異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家

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彼女たちの未来

アンソワーレに香りを運ぶ

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 数日後、俺たちはベルランを発ち、アンソワーレへと戻ることにした。
 離れていたのは数日だというのに、カルンの街をどこか懐かしく感じた。

 ロズナから受け取った練香の試作品と資料一式は、大切に荷箱へ詰めこんだ。
 ルンナ草の香りは乾燥してもなお、生き物のように呼吸しているようで、箱の隙間からこぼれるようにして空気に漂っていた。

 草原の記憶をそのまま運ぶような感覚がして、荷物を背負う手にも少しだけ力が入る。

 アンソワーレの店に戻ると、街の様子は以前と変わらぬにぎわいを見せていた。
 季節の祭りが近いせいか広場では露店の準備が進み、薬草市や手工芸市の話題で持ちきりだった。

「この雰囲気なら、タイミングとしては悪くないですね」

 フレイがそう言って、俺と視線を交わした。
 新商品の紹介にはうってつけの時期だ。
 商機を掴もうという積極性は、一人前の商人のようで頼もしい限りである。

 それから店に入ると、ティーニャとオルネアが奥の棚の整理をしていた。

「おかえりなさい。ベルランはどうだった?」

 ティーニャが笑顔で出迎えてくれる。
 彼女の自然な明るさを見て、ダークエルフの人たちが虐げられていたことを気にしすぎる必要はないと考えた。

「想像以上の成果だったよ。ルンナ草の練香もいい仕上がりになった」

 俺は考えたことを表情に出さず、普段通りの口調で言った。
 商品を木箱から取り出すと、オルネアが興味津々といった様子で蓋を開けた。

「……やさしいけど、芯のある香り。これ、すごくいいな」

「まさにその通り。草原の記憶をそのまま閉じこめたような香りです」

 皆で新商品を確かめた後、店舗の一角に専用棚を作ることにした。
 フレイが中心となって宣伝文を考えて、ルンナ草の産地や背景を説明する小冊子を添えた。

 やがて棚の上には「香りの記憶――ルンナの手紙」という看板が掲げられ、店の雰囲気にもよくなじんでいた。

「これで残るは、どうやってもっと広めていくか……ってところかな」

 ティーニャの言葉は的を射ていた。
 店の常連客は興味を持ってくれるだろう。
 だがそれだけでは限界がある。

「販路を広げるには、まずは街の商業組合に紹介するのが早いですよ」

 俺はそう言いながら、商売人としての頭に切り替えていた。
 まずは信頼できる業者に声をかけて、試作品を手渡し、評判を確かめる。

 実際に草の根的に広めていくと、思った以上に評価が高かった。
 それから紹介を通じて組合の試飲会に出品することが決まり、俺とフレイで参加することになった。


 しばらく経った日の試飲会当日。
 広場に並べられた各店のテーブルには地元の名産や工芸品、薬草茶や調味料などがずらりと並んでいる。

「緊張しますね……」

 俺が小声で呟くと、フレイが小さく微笑んだ。

「自信作ですから。きっといいところは伝わります」

 俺たちのブースにも、さっそく数人が足を止めた。
 ルンナの手紙の香りに反応して、ひとり、またひとりと鼻を寄せる。

「……これは、どこか懐かしい香りだな」

「なんというか、旅先の朝みたいな……不思議な気持ちになるね」

 こういった感想を聞くたびに、この香りが認められたように感じた。
 会場を回っていた商業組合の責任者も、やがて俺たちの前に立った。

「これは珍しい調香ですね。使