異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家

文字の大きさ
492 / 561
彼女たちの未来

風が運んだ香り

 俺とフレイはカルンから南へ三日ほど馬車で揺られた先にある都市――ベルランへと向かっていた。
 豊かな水脈と交易路の要所として知られるその街では、各地の名産品や技術を紹介する大規模な「交流祭」が開かれる予定だった。

 きっかけは、あの展示会の終盤に主催者から声をかけられたことだった。

「そちらの出展、とても評判が良かったです。ぜひとも、ベルランの方にも出展いただけませんか?」

 後日、正式に招待にされると旅費の補助と滞在先の提供も明記されていた。
 フレイの瞳に迷いの色はなく、積極的な姿勢が垣間見えた。

 馬車の窓から差しこむ風は少しだけ乾いていて、カルンとはまた違った空気があった。
 春の終わりが近づき、吹く風に夏の気配が感じられる。
 見知らぬ景色を通りすぎる中、俺たちはまるで旅商人のようだった。

「なんだか不思議ですね。ここに来るまでは、あんなに日々のことで手いっぱいだったのに」

「フレイがいなければ、アンソワーレの成功はなかったはずですよ」

「……えっ」

 フレイが言葉に詰まったように目をそらした様子を見逃さなかった。
 彼女なりの照れ隠しだと思い、それ以上は何も言わなかった。

 ベルランの会場は、街の中央広場と周辺の通りを大胆に使った開放的な設営だった。
 すでにあちこちのテントで品物の搬入や装飾が始まっていて、色とりどりの布や提灯が風に揺れていた。

 アンソワーレのブースは広場から一本裏に入った小道の角にあった。
 人通りは十分あるが、中心の喧騒からは少し離れている。

「ここなら香りも飛びにくいし、落ち着いて体験してもらいやすいはず」

 フレイが足元の石畳を確かめながら言う。
 その表情はいつもよりも引き締まっていた。
 ほんの少しだけ口数が少ないのは、この街の空気に慣れていないせいだろう。

 俺たちがテントの設営を進めていると、通りの向かい側で何やら話し声がした。

「……この香り、悪くないじゃない」

 振り返ると、やや背の高い若い女性がこちらの様子をじっと観察していた。
 濃いグレーの外套に紫のスカーフ。見慣れない服装だったが、目力があるような感じがする。
 商人というよりはどこか研究者に近い雰囲気があった。

「……この立地と香りの立ち上がり、それにこの瓶のラベル。ここ、アンソワーレで間違いないですよね?」

 その女性は迷いなく近づいてきた。

「はい、そうですけど……」

 こちらが戸惑いつつ答えると、女性は畳みかけるように話し始めた。

「こんにちは! ロズナっていいます、薬草司をやってます。出展者一覧にあなたたちの名前があって、あ、これは見に行かないとって思ったんですよ!」

 薬草司――地方によっては調香師や香草職人と呼ばれるが、この街では医術にも近い扱いを受けているという。
 ダークエルフたちは民間療法的に薬草を扱っているため、お互いに取り組みの違いはあるだろう。

 ロズナは並べられた瓶をひとつ手に取って、目を細める。

「……これ、ただのリラックス用じゃないですよね?  香りが段階的に変化してる。しかもこの変化、時間軸を設計してる!」

「そこまで分かるんですか」

 思わず俺が口にすると、ロズナはくすっと笑った。

「一応、この世界には十年くらい首突っ込んでるんですけど……いやー、こういう発想の調合、久しぶりに見ました!  出展前に詮索するのはマナー違反かもですけど、もう我慢できなくて」

 その後、ロズナは少しの間だけ腰を下ろして、幾つかのブレンドに関する専門的な質問をしてきた。
 香りの立ち上がり、持続性、混ざることで起きる相互作用――そのすべてに、フレイが丁寧に答えていく。

 俺はその様子を見守りながら、ロズナとの出会いに新鮮味を覚えた。


 初日の開場時間。事前準備ではロズナという珍客が訪れたものの、無事に設営を終えることができた。
 ベルランの街には多くの人の話し声が絶えず、この土地固有の音楽と様々な香りが広がっていた。
 俺たちのブースにもちらほらと人が訪れており、香りを確かめたり、小瓶を購入したりしていた。

「眠るための午後って、名前が綺麗ね」

「この巡る記憶……記憶に作用するの?」

「いえ、記憶をたどるような香りをイメージした商品です。ラベンダーとセージ、あと少しの……」

 フレイが受け答えを続ける中、再び現れたのはロズナだった。

「明日、時間あります? 研究室、案内したいんです! 絶対に、お互い刺激になると思うんですよ! やり方が違うって、すごく面白いことだから!」

 予想外の提案にフレイが俺を見た。
 どう答えるべきかというのもあるはずだが、それに加えて食い気味のロズナの様子に戸惑っている――というのも当てはまりそうだ。

「せっかくですし、試しに行ってみます? ベルランで今までとは違うことができるかもしれません」

 そう伝えると、フレイはゆっくりと頷いた。

「私も……香りを届けるだけじゃなくて、学ぶ機会を探してたのかもしれません」

 フレイの中で新しい可能性が開きつつあるようだ。
 街を越えて、香りの知識がつながっていく予感。
 誰かに認められることではなく、互いに響き合うことでしか見つからないもの。

