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彼女たちの未来
風が運んだ香り
俺とフレイはカルンから南へ三日ほど馬車で揺られた先にある都市――ベルランへと向かっていた。
豊かな水脈と交易路の要所として知られるその街では、各地の名産品や技術を紹介する大規模な「交流祭」が開かれる予定だった。
きっかけは、あの展示会の終盤に主催者から声をかけられたことだった。
「そちらの出展、とても評判が良かったです。ぜひとも、ベルランの方にも出展いただけませんか?」
後日、正式に招待にされると旅費の補助と滞在先の提供も明記されていた。
フレイの瞳に迷いの色はなく、積極的な姿勢が垣間見えた。
馬車の窓から差しこむ風は少しだけ乾いていて、カルンとはまた違った空気があった。
春の終わりが近づき、吹く風に夏の気配が感じられる。
見知らぬ景色を通りすぎる中、俺たちはまるで旅商人のようだった。
「なんだか不思議ですね。ここに来るまでは、あんなに日々のことで手いっぱいだったのに」
「フレイがいなければ、アンソワーレの成功はなかったはずですよ」
「……えっ」
フレイが言葉に詰まったように目をそらした様子を見逃さなかった。
彼女なりの照れ隠しだと思い、それ以上は何も言わなかった。
ベルランの会場は、街の中央広場と周辺の通りを大胆に使った開放的な設営だった。
すでにあちこちのテントで品物の搬入や装飾が始まっていて、色とりどりの布や提灯が風に揺れていた。
アンソワーレのブースは広場から一本裏に入った小道の角にあった。
人通りは十分あるが、中心の喧騒からは少し離れている。
「ここなら香りも飛びにくいし、落ち着いて体験してもらいやすいはず」
フレイが足元の石畳を確かめながら言う。
その表情はいつもよりも引き締まっていた。
ほんの少しだけ口数が少ないのは、この街の空気に慣れていないせいだろう。
俺たちがテントの設営を進めていると、通りの向かい側で何やら話し声がした。
「……この香り、悪くないじゃない」
振り返ると、やや背の高い若い女性がこちらの様子をじっと観察していた。
濃いグレーの外套に紫のスカーフ。見慣れない服装だったが、目力があるような感じがする。
商人というよりはどこか研究者に近い雰囲気があった。
「……この立地と香りの立ち上がり、それにこの瓶のラベル。ここ、アンソワーレで間違いないですよね?」
その女性は迷いなく近づいてきた。
「はい、そうですけど……」
こちらが戸惑いつつ答えると、女性は畳みかけるように話し始めた。
「こんにちは! ロズナっていいます、薬草司をやってます。出展者一覧にあなたたちの名前があって、あ、これは見に行かないとって思ったんですよ!」
薬草司――地方によっては調香師や香草職人と呼ばれるが、この街では医術にも近い扱いを受けているという。
ダークエルフたちは民間療法的に薬草を扱っているため、お互いに取り組みの違いはあるだろう。
ロズナは並べられた瓶をひとつ手に取って、目を細める。
「……これ、ただのリラックス用じゃないですよね? 香りが段階的に変化してる。しかもこの変化、時間軸を設計してる!」
「そこまで分かるんですか」
思わず俺が口にすると、ロズナはくすっと笑った。
「一応、この世界には十年くらい首突っ込んでるんですけど……いやー、こういう発想の調合、久しぶりに見ました! 出展前に詮索するのはマナー違反かもですけど、もう我慢できなくて」
その後、ロズナは少しの間だけ腰を下ろして、幾つかのブレンドに関する専門的な質問をしてきた。
香りの立ち上がり、持続性、混ざることで起きる相互作用――そのすべてに、フレイが丁寧に答えていく。
俺はその様子を見守りながら、ロズナとの出会いに新鮮味を覚えた。
初日の開場時間。事前準備ではロズナという珍客が訪れたものの、無事に設営を終えることができた。
ベルランの街には多くの人の話し声が絶えず、この土地固有の音楽と様々な香りが広がっていた。
俺たちのブースにもちらほらと人が訪れており、香りを確かめたり、小瓶を購入したりしていた。
「眠るための午後って、名前が綺麗ね」
「この巡る記憶……記憶に作用するの?」
「いえ、記憶をたどるような香りをイメージした商品です。ラベンダーとセージ、あと少しの……」
フレイが受け答えを続ける中、再び現れたのはロズナだった。
「明日、時間あります? 研究室、案内したいんです! 絶対に、お互い刺激になると思うんですよ! やり方が違うって、すごく面白いことだから!」
予想外の提案にフレイが俺を見た。
どう答えるべきかというのもあるはずだが、それに加えて食い気味のロズナの様子に戸惑っている――というのも当てはまりそうだ。
「せっかくですし、試しに行ってみます? ベルランで今までとは違うことができるかもしれません」
そう伝えると、フレイはゆっくりと頷いた。
「私も……香りを届けるだけじゃなくて、学ぶ機会を探してたのかもしれません」
フレイの中で新しい可能性が開きつつあるようだ。
街を越えて、香りの知識がつながっていく予感。
