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リブラとフレヤ
バラムを発つ日
俺とフレヤがバラムを発つと決めてから、あっという間に数日が経った。
焼肉屋の調理や帳簿の整理、そしてエミナへの引き継ぎを終え、ようやく旅の支度が整った。
店を離れるのは落ち着かないが、それ以上にフレヤの胸中を思えば、ここに留まる選択肢はなかった。
故郷のリブラが動乱に揺れているのに、彼女をそのままにしておけるわけがない。
出立の日の朝、まだ空気が冷たい時間。
町外れで荷を積んだ馬車が停まっていた。
俺とフレヤが背負い袋を抱えて準備をしていると、シリルとエミナがやってきた。
二人とも早起きしたらしく、顔には少し眠気が残っている。
それでも背筋を伸ばした姿は頼もしさを感じさせた。
「本当に行っちゃうんですね、マルクさん」
シリルが寂しさを漂わせつつも笑顔で言った。
一緒に店を切り盛りしたいと思ってくれるのはうれしいことだった。
「店のことは心配しなくていいって、昨日も言っただろ。……けど、やっぱり寂しいな」
「ふふっ、弟子と師匠みたい」
場を和ませるようにフレヤが微笑んで言った。
「すぐに戻るつもりだ。店は任せたぞ、シリル」
「はい!」
その返事は力強く、まっすぐだった。
最初に出会った頃の頼りなさはもうどこにもない。
必死に焼肉について学ぼうとした若者が、今では客に信頼される顔になっている。
思えば、俺にとっても彼は弟分のような存在だ。
その成長を見届けた今なら、胸を張って背を預けられる。
隣に立つエミナは丁寧な動作で手袋を直しながら、柔らかい笑みを浮かべた。
「こちらも任されましたからには、必ずやり遂げます。パメラさんも期待していましたし……最高のお店を守るため、頑張ります」
その言葉を聞いて、胸が温かくなると同時に、少し申し訳なさも覚えた。
もともと彼女はパメラの喫茶店で看板娘のように働いていたのだ。
パメラ自身の厚意とはいえ、エミナがいるといないかでは大きな違いがある。
だが、エミナはそんな気配を見せずに送り出そうとしてくれている。
「……ありがとう。店を頼みます」
短い言葉で返すと、エミナは小さくうなずいた。
彼女は一人で二人分は働けると評判の人材だ。
シリルと組めば、きっと店を切り盛りしてくれるだろう。
いざ街を発とうという時、店の常連客や顔馴染みの人たちが集まってくれていた。
「気をつけてな、マルク!」「フレヤさんも無理しないで!」
次々とかけられる声に、笑顔で応えながらも胸の奥が熱くなる。
生まれ育った町が帰るべき場所であることを実感した。
馬車に乗りこみ、通りすぎる景色に手を振る。
バラムの街並みが少しずつ遠ざかっていく。
温かな人々に囲まれて暮らしてきた日々を思い返すと、胸にじんとしたものが広がった。
それでも、今は振り返ってばかりもいられない。
俺たちは新しい道を進むのだ。
旅の始まりは静かだった。馬車の揺れに身を任せる。
リブラへ向けて街道を進む。
これから向かう土地への緊張を噛みしめながら、隣に座るフレヤを横目で見た。
彼女は窓の外を見つめていた。
表情は前を向こうとしているが、時折ふっと陰がさす。
リブラのことを思い出しているのだろう。
祖国が混乱していると聞きながら離れて暮らしてきた。
その重みは俺には想像もできない。
「大丈夫か、疲れてない?」
声をかけると、フレヤは微笑んだ。
「大丈夫。こうして出発できただけでも、少しほっとしてる」
もしかしたら、フレヤなりの強がりかもしれない。
それでも、彼女の決意が伝わってくる。
俺は何かを言い足そうとしたが、言葉にならず、ただうなずいた。
彼女の選んだ道を支えること、それが今の俺にできるすべてだ。
それからしばらくして、ベルンの国境が見えてきた。
一見すると平凡な関所だったが、空気には独特の緊張感が漂っていた。
兵士たちが鋭い視線で往来を監視しており、荷を調べる手つきも厳しい。
ベルンといえば以前は暗殺機構で悪名を轟かせた国だ。
無数の影が潜み、戦いを生業とする戦士たちの巣窟だと恐れられてきた。
だが今は、他国の干渉を受け、厳重な監視下に置かれている。
そのために治安はかえって良くなり、往来も整然としていた。
俺とフレヤも兵士に呼び止められ、荷を調べられる。
緊張が走ったが、問題は見つからず、淡々と通過を許された。
兵士の眼差しは冷ややかで、油断はならないと告げていたが、それ以上のことはなかった。
馬車が再び動き出すと、フレヤが小さく息を吐いた。
「子どもの頃から、ベルンは恐ろしい国だって噂ばかり聞かされてきた。でも……思ったより静かね」
「今は監視も厳しいし、前に通った時もこんな雰囲気だった」
俺はそう答えながら、内心ではほっとしていた。
ここを無事に通過できたことは大きい。
だが、これから先にはモルネア王国が待っている。
情勢が不安定になっていると聞く土地だ。油断はできない。
フレヤは窓の外を見つめたまま、もう一度小さくつぶやいた。
「……やっぱり、静かなのは不気味ね」
その声に、俺はうなずくしかなかった。
リブラへの旅は始まったばかりでこの先に何が待ち受けるのか。
あとがき
