異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家

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彼女たちの未来

変化の兆し

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 アンソワーレの朝は早い。
 カルンの春はまだ肌寒く、薄い霧が石畳の路地に漂っているが、店の厨房からは湯気の混じった香りが立ち上っていた。

 バラムの焼肉屋を離れて、薬草とハーブの店に立つようになってしばらく経つ。
 最初は慣れないことばかりだった。
 ハーブの種類、香りの抽出法、乾燥の見極め……焼き加減ばかり見てきた俺の目には違う「火加減」が必要だった。

 けれど、フレイとオルネアのおかげで、ずいぶん慣れた。
 今では乾燥室の温度調整も任されているし、客の好みに応じてハーブティーの調合もできるようになった。
 ダークエルフの人たちを手伝おうという思ったことがきっかけだったが、気づけば店の一員のようになっている。

 この日も、開店前の準備を終えて、フレイがノート片手に声をかけてきた。

「マルクさん。この『ルンナの手紙』ですが、棚の配置を変えてみたいんです。動線的に、入口近くに置いた方が手に取ってもらいやすいかと」

「なるほど。今のままだと奥まで行かないと香りが伝わりにくいですよね――」

 俺はそう言った後、すっかり一人前ですねと口にしそうになったが、フレイの方が年長者ということで口を閉じた。

「それに初夏の香りって紹介すれば、これからの季節にぴったりでしょう?」

「いい案だ。やってみましょう」

 その提案力に、俺は素直に感心していた。
 フレイはあくまで控えめな性格だが、芯は強い。
 牢に囚われていた時の立場から、今では店の顔としてお客と接しているのだから、その成長ぶりは目覚ましいものがある。

「在庫のチェック、昨日の分まで終わらせた。次の納品が少し遅れるって連絡が入ってて、臨時で別の調合を出してもいいかと」

 そして同じダークエルフである、オルネアも抜け目がない。
 自然な様子で会話に加わってくる。
 
「おっ、判断が早い。さすがですね」

 オルネアは接客向きではないものの、在庫管理やラベルの描写などの部分で活躍している。

 考えるまでもないことだが、この店は俺がいなくてもちゃんと回る。
 その実感が、最近ようやくしっかりと胸に落ちるようになっていた。

「――マルクさん、少しよろしいでしょうか」

 ふいに店の扉が開き、涼しい風とともに声が飛びこんできた。
 透き通るような声の主はリリアだった。
 軽装の襟に砂埃がついているので、朝からどこかに出ていたのだろう。
 リリアの後ろには、少しばかり疲れた様子の顔のクリストフもいた。

「おや、二人とも珍しいですね。仕事帰りですか?」

 リリアとクリストフもカルンの街に滞在しているのだが、これまでの実績を評価されて、エスタンブルクに雇われて臨時の兵士をしている。
 その業務として近隣の見回りが含まれると聞いていた。

「実はお話ししたいことが……」

 リリアの表情から、いくらか緊張した空気を感じた。
 俺がフレイとオルネアに視線を向けると、二人とも自然にうなずいた。

「行ってください。私たちで対応できますから」

「接客は交代でするし、今日は平日。混む時間帯じゃないから」

 その言葉に背中を押されるように、俺は小さくうなずいて玄関へ向かった。
 リリアとクリストフがこちらに視線を合わせて、一緒に店の外に出る。

 三人で歩いてしばらくすると、人通りの少ない広場のベンチにたどり着いた。
 そこに腰を下ろしてから、クリストフが切り出すように口を開いた。

「――アスタリアの鉱石流通に不審な点が見つかったんだ。エスタンブルクの調査員が一応動いているものの、どうも表の記録と実際の貨物にズレがある」

「……ズレってどういうことです?」

 まだ何を意味するかは分からなくとも、クリストフの表情から重要であることは理解できた。

「鉱石の品質が申請より劣る、あるいは量が足りない。それなのに正規ルートで処理が済んでいて。しかも、最近その貨物の行き先に武装組織の関係者が関わってる形跡があるんだ」

 そこでリリアが言葉を継ぐ。

「このままではカルンにも影響が出るかもしれません。流通の混乱だけではなく、何かの火種になりかねない。私たちも動きたいのですが、今の立場では情報収集に限界があるんです」

 そこで俺の出番というわけか。
 表向きは交易目的の視察だが、実際は現地の様子を探り、裏で何が起きているかを探るという役割だ。

「……俺に打診したのは?」

「私たちです。カルンのことを知っていて、もしもの時に身を守れる人……そうなると、マルクさんしかいないと思いました」

「断っても責めません。でも、焼肉屋の主人でありながら、今も鍛錬を欠かさず、危ない場面では誰よりも先に動く。その姿を見てきましたから」

 風が吹き抜け、ベンチの脇の木の葉がカサリと揺れた。
 俺はしばらく黙って、両手を膝に置いたまま空を見上げた。

 バラムにある焼肉屋では、今はフレヤとシリルが切り盛りしている。
 カルンではアンソワーレの手伝いをしているが、フレイとオルネアの働きぶりを見ていれば、俺が不在でもしっかりと前に進むだけの力を持っている。

「――分かりました。その件、受けますよ」

 ゆっくりと立ち上がりながら、リリアとクリストフの表情を見る。

「アスタリアで何が起きてるのか調べてみます」

「ありがとうございます」

 リリアが深く頭を下げ、クリストフもほっとしたように笑った。

「いつ出発できそう?」

「一週間後を目途に。旅の支度をして、アンソワーレの整理も済ませたいです」

「了解した。こちらもルートを整えておくよ」

 それから二人が去った後、俺は再び店へと戻った。
 香りの漂う店内に一歩足を踏み入れた瞬間、フレイが振り向いた。

「どうでしたか?」

 彼女の表情から、何があったかを悟ったかのような気配が感じられた。

「……二人の頼みを引き受けることにしました」

 その言葉にフレイはゆっくりと、けれどしっかりと頷いた。

「いってらっしゃい。私たちは、ここで待ってます」

 胸の奥に温かいものを感じた。
 最初は手伝うだけのつもりだったが、いつのまにか俺にとってもアンソワーレが居場所の一つになっていたのだ。


 あとがき
 これにてダークエルフ編は終幕となりまして、次話から新章に入ります。
 引き続き楽しんでいただけたら幸いです。
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