異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家

文字の大きさ
488 / 555
彼女たちの未来

開店当日の様子

しおりを挟む
 開店当日の朝は前夜の緊張とは打って変わり、店先では穏やかな空気が感じられた。
 薄い朝霧が街路をやわらかく包みこみ、東市場の通りにゆっくりと太陽の光が差しこんでいく。
 その光の道の先にダークエルフたちの店――アンソワーレ――がある。

 「――カーテン、開けちゃいます」

 オルネアの声がして、ふと我に返った。
 窓際の布がふわりと風に揺れる。
 店内に朝の光が満ちて、飴色の棚やラベルの並ぶ瓶に柔らかな陰影が浮かび上がる。

「うん、いい空気だ」

 俺はカウンターに置いた看板を軽く整えた。
 開店の札を裏返し、入口のベルを確認する。
 自分の店ではないことで勝手が違うことを実感しているが、手伝えること――やるべきこと――は同じだと思っている。

 店の奥ではフレイが調合棚の確認をしており、ティーニャは手前の展示コーナーでお湯を沸かしていた。
 今日のお試しブレンドは陽だまりの午後という名前だと聞いている。
 柑橘の爽やかさと柔らかい草の香りが特徴だ。
 フレイ一人ではそこまで手が回らず、仲間たちの協力は大きな力になっただろう。

「……お客さん、来てくれるでしょうか」

 てきぱきと作業を進めながら、フレイがぽつりとつぶやいた。
 期待と不安が半々といった声音だった。

「ははっ、大丈夫です。街の人たちは興味を持っていたし、あとは店のみんなで出迎えるだけで十分ですよ」

 そう答えた俺の声は、自分で思うよりも落ち着いて聞こえた。
 これまでの経験から余裕のようなものが生まれるのかもしれない。

 やがて朝の鐘が鳴り響いて、カルンの街の一日が始まる。
 それからほどなくして、最初の来店者が現れた。

「失礼します……こちら、ハーブのお店と聞いたのですが」

 小柄な婦人が帽子を押さえながら店に入ってきた。
 どうやら、街の掲示板で見かけたという。

「いらっしゃいませ。アンソワーレへようこそ」
 
 フレイが静かに頭を下げて、案内を始めた。
 この店の顔は彼女であり、俺は少し離れた場所で見守る。

「こちらのお茶は春先の疲れにやさしいブレンドになっています。よろしければ、お試しください」

 フレイが湯気を立てるカップを差し出すと、婦人は驚いたように目を細めた。

「あら、香りがふわっとして……これは、レモン? いいわね。眠る前にもよさそう」

「そうなんです。夜のブレンドもございますよ。こちらに――」

 フレイの説明に婦人がうなずき、ティーニャがさりげなくパンフレットを手渡す。
 スムーズな連携に、店の空気が自然と落ち着いていった。

 裏方に回っている俺から見ても、新しい店がかたちになっていく様は素晴らしいものだった。
 まるで新しい生命を得たかのようなみずみずしさが感じられる。

 その後、ぽつりぽつりと客足が続いた。
 若い商人夫婦、腰の曲がった老人、子どもを連れた母親。
 皆が思い思いに香りを試して、珍しそうに瓶の中を覗きこんで感想を口にする。

「この色、きれいだね。パッケージも可愛い」

「これ、肩こりに効くって本当? 夫がちょっとね」

「ここって、いつ開いたんです? ずっと空き店舗だったのに……」

 フレイはすべての問いに丁寧に答えて、オルネアは笑顔を絶やさずレジと接客をこなしていた。
 オルネアは引っこみ思案と聞いていたし、俺と話す時も控えめな態度だった。
 しかし、自分たちの店を始めるに当たり、できる限り人当たりよく接しようという姿勢を好ましく思った。

 そんな中、時折店内を一巡しながら、客の反応を見て簡単に記録していった。
 どういう言葉に反応するか、どの棚に手が伸びやすいか、何が印象に残ったか。
 今日のすべては、次に活かすべき記録になる。
 フレイたちが手一杯なので、俺にできるささやかな力添えだった。

 やがて昼を回った頃、来客は一度落ち着いた。
 皆で軽くパンとスープをとっていた時、フレイが言った。

「……信じられない。私たち、本当にお店をやってるんですね」

「皆さんが思った以上にやれてると思いますよ」
 
 俺が笑ってみせると、ティーニャが茶を注ぎながら言った。

「マルクさんが店番も調整もできるって知らなかった。料理店の店主って聞いてたけど、本当だったんだ」

「もしかして、信じてませんでした?」

 そうして皆が笑った後、しばし静けさが降りた。
 窓の外に春風がレースのカーテンを軽く揺らす。
 棚のハーブが太陽に透けて、まるで灯のようにきらめいていた。

 午後の部が始まる頃、見覚えのある顔が店の前に現れた。

「……ダリオさん」

 オルネアが気づいて声をかける。
 商業組合のダリオが入口に立っていた。

「失礼します。噂を聞いて、一人の客として来てみました」

「ぜひ、試飲もしてみてください」

 フレイがすすめると、ダリオは森の朝という名前のブレンドを選んだ。

「これは……気持ちがしゃんとしますね。書類仕事の合間にいいかもしれません」

 ダリオは丁寧に礼を言い、店内の装飾やレイアウトをじっくりと見てから言った。

「すばらしいお店です。この街に、このような場所が増えるのはとても意味のあることです。会長にも伝えておきます」

 それは社交辞令というよりも、気持ちのこもった言葉だった。

 日が傾き始めた頃、最初の一日が終わろうとしていた。
 レジには初売りの記録が並び、奥の棚からはいくつかの瓶が売れて空いていた。俺たちは皆、ささやかだが確かな達成感に包まれていた。