誰かに認められることではなく、互いに響き合うことでしか見つからないもの。
アンソワーレの香りはカルンの外へ。
そして、この世界の新たな風景へと届き始めていた。
豊かな水脈と交易路の要所として知られるその街では、各地の名産品や技術を紹介する大規模な「交流祭」が開かれる予定だった。
きっかけは、あの展示会の終盤に主催者から声をかけられたことだった。
「そちらの出展、とても評判が良かったです。ぜひとも、ベルランの方にも出展いただけませんか?」
後日、正式に招待にされると旅費の補助と滞在先の提供も明記されていた。
フレイの瞳に迷いの色はなく、積極的な姿勢が垣間見えた。
馬車の窓から差しこむ風は少しだけ乾いていて、カルンとはまた違った空気があった。
春の終わりが近づき、吹く風に夏の気配が感じられる。
見知らぬ景色を通りすぎる中、俺たちはまるで旅商人のようだった。
「なんだか不思議ですね。ここに来るまでは、あんなに日々のことで手いっぱいだったのに」
「フレイがいなければ、アンソワーレの成功はなかったはずですよ」
「……えっ」
フレイが言葉に詰まったように目をそらした様子を見逃さなかった。
彼女なりの照れ隠しだと思い、それ以上は何も言わなかった。
ベルランの会場は、街の中央広場と周辺の通りを大胆に使った開放的な設営だった。
すでにあちこちのテントで品物の搬入や装飾が始まっていて、色とりどりの布や提灯が風に揺れていた。
アンソワーレのブースは広場から一本裏に入った小道の角にあった。
人通りは十分あるが、中心の喧騒からは少し離れている。
「ここなら香りも飛びにくいし、落ち着いて体験してもらいやすいはず」
フレイが足元の石畳を確かめながら言う。
その表情はいつもよりも引き締まっていた。
ほんの少しだけ口数が少ないのは、この街の空気に慣れていないせいだろう。
俺たちがテントの設営を進めていると、通りの向かい側で何やら話し声がした。
「……この香り、悪くないじゃない」
振り返ると、やや背の高い若い女性がこちらの様子をじっと観察していた。
濃いグレーの外套に紫のスカーフ。見慣れない服装だったが、目力があるような感じがする。
商人というよりはどこか研究者に近い雰囲気があった。
「……この立地と香りの立ち上がり、それにこの瓶のラベル。ここ、アンソワーレで間違いないですよね?」
その女性は迷いなく近づいてきた。
「はい、そうですけど……」
こちらが戸惑いつつ答えると、女性は畳みかけるように話し始めた。
「こんにちは! ロズナっていいます、薬草司をやってます。出展者一覧にあなたたちの名前があって、あ、これは見に行かないとって思ったんですよ!」
薬草司――地方によっては調香師や香草職人と呼ばれるが、この街では医術にも近い扱いを受けているという。
ダークエルフたちは民間療法的に薬草を扱っているため、お互いに取り組みの違いはあるだろう。
ロズナは並べられた瓶をひとつ手に取って、目を細める。
「……これ、ただのリラックス用じゃないですよね? 香りが段階的に変化してる。しかもこの変化、時間軸を設計してる!」
「そこまで分かるんですか」
思わず俺が口にすると、ロズナはくすっと笑った。
「一応、この世界には十年くらい首突っ込んでるんですけど……いやー、こういう発想の調合、久しぶりに見ました! 出展前に詮索するのはマナー違反かもですけど、もう我慢できなくて」
その後、ロズナは少しの間だけ腰を下ろして、幾つかのブレンドに関する専門的な質問をしてきた。
香りの立ち上がり、持続性、混ざることで起きる相互作用――そのすべてに、フレイが丁寧に答えていく。
俺はその様子を見守りながら、ロズナとの出会いに新鮮味を覚えた。
初日の開場時間。事前準備ではロズナという珍客が訪れたものの、無事に設営を終えることができた。
ベルランの街には多くの人の話し声が絶えず、この土地固有の音楽と様々な香りが広がっていた。
俺たちのブースにもちらほらと人が訪れており、香りを確かめたり、小瓶を購入したりしていた。
「眠るための午後って、名前が綺麗ね」
「この巡る記憶……記憶に作用するの?」
「いえ、記憶をたどるような香りをイメージした商品です。ラベンダーとセージ、あと少しの……」
フレイが受け答えを続ける中、再び現れたのはロズナだった。
「明日、時間あります? 研究室、案内したいんです! 絶対に、お互い刺激になると思うんですよ! やり方が違うって、すごく面白いことだから!」
予想外の提案にフレイが俺を見た。
どう答えるべきかというのもあるはずだが、それに加えて食い気味のロズナの様子に戸惑っている――というのも当てはまりそうだ。
「せっかくですし、試しに行ってみます? ベルランで今までとは違うことができるかもしれません」
そう伝えると、フレイはゆっくりと頷いた。
「私も……香りを届けるだけじゃなくて、学ぶ機会を探してたのかもしれません」
フレイの中で新しい可能性が開きつつあるようだ。
街を越えて、香りの知識がつながっていく予感。
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