異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家

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彼女たちの未来

開店前の準備

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 開店を数日に控えたアンソワーレの店内は、まるで春の朝のような期待と慌ただしい空気が満ちていた。

 壁は落ち着いた淡茶の漆喰で塗られ、窓にはオルネアが縫い上げたレースのカーテンが揺れている。
 棚にはティーニャが選んだ陶器の瓶が並び、すでにいくつかのハーブが封入されていた。
 店の中でハーブを扱うことが多いため、部屋の中にいるといい香りが漂ってくる。

「この瓶、もっと手前に出した方が見えやすいんじゃないかな」

 オルネアが細い指でラベルの向きを整えながら言うと、フレイがうなずく。

「ありがとう。棚の高さも少し調整した方がいい? お年寄りにも取りやすいようにしたいから」

 フレイはオルネアと話す時、仲間同士ということでフランクな話し方になる。
 そんな様子を見ていると微笑ましく感じるのだった。

「よかったら、脚立持ってきましょうか?」

「はい、お願いします」

 俺は脚立を抱えて店の奥から戻ると、棚の位置を少しずつ下げていった。
 細かい作業が続いているが、誰も文句を言う者はいない。
 むしろ皆、どこか楽しそうだった。
 これから新しいことが始まる――そんな明るい空気が満ちているからだろう。

「どうも、こんちはー! 看板が完成しました!」

 外から威勢のいい声が届いて、作業の手を止めていた皆の視線が入口に集まる。

 やがて、二人の職人が運んできた木製の看板が現れた。
 濃い栗色の木に焼きごてで彫られた文字――Herboristerie (エルボリストリ=薬草店)。
 その下には細い金色の筆跡で「アンソワーレ」と添えられていた。

「……すごい」

 フレイが一歩近づき、手を添えながらその文字を撫でる。

「……この店がいよいよ始まるんだ」

 職人が外壁に看板を固定していく間、皆がその様子を見守っていた。
 誰も言葉を発することなく静かな時間が流れた。
 そして、この瞬間がひとつの節目になることを感じているようだった。

「店の外観はこれで完成ですね」
 
 俺が言うと、ティーニャが満足げにうなずいた。

「中身もあとひと息。商品説明の札とお試し用のセットだけ――」

「失礼します。その件ですが」
 
 声がして振り返ると、ダリオが手短にあいさつをして店内に入ってきた。

「ご準備、順調なようで何よりです。お店の様子を見にきたのですが、開店の告知について少し提案があります」

 フレイが身を起こし、ダリオの方を向いた。
 
「ぜひ、お願いしたいです。私たち、宣伝までは手が回っていなくて……」

 それを受けたダリオは柔らかい表情で微笑んだ。
 感じのいい態度を崩さないところに好感を覚える。

「カルンの役場にある掲示板と三つの井戸広場の掲示板に、出店案内を掲示する許可が出ました。ご希望であれば簡単なチラシを用意していただき、当方で配布を手配いたします」

「それは……とても助かります」

 フレイの反応にうんうんとうなずきつつ、ダリオは話を続ける。
 
「こちらでテンプレートを用意してあります。必要なのは、商品紹介と地図、それにメッセージですね」

 とそこで、二人のやりとりを見ていたティーニャが会話に加わる。

「“健康と癒しを届けます”とか、“自然の力で整える”みたいな言葉がいいかもしれない。あまり堅苦しくなくて、でも真剣さが伝わるような」

「じゃあ、自分が書こうかな」

 オルネアがそっと手を挙げた。
 彼女の字は丸みがあって読みやすく、温かみがあった。

「商品のイラストは私が描くよ」

 さらにティーニャが協力を申し出て、自然と作業分担ができていく。
 ポスターとチラシは翌朝には印刷所に回せることになり、広報の準備も軌道に乗せられたのだった。

 その後、試飲用のハーブティーを淹れて味を確認したり、お試しセットに添えるミニ冊子の最終確認をしたりと、細かい作業が続いた。
 作業の内容的に時間は必要なのだが、不思議と疲れは感じなかった。

 やがて日が傾いて、店内が夕暮れの橙色に染まった頃、俺とフレイは一息ついた。
 窓辺に腰かけて予定を確認していると、ティーニャが湯気の立つカップを差し出してきた。

「開店前夜の試作品――陽だまりの午後」

 柔らかなミントとカモミール、少しだけシトラスの香りがするブレンドだった。

「へえ、いい組み合わせだね」
 
 フレイがうれしそうに笑う。
 まだ残っていたダリオが一口味わって、「これは売れますよ」とうなった。

「開店初日のこと、ちゃんと見にきます。アレスト様にも報告しておきますね」

 ダリオはそう言い残し、店を後にした。

 日中の慌ただしさは影を潜め、ずいぶんと静かになった店内。
 荷物は片付き、棚には手作りの瓶が並び、カウンターにはラベル付きの試作品がずらりと整っていた。
 何度も図面とにらめっこし、工房と打ち合わせを重ね、山に登って薬草を摘み、瓶詰めし、ラベルを貼り、そして語り合って決めた商品たち。

「マルクさん」
 
 フレイが振り返り、小さく言った。

「明日、きっと……いい日になりますね」

 俺はしっかりとうなずき返した。
 明日、アンソワーレがこの街に生まれる。
 それは、ダークエルフの人たちにとって新たな一歩なのだ。
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