異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家

文字の大きさ
551 / 555
リブラとフレヤ

混乱の都

しおりを挟む
 城門前は、すでに混迷を極めていた。
 黒煙が空を覆い、戦いの余波に遭った家屋が崩壊している。
 倒れた荷車や割れた石壁が通路に横たわり、道を求めた市民が右往左往していた。
 悲鳴と怒号と剣戟の音が入り乱れ、敵と味方の境界線が判然としない。

「下がれ! 邪魔だ、早く逃げろ!」

「きゃあっ、子どもが――!」

 兵の怒声、市民の叫び。誰の声も掻き消される。
 剣を振るう兵士の隣で、老いた男が荷物を抱えて転んでいた。
 その瞬間、背後から槍が突き出される。
 俺は咄嗟に剣を抜き、槍を弾き返した。
 鋼と鋼がぶつかる耳障りな音が響き、敵兵の眼光がギラリと光る。

 無秩序な戦場の中で、誰もこちらを助けようとはしない。
 味方ですら混乱し、背中を預ける相手を見極められないのだ。

「マルク!」

 フレヤが声を張り上げた。
 彼女の肩越しに、押し寄せる武装集団が見えた。
 粗末な鎧に身を包み、統率を欠いたまま突進してくる。だが勢いは凄まじい。

 これがガラン派――反体制の連中か。
 彼らは市民を巻きこみ、盾代わりにしながら突き進んでいた。

「退けええ! ブラスコは弱腰だ! 我らこそが導く者!」

「力ある者が国を治める! 臆病者に未来はない!」

 耳をつんざく怒号が響く。
 敵兵は戦いながら市民を扇動し、混乱をさらに広げていた。
 なるほど――ただの権力争いじゃない。

 どうやら、市民を守るブラスコと武力で支配するガラン派――構図は単純だ。
 けれど、戦場にいる人々は理念を選ぶ余裕などなく、ただ生き延びるために逃げ惑っている。
 この世界の平和な面ばかりを見てきた俺にとって、この光景は破滅的に見える。

 目の前で、母親が幼子を抱えて必死に駆けていた。
 その足元に瓦礫が崩れ落ちる。
 悲鳴が上がり、兵が助け起こそうとしたが、すぐ横から敵兵が割って入った。
 剣が交わり、母子が巻きこまれそうになる。
 俺は反射的に割って入り、刃を受け止める。
 衝撃が腕を痺れさせ、歯を食いしばった。

 城門の上を見やれば、ブラスコ派の兵と自警団が必死に防衛線を保っていた。
 寄せ集めの武具を構え、城壁から弓を放つ。
 だが圧倒的な数に押され、次第に防衛線は狭まっている。
 巻き上がる砂煙に包まれた城門は、もはや瓦解寸前の砦に見えた。

 それでも、あらかじめこうなることを予見していたかのように、城壁そのものは驚くほど強固だ。
 幾度も補修された跡があり、要所には魔法障壁の残滓のような光も見える。
 おそらくブラスコは、戦乱の火種が再び起こることを覚悟していたのだろう。

 そもそも、リブラという国自体は国王が統治する国家とは異なる。
 成り立ちにおいてベナード商会の影響が大きく、民兵や自警団による共同体的な防衛が主だ。
 十分な正規軍を抱えるわけでもなく、国としての戦力はないに等しい。
 ゆえにブラスコは、攻めではなく守りに徹するしかなかったのだ。

 その奥でブラスコが孤軍奮闘している――そう思うと胸が重くなる。
 ここまでの様子を見る限り、ブラスコへの援軍はない。
 一番近くにいる正規兵であるモルネアの兵士たちは静観を選んだと聞いた。
 残されたのは、わずかな兵と市民の士気だけ。
 このままでは、ブラスコは確実に押し潰される。

「……父さんは、あの中に」

 フレヤがかすれた声でつぶやいた。
 様子を見る限り、ブラスコの本隊はあそこに踏みとどまっている。

 しかし、この状況で正面突破は無謀だ。
 敵兵の波に押し潰される前に、群衆に呑まれてしまう。

「どうする?」

 俺は問いかけた。すでに剣を握る腕が汗で滑っている。
 さすがにこの混乱を突っ切れる自信はなかった。

「行かなきゃ……でも」

 フレヤは焦燥に駆られた表情で城門を見つめる。
 俺の視線も自然とそこへ釘づけになった。
 火柱が立ち昇り、兵の叫びが響く。
 あの中に飛びこむのは、死地に身を投げるようなものだ。

 俺たちの周囲でも、市民と兵が押し合いへし合いしていた。
 母親が子を抱えて泣き、老人が荷を捨ててよろめく。
 兵は怒鳴りながら剣を振るい、その隙間を敵兵が割って入る。
 味方と敵と難民が同じ狭い路地にひしめき合い、誰がどちらの側なのか見分けもつかない。

 その時だった。甲冑をまとった敵兵がこちらを見据え、槍を構えて突進してきた。
 狙いは俺ではなく、背後で子を抱える母親だ。

「くそっ!」

 咄嗟に踏みこんで剣を振るった。
 刃が火花を散らし、槍を押し返す。
 衝撃に腕が痺れ、慌てて剣を握り直した。
 敵兵の背後から別の影が迫る。あまりにも敵兵の数が多すぎる。