今日から更新を再開します。
引き続きよろしくお願いします。
焼肉屋の調理や帳簿の整理、そしてエミナへの引き継ぎを終え、ようやく旅の支度が整った。
店を離れるのは落ち着かないが、それ以上にフレヤの胸中を思えば、ここに留まる選択肢はなかった。
故郷のリブラが動乱に揺れているのに、彼女をそのままにしておけるわけがない。
出立の日の朝、まだ空気が冷たい時間。
町外れで荷を積んだ馬車が停まっていた。
俺とフレヤが背負い袋を抱えて準備をしていると、シリルとエミナがやってきた。
二人とも早起きしたらしく、顔には少し眠気が残っている。
それでも背筋を伸ばした姿は頼もしさを感じさせた。
「本当に行っちゃうんですね、マルクさん」
シリルが寂しさを漂わせつつも笑顔で言った。
一緒に店を切り盛りしたいと思ってくれるのはうれしいことだった。
「店のことは心配しなくていいって、昨日も言っただろ。……けど、やっぱり寂しいな」
「ふふっ、弟子と師匠みたい」
場を和ませるようにフレヤが微笑んで言った。
「すぐに戻るつもりだ。店は任せたぞ、シリル」
「はい!」
その返事は力強く、まっすぐだった。
最初に出会った頃の頼りなさはもうどこにもない。
必死に焼肉について学ぼうとした若者が、今では客に信頼される顔になっている。
思えば、俺にとっても彼は弟分のような存在だ。
その成長を見届けた今なら、胸を張って背を預けられる。
隣に立つエミナは丁寧な動作で手袋を直しながら、柔らかい笑みを浮かべた。
「こちらも任されましたからには、必ずやり遂げます。パメラさんも期待していましたし……最高のお店を守るため、頑張ります」
その言葉を聞いて、胸が温かくなると同時に、少し申し訳なさも覚えた。
もともと彼女はパメラの喫茶店で看板娘のように働いていたのだ。
パメラ自身の厚意とはいえ、エミナがいるといないかでは大きな違いがある。
だが、エミナはそんな気配を見せずに送り出そうとしてくれている。
「……ありがとう。店を頼みます」
短い言葉で返すと、エミナは小さくうなずいた。
彼女は一人で二人分は働けると評判の人材だ。
シリルと組めば、きっと店を切り盛りしてくれるだろう。
いざ街を発とうという時、店の常連客や顔馴染みの人たちが集まってくれていた。
「気をつけてな、マルク!」「フレヤさんも無理しないで!」
次々とかけられる声に、笑顔で応えながらも胸の奥が熱くなる。
生まれ育った町が帰るべき場所であることを実感した。
馬車に乗りこみ、通りすぎる景色に手を振る。
バラムの街並みが少しずつ遠ざかっていく。
温かな人々に囲まれて暮らしてきた日々を思い返すと、胸にじんとしたものが広がった。
それでも、今は振り返ってばかりもいられない。
俺たちは新しい道を進むのだ。
旅の始まりは静かだった。馬車の揺れに身を任せる。
リブラへ向けて街道を進む。
これから向かう土地への緊張を噛みしめながら、隣に座るフレヤを横目で見た。
彼女は窓の外を見つめていた。
表情は前を向こうとしているが、時折ふっと陰がさす。
リブラのことを思い出しているのだろう。
祖国が混乱していると聞きながら離れて暮らしてきた。
その重みは俺には想像もできない。
「大丈夫か、疲れてない?」
声をかけると、フレヤは微笑んだ。
「大丈夫。こうして出発できただけでも、少しほっとしてる」
もしかしたら、フレヤなりの強がりかもしれない。
それでも、彼女の決意が伝わってくる。
俺は何かを言い足そうとしたが、言葉にならず、ただうなずいた。
彼女の選んだ道を支えること、それが今の俺にできるすべてだ。
それからしばらくして、ベルンの国境が見えてきた。
一見すると平凡な関所だったが、空気には独特の緊張感が漂っていた。
兵士たちが鋭い視線で往来を監視しており、荷を調べる手つきも厳しい。
ベルンといえば以前は暗殺機構で悪名を轟かせた国だ。
無数の影が潜み、戦いを生業とする戦士たちの巣窟だと恐れられてきた。
だが今は、他国の干渉を受け、厳重な監視下に置かれている。
そのために治安はかえって良くなり、往来も整然としていた。
俺とフレヤも兵士に呼び止められ、荷を調べられる。
緊張が走ったが、問題は見つからず、淡々と通過を許された。
兵士の眼差しは冷ややかで、油断はならないと告げていたが、それ以上のことはなかった。
馬車が再び動き出すと、フレヤが小さく息を吐いた。
「子どもの頃から、ベルンは恐ろしい国だって噂ばかり聞かされてきた。でも……思ったより静かね」
「今は監視も厳しいし、前に通った時もこんな雰囲気だった」
俺はそう答えながら、内心ではほっとしていた。
ここを無事に通過できたことは大きい。
だが、これから先にはモルネア王国が待っている。
情勢が不安定になっていると聞く土地だ。油断はできない。
フレヤは窓の外を見つめたまま、もう一度小さくつぶやいた。
「……やっぱり、静かなのは不気味ね」
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あとがき
今日から更新を再開します。
引き続きよろしくお願いします。
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