「明日もやっちゃうよ」

 ティーニャが言い、オルネアが小さくうなずく。
 こうして営業時間が終わり、フレイは入口の札を「閉店中」に返してぽつりと言った。

「ここはきっと、誰かにとっての陽の当たる場所になれる気がします」

 フレイの言葉に応じるように、俺は静かにうなずいた。
 今日という一日がその始まりになったのだ。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

土属性を極めて辺境を開拓します~愛する嫁と超速スローライフ~

にゃーにゃ
ファンタジー
「土属性だから追放だ!」理不尽な理由で追放されるも「はいはい。おっけー」主人公は特にパーティーに恨みも、未練もなく、世界が危機的な状況、というわけでもなかったので、ササッと王都を去り、辺境の地にたどり着く。 「助けなきゃ!」そんな感じで、世界樹の少女を襲っていた四天王の一人を瞬殺。 少女にほれられて、即座に結婚する。「ここを開拓してスローライフでもしてみようか」 主人公は土属性パワーで一瞬で辺境を開拓。ついでに魔王を超える存在を土属性で作ったゴーレムの物量で圧殺。 主人公は、世界樹の少女が生成したタネを、育てたり、のんびりしながら辺境で平和にすごす。そんな主人公のもとに、ドワーフ、魚人、雪女、魔王四天王、魔王、といった亜人のなかでも一際キワモノの種族が次から次へと集まり、彼らがもたらす特産品によってドンドン村は発展し豊かに、にぎやかになっていく。

神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた

黒崎隼人
ファンタジー
過労死した植物研究者が転生したのは、貧しい開拓村の少年アランだった。彼に与えられたのは、あらゆる植物を意のままに操る神スキル【絶対育成】だった。 そんな彼の元に、ある日、王都から追放されてきた「悪役令嬢」セラフィーナがやってくる。 「私があなたの知識となり、盾となりましょう。その代わり、この村を豊かにする力を貸してください」 前世の知識とチートスキルを持つ少年と、気高く理知的な元公爵令嬢。 二人が手を取り合った時、飢えた辺境の村は、やがて世界が羨む豊かで平和な楽園へと姿を変えていく。 辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

転生したみたいなので異世界生活を楽しみます

さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… 沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。 誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。 感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

元・神獣の世話係 ~神獣さえいればいいと解雇されたけど、心優しいもふもふ神獣は私についてくるようです!~

草乃葉オウル ◆ 書籍発売中
ファンタジー
黒き狼の神獣ガルーと契約を交わし、魔人との戦争を勝利に導いた勇者が天寿をまっとうした。 勇者の養女セフィラは悲しみに暮れつつも、婚約者である王国の王子と幸せに生きていくことを誓う。 だが、王子にとってセフィラは勇者に取り入るための道具でしかなかった。 勇者亡き今、王子はセフィラとの婚約を破棄し、新たな神獣の契約者となって力による国民の支配を目論む。 しかし、ガルーと契約を交わしていたのは最初から勇者ではなくセフィラだったのだ! 真実を知って今さら媚びてくる王子に別れを告げ、セフィラはガルーの背に乗ってお城を飛び出す。 これは少女と世話焼き神獣の癒しとグルメに満ちた気ままな旅の物語!

転生能無し少女のゆるっとチートな異世界交流

犬社護
ファンタジー
10歳の祝福の儀で、イリア・ランスロット伯爵令嬢は、神様からギフトを貰えなかった。その日以降、家族から【能無し・役立たず】と罵られる日々が続くも、彼女はめげることなく、3年間懸命に努力し続ける。 しかし、13歳の誕生日を迎えても、取得魔法は1個、スキルに至ってはゼロという始末。 遂に我慢の限界を超えた家族から、王都追放処分を受けてしまう。 彼女は悲しみに暮れるも一念発起し、家族から最後の餞別として貰ったお金を使い、隣国行きの列車に乗るも、今度は山間部での落雷による脱線事故が起きてしまい、その衝撃で車外へ放り出され、列車もろとも崖下へと転落していく。 転落中、彼女は前世日本人-七瀬彩奈で、12歳で水難事故に巻き込まれ死んでしまったことを思い出し、現世13歳までの記憶が走馬灯として駆け巡りながら、絶望の淵に達したところで気絶してしまう。 そんな窮地のところをランクS冒険者ベイツに助けられると、神様からギフト《異世界交流》とスキル《アニマルセラピー》を貰っていることに気づかされ、そこから神鳥ルウリと知り合い、日本の家族とも交流できたことで、人生の転機を迎えることとなる。 人は、娯楽で癒されます。 動物や従魔たちには、何もありません。 私が異世界にいる家族と交流して、動物や従魔たちに癒しを与えましょう!

処理中です...