「マルク、下がって!」

 フレヤが叫び、瓦礫を蹴って俺の横へ出た。
 その瞳に迷いはなく、父を思う決意が炎のように揺れている。
 だが槍を握る手は震えている。
 彼女が戦場に立つことなど、今までなかったのだ。

 俺はフレヤの前に立ちはだかる。
 ここで倒れるわけにはいかない。

「ブラスコさんは持ちこたえているけど、このままじゃ辿りつけない」

 俺の言葉に、フレヤは唇を噛んだ。
 焦りが募る。俺たちはただ立ち尽くしているだけだ。

「マルク……」

 フレヤがじっとこちらに視線を向けた。
 燃えさかる炎がその瞳に映りこみ、迷いと決意の色を交えて揺れていた。

「そういえば……思い出したことがある」

「思い出した?」

「父さんが昔、私を連れて歩いた――普通の人は知らない道。あの城に繋がっているはず」

 そこまで言いかけて、フレヤは口をつぐんだ。
 叫び声と炎の轟きが、彼女の言葉を飲みこんだかのようだった。

 隠された道――。
 俺はその言葉の続きを待ちながら、剣を構え直した。
 目の前で兵と兵が激突し、市民の悲鳴が木霊する。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

土属性を極めて辺境を開拓します~愛する嫁と超速スローライフ~

にゃーにゃ
ファンタジー
「土属性だから追放だ!」理不尽な理由で追放されるも「はいはい。おっけー」主人公は特にパーティーに恨みも、未練もなく、世界が危機的な状況、というわけでもなかったので、ササッと王都を去り、辺境の地にたどり着く。 「助けなきゃ!」そんな感じで、世界樹の少女を襲っていた四天王の一人を瞬殺。 少女にほれられて、即座に結婚する。「ここを開拓してスローライフでもしてみようか」 主人公は土属性パワーで一瞬で辺境を開拓。ついでに魔王を超える存在を土属性で作ったゴーレムの物量で圧殺。 主人公は、世界樹の少女が生成したタネを、育てたり、のんびりしながら辺境で平和にすごす。そんな主人公のもとに、ドワーフ、魚人、雪女、魔王四天王、魔王、といった亜人のなかでも一際キワモノの種族が次から次へと集まり、彼らがもたらす特産品によってドンドン村は発展し豊かに、にぎやかになっていく。

神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた

黒崎隼人
ファンタジー
過労死した植物研究者が転生したのは、貧しい開拓村の少年アランだった。彼に与えられたのは、あらゆる植物を意のままに操る神スキル【絶対育成】だった。 そんな彼の元に、ある日、王都から追放されてきた「悪役令嬢」セラフィーナがやってくる。 「私があなたの知識となり、盾となりましょう。その代わり、この村を豊かにする力を貸してください」 前世の知識とチートスキルを持つ少年と、気高く理知的な元公爵令嬢。 二人が手を取り合った時、飢えた辺境の村は、やがて世界が羨む豊かで平和な楽園へと姿を変えていく。 辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

転生したみたいなので異世界生活を楽しみます

さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… 沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。 誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。 感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

元・神獣の世話係 ~神獣さえいればいいと解雇されたけど、心優しいもふもふ神獣は私についてくるようです!~

草乃葉オウル ◆ 書籍発売中
ファンタジー
黒き狼の神獣ガルーと契約を交わし、魔人との戦争を勝利に導いた勇者が天寿をまっとうした。 勇者の養女セフィラは悲しみに暮れつつも、婚約者である王国の王子と幸せに生きていくことを誓う。 だが、王子にとってセフィラは勇者に取り入るための道具でしかなかった。 勇者亡き今、王子はセフィラとの婚約を破棄し、新たな神獣の契約者となって力による国民の支配を目論む。 しかし、ガルーと契約を交わしていたのは最初から勇者ではなくセフィラだったのだ! 真実を知って今さら媚びてくる王子に別れを告げ、セフィラはガルーの背に乗ってお城を飛び出す。 これは少女と世話焼き神獣の癒しとグルメに満ちた気ままな旅の物語!

転生能無し少女のゆるっとチートな異世界交流

犬社護
ファンタジー
10歳の祝福の儀で、イリア・ランスロット伯爵令嬢は、神様からギフトを貰えなかった。その日以降、家族から【能無し・役立たず】と罵られる日々が続くも、彼女はめげることなく、3年間懸命に努力し続ける。 しかし、13歳の誕生日を迎えても、取得魔法は1個、スキルに至ってはゼロという始末。 遂に我慢の限界を超えた家族から、王都追放処分を受けてしまう。 彼女は悲しみに暮れるも一念発起し、家族から最後の餞別として貰ったお金を使い、隣国行きの列車に乗るも、今度は山間部での落雷による脱線事故が起きてしまい、その衝撃で車外へ放り出され、列車もろとも崖下へと転落していく。 転落中、彼女は前世日本人-七瀬彩奈で、12歳で水難事故に巻き込まれ死んでしまったことを思い出し、現世13歳までの記憶が走馬灯として駆け巡りながら、絶望の淵に達したところで気絶してしまう。 そんな窮地のところをランクS冒険者ベイツに助けられると、神様からギフト《異世界交流》とスキル《アニマルセラピー》を貰っていることに気づかされ、そこから神鳥ルウリと知り合い、日本の家族とも交流できたことで、人生の転機を迎えることとなる。 人は、娯楽で癒されます。 動物や従魔たちには、何もありません。 私が異世界にいる家族と交流して、動物や従魔たちに癒しを与えましょう!

処理中です...