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和の国サクラギとミズキ姫

サクラギへ向かう牛車

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 俺とハンクが牛車を眺めていると正面の幕のようなものが勢いよく上がり、中からミズキが顔を出した。

「おっはよーう! 今日はよろしくね」

 アデルに話を振られた時は乗り気ではないように見えたが、明るい様子だった。
 昨日はブラウスにスカートという出で立ちだったが、今日は動きやすそうな服装である。
 サクラギは和風国家のようではあるものの、ミズキやタイゾウの衣服は着物のような和装ではなかった。
 
「姫様、どうか道中お気をつけて」

 タイゾウは御者の位置から下りて、手綱を握る役目をミズキと交代した。

「見送りありがとう。留守の間、お店を頼むね」

「承知しました」

 彼は牛車から下りると、こちらに歩いてきた。
 かしこまった表情で前を向いている。

「ここからサクラギまでは日を跨ぎます。道中、姫様をお頼み申す」

 タイゾウは深々と頭を下げて、厳かな様子で言った。
 彼に視線を向けつつ、アデルが口を開く。

「心配いらないわよ。ここにSランク冒険者がいるから」

「おおっ、それは心強い。貴殿からは武芸者のような気配を感じるが、やはり腕が立つ方であったか」

 タイゾウは目の色を変えて、ハンクを見ている。
 大事なお姫様の同行者が凄腕の冒険者となれば、そうなるのも当然だろう。

「タイゾウさん、昨日はありがとうございました」

「マルク殿……だったか。サクラギの食文化は豊かなので、何か参考なることがあるはず。姫様はああ見えて腕の立つお方、危ない時は頼りにされるとよい」

「は、はい、分かりました」

 ハンクに向けたものとは正反対の言葉が返ってきた。
 おそらく、この料理長の中で俺は料理人枠になっているのだろう。

「そろそろ出発するよー。ほら、乗った乗った」

 ミズキが乗車を急かす。
 のほほんとした性格に見えるが、意外と気が短いのかもしれない。
    
「また機会があれば、料理の話でもしましょう」

「うむ、喜んで」

 俺たちはタイゾウと言葉を交わした後、牛車に乗りこんだ。
 アデルとハンクは奥に進み、手前に残った俺は御者台の近くで外に目を向けるかたちになる。
 ゆっくりと牛車が動き出し、タイゾウが手を振って見送っていた。

 車内は馬車の客車のように区切られた座席はなく、ミズキのものと思われる荷物と変わった意匠のクッションが置かれていた。
 これはたしか、座布団と呼ばれるものだっただろうか。
 
「今日はいい天気だね」

 後ろから声がして振り返る。
 ミズキが手綱を握ったまま、こちらに顔を向けていた。

「そうですね」

 今日のモルネアは朝から日差しが強く、肌をじりじりと焼くように暑い。
 彼女の近くに移動して外に目を向けると、牛の黒く光沢のある毛が日光を反射していた。
 サクラギ方面に向かう者は少ないのか、街道の交通量はまばらである。

「あの牛、すごい立派ですね」

「うんうん、マルクくんは分かる男じゃん。サクラギ育ちの水牛は角よし、毛並みよし。水陸両用で速度も出るから、すっごく重宝するんだよ」

「へえ、そんなにすごい牛でしたか」

「ただの牛じゃないよ。水牛」

「あっ、はい、水牛ですね。分かりました」

 ミズキにとって重要なことらしく、話を合わせることにした。
  
「真面目な話をするとね、サクラギから西方面――つまり、モルネアがある方には水牛がないと移動が大変なんだよ」

 終始おどけた様子の彼女だったが、わずかに表情を固くしている。

「何か理由があるんですか?」

「けっこうぬかるんだ道が多くてねえ。徒歩や馬で行けなくはないんだけど、迂回しないといけなかったりして、不便この上ないって感じ」

 ミズキはうんざりした様子でこぼして、肩にかかった黒髪を指先でつまんだ。
 彼女の話からこの先の道中を想像していると、誰かに呼ばれた気がした。

「おーい、マルク。そこの姉ちゃんにブランケットを借りていいか訊いてくれ」

「そんなに寒くないですけど、どうしました?」

「アデルが寝そうでな。昨晩はけっこう飲んでたからな」

「ああっ、なるほど」

 ミズキのいる御者台は客車の外なので、中からの声は聞こえにくい。
 俺が中継するかたちで、ハンクの頼みを伝えた。

「えっ、そうなんだ、アデルがね。それなら使っていいって伝えておいて」

 だいぶラフな感じで手綱を握っていたが、さすがに席を外すわけにはいかないようだ。
 俺は客車側に身を乗り出して、ハンクにミズキの返事を伝えた。

「おうっ、ありがとな」

「いえ、どういたしまして」

 ハンクと話しつつアデルの様子を確かめると、座布団を枕代わりにして横になっている。
 彼はアデルにブランケットをかけてから、自分の位置に戻って窓の外に視線を向けた。



  汗ばむような陽気だったが、水牛は暑さをものともせずに一定のペースで歩き続けている。
 おそらく、水牛自体に乗っても乗馬ほど速度は出ないと思うが、客車を引かせた場合の速度は馬車よりも推進力がある。

「いやー、相変わらずモルネア周辺はあっついよ。荷物のところ水筒があるから、ちょっと取ってもらえる?」

「いいですよ、少し待ってください」

 俺はミズキに声をかけられて、客車の中にある彼女の荷物に目を向けた。
 タイゾウが気を利かせたのか、分かりやすい位置に「姫様」と書かれた印の貼られた水筒が置かれていた。

「……あれ、二人とも寝ちゃってるか」
 
 車内の様子に目を向けると、アデルとハンクが間隔を空けて横になっている。
 アデルに劣らずハンクもなかなかの飲みっぷりだったので、まだ酒が残っているのかもしれない。

 俺は身を翻して御者台のところにいるミズキに近づく。
 水筒を差し出すと、彼女はありがとと言って受け取った。
 
「そういえば、治安について聞くことがありましたけど、この辺りの街道はのどかですね」

「ははっ、そんなことないよ。一回の往復につき、必ず一度は野盗に遭遇するから」

 わりと物騒な話だが、ミズキはまるでシカやイノシシにでも出くわしたことのように語る。

「――ほらっ、ちょうどあんな感じで」

 彼女が指先で示した方向を見ると、不審な様子の者たちが道を塞いでいた。
 
「アデルとハンクを起こしますね!」

「ううん、長旅になるから、寝かしておいてあげて」

「えっ、大丈夫ですか?」

 不安を覚えながらミズキを窺うと、不敵な笑みを浮かべていた。
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