 アンソワーレの香りはカルンの外へ。
 そして、この世界の新たな風景へと届き始めていた。
感想 30

あなたにおすすめの小説

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身、動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物や魔法、獣人等が当たり前に存在する異世界に転移させられる。 彼が送るのは、時に命がけの戦いもあり、時に仲間との穏やかな日常もある、そんな『冒険者』ならではのスローライフ。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練とは如何なるものか。 ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

転生三男のまったり開発記 ~魔法がなくても、前世の知識とガラクタいじりで世界を便利に変えていきます~

戯言の遊び
ファンタジー
【前世のオタク知識で、不便な異世界をちょっと便利に大改造!】 前世は「何でも屋」の息子で、機械の解体と研究をこよなく愛する技術オタク。 そんな俺が転生したのは、魔法が存在するものの非常に不便な中世レベルのファンタジー世界だった。 しかも、辺境を治める貧乏男爵家の三男坊という、家督の重圧もない完全なる「自由枠」 豊かな自然という名の素材の宝庫を前に、俺の技術オタクとしての血が騒がないわけがない! 風で飛んでいく洗濯物と手荒れに悩むメイドのため、ただの木切れを削って作った『洗濯バサミ』 それが屋敷中で大絶賛されたのを皮切りに、気難しい凄腕の鍛冶職人や、利益の匂いに敏い若き女商人を巻き込んで、俺の「ちょっと便利なモノづくり」はどんどんエスカレートしていくことに!? 大げさな魔法もチートもない。 けれど、前世の知識と底なしの探究心で、不便な世界をまったりと便利に成り上がっていく、三男坊の領地開発記!

転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう! 公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ

幸運寺大大吉丸◎ 書籍発売中
ファンタジー
アルファポリス様より書籍化! 転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。 どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。 - カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました! - アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました! - この話はフィクションです。

オレの異世界に対する常識は、異世界の非常識らしい

広原琉璃
ファンタジー
「あの……ここって、異世界ですか?」 「え?」 「は?」 「いせかい……?」 異世界に行ったら、帰るまでが異世界転移です。 ある日、突然異世界へ転移させられてしまった、嵯峨崎 博人(さがさき ひろと)。 そこで出会ったのは、神でも王様でも魔王でもなく、一般通過な冒険者ご一行!? 異世界ファンタジーの "あるある" が通じない冒険譚。 時に笑って、時に喧嘩して、時に強敵(魔族)と戦いながら、仲間たちとの友情と成長の物語。 目的地は、すべての情報が集う場所『聖王都 エルフェル・ブルグ』 半年後までに主人公・ヒロトは、元の世界に戻る事が出来るのか。 そして、『顔の無い魔族』に狙われた彼らの運命は。 伝えたいのは、まだ出会わぬ誰かで、未来の自分。 信頼とは何か、言葉を交わすとは何か、これはそんなお話。 少しづつ積み重ねながら成長していく彼らの物語を、どうぞ最後までお楽しみください。 ==== ※お気に入り、感想がありましたら励みになります ※近況ボードに「ヒロトとミニドラゴン」編を連載中です。 ※ラスボスは最終的にざまぁ状態になります ※恋愛(馴れ初めレベル)は、外伝5となります

52歳のおっさん、異世界転移したら下水道に捨てられた――下水の汚物は宝の山だった

よっしぃ
ファンタジー
【祝!3/22~25 ホットランキング第1位獲得!】 皆様の熱い応援、本当にありがとうございます! ファンタジー部門6位獲得しました!感謝です! 【書籍化作家の本気作。まず1話、読んでください】 電車でマナー違反を注意したら、逆ギレされて殴られた。 気がついたら異世界召喚。 だが能力鑑定は「なし」。魔力適性も「なし」。 52歳のおっさんに、異世界は容赦ない。 結論――王都の地下下水道に「廃棄」。 玄湊康太郎。職業、設備管理。趣味、健康管理。 血管年齢は実年齢マイナス20歳。 そんな自慢も、汚物まみれの下水道じゃ何の役にも立たない。 だが、転んだ拍子に起きた「偶然の浄化」が、すべてを変えた。 下水には、地上の連中が気づかない「資源」が眠っている。 捨てられた魔道具。 長年魔素を吸い続けた高純度魔石。 そして、同じく捨てられた元聖女、セシリア。 チート能力なし。異能なし。魔法も使えない。 あるのは、52年分の知識と経験、そして設備屋としてのプロ意識だけ。 汚物を「資源」に変え、捨てられた者たちと共に成り上がる。 スラムから始まる、おっさんの本気の逆転劇。 この作品には、現代の「病気」と「健康」に対する、作者の本気のメッセージが込められています。 魔力は毒である。代謝こそが命である。 軽い気持ちで読み飛ばせる作品ではありません。 でも、だからこそ――まず1話、読んでください。 【最新情報&著者プロフィール】 代表作『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』(オリコンライトノベル部門18位記録)の著者が贈る最新作! ◆ 2月に待望の【第2巻】刊行! ◆ 現在、怒涛の展開となる【第3巻】を鋭意執筆中! ◆ 【コミカライズ企画進行中】! すでにキャラデザが完成し、3巻発売と同時に連載スタート予定です。絶対的な勢いで駆け上がる本作に、ぜひご期待ください!

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました

黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。 彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。 戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。 現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと! 「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」 ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。 絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。 伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進! 迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る! これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー! 美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。 人生、逆転できないことなんて何もない!