に駆られていても鍛錬の重みはない。
俺の身体が自然と動き、流れるように相手を地に伏せさせていく。
怒りが腕を突き動かす。
ここで退けばあの子が犠牲になる。
それならば、一歩も退くわけにはいかない。
広間に倒れ伏す信者たちを越えて、女主人だけが立っていた。
祭壇の影を背にし、笑みを浮かべて。かつての朗らかさを思えば、あまりの変貌ぶりに寒気を覚える。
「なぜ……あなたのような異邦の者が、町のための儀式を……!」
「町のためだと? 命を差し出して得る豊穣に、何の意味がある」
俺は女を睨みつけた。
理解不能な言葉を耳にして、胸にざわつきが広がっている。
「これはただの欲望だ。恐怖を利用し、人を縛り、命を弄んだ……その報いだ」
女は顔を歪め、なおも何かをつぶやこうとした。
だが俺はそれ以上聞かず、剣の背で意識を断った。
すぐに子どものもとへ駆け寄り、縄を切る。
布を外すと、子どもは声にならぬ嗚咽を漏らし、俺の胸にしがみついた。
「大丈夫だ。もう怖いことはない」
俺は背を撫でながら、強く言い聞かせた。
洞窟の奥には祈りの道具や供物が残っていた。
干からびた動物の骨、血で染まった布。
吐き気がこみ上げる。こんなものを豊穣の神と称して崇めていたのか。
信仰の名を借りて命を奪う行為に、俺は激しい嫌悪と怒りを覚えた。
子どもを抱き上げて洞窟を後にする。
東の空が白み始めていた。
冷たい風が頬を撫で、重苦しい空気を吹き払うように流れていく。
俺は歩きながら、心に誓った。
もう二度と、この町で同じことは繰り返させない。
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