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王都出立編

夜の宿屋と出発の朝

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 俺たちは三人でファルガの町を歩きながら、先ほどの宿屋に戻ってきた。
 それなりに盛り上がっていたが、旅の疲れを癒すためにロビーで解散となった。

 俺は二階へ移動して、自分の部屋の前まで歩いた。
 懐から鍵を取り出して、解錠して扉を開く。

 中に入ると魔力灯が点灯されていて、一定の明るさがあった。
 着火式のランプは火元に不安があるため、採用している宿屋は少ないと聞いたことがある。

「……いよいよ明日には、バラムに着くのか」 

 ベッドに腰かけた後、独り言が自然とこぼれていた。
 こんなに長く地元を離れたことがなかったので、初めて味わう感覚だった。

 ジェイクへの信頼が厚いことは間違いないものの、店を空けた期間が長くなればそれなりの不安は出てくる。
 そんな中で幸いなことがあるとすれば、自分の店の客層が良好なことだろう。
 万が一、ジェイクに不手際があったとしても、それで即客離れにつながるような冷たいお客は常連客にはいないと考えていた。

 同じ位置に腰かけたまま、考えごとをしているつもりだったが、いつの間にかぼんやりしていることに気づいた。
 何だかんだで今日は移動が長かったので、疲れがあったようだ。

 受付をピートに任せきりで気づかなかったのだが、この宿屋には共同浴場があるらしい。
 彼のおかげで御者一行様という簡略的な手続きで済んで便利だったものの、何かあった時は彼の責任になってしまうので、次回からは自分で記入をした方がいいな。

「まあ、しょうがない。宿屋初めてのエドワルドもいたわけだし」

 というわけで、大浴場へ向かうとしよう。
 上着を脱いで壁の上着かけに置くと、荷物の中から着替えを出した。
 城の大浴場のようにタオルはないと思うので、自前のものを持参しよう。

 俺は部屋を出て扉の鍵を施錠した後、廊下を歩いてロビーに行った。
 それから、一階の共同浴場がある部屋が目に入った。
 入り口には扉があり、男女別に分かれていた。 

 脱衣所に入ると先客の一人は出るところで、もう一人はこれから入浴するところだった。
 旅人や行商人は早寝早起きのタイプが多いせいか、ピークの時間はすぎているように見えた。
 
 荷物置きに着替えなどを入れてから、身につけている服や下着を脱いだ後、浴場に移動して扉を開いた。
 中に入ると湯気と湿気が立ちこめていた。

 俺は入浴前に身体を洗い流した後、湯船に浸かった。
 エバン村のように温泉ではないと思うが、適温で身体が温まる。

 しばらく浸かった後、頃合いを見計らって湯船を出た。

 浴場から脱衣所に戻ったところで、貸し出し用のタオルがあるのに気づいた。
 これは便利だと思いつつ、壁のところに「おもてなしの精神を大事にしています」と書かれた貼り紙があった。

「宿屋でこのサービスは珍しいな。経営者は転生した日本人かもしれない……」

 俺はありがたくタオルを手に取り、身体を拭いた。
 使い終わったタオルは返却用のカゴに入れた。
 使い回しにしては清潔感があったので、宿屋の人間が丁寧に洗っているのだろう。 
 
 俺は着替えを済ませて、部屋に戻った。
 荷物を整理して室内の水場で口をすすいだ後、ベッドに横になった。
 
「明日も馬車の時間が長いだろうから、今日は早く寝ておこう」

 横になって少し経つと、心地よい眠気を感じた。



 翌朝。受付でチェックアウトを済ませた後、エドワルドとピートがロビーで話していた。
 見た感じエステルはまだ来ていないようだった。

「おはようございます」

「マルク殿、おはよう」

「マルク様、おはようございます」

 二人に声をかけると、こちらを向いて挨拶を返してくれた。

「特にこの町に用事もないと思うので、エステルが来たら出発ですか?」
 
「はい、その通りです」

 ピートの返事を聞いた後、二人と同じように空いた席に腰かける。
 エドワルドとピートは話の途中だったので、そこには加わらずにロビーの様子に目を向けた。

 やはり、旅人や行商人は早めの出発のようで、閑散としている。
 これから出発するように見える旅人がちらほらといる程度だった。

「みんな、おはようー」

 そんな感じで眺めていると、エステルがやってきた。 
 エルフの実年齢は分からないが、若く見える彼女は朝から元気なようだ。

「おはようございます。特に用がなければ、出発するみたいですよ」

「そうなの。わたしは出ても大丈夫」

「これでお三方が揃いましたね。エステルさんは鍵の返却は大丈夫ですか?」

「いやいや、さすがに返したってば」

「これは失礼しました」

 ピートとエステルのやりとりは微笑ましいものだった。
 そして、苦笑いを浮かべるエドワルドが同じことをピートに指摘されたであろうことが想像できた。
 優秀な兵士である彼の誇りを傷つけないために黙っておくとしよう。

「馬車を用意するので、宿屋の前でお待ちください」

 ピートは気を取り直すように言った後、宿屋から出ていった。
 言われた通りに三人で待っていると、さほど間を置かずに馬車が来た。
 俺たちは順番に荷台に乗りこみ、ピートは馬車を出発させた。 

 前日は途中で曇りがちになることがあったが、今日は晴天だった。
 馬車から外を見るとファルガの町から街道に出た。

 バラムから離れていることもあり、この辺りの景色は初めてだった。
 昨日、話題に上がったように畑が広がっている。
 作物の種類がいくつかあるみたいで、野菜は一種類だけではないように見えた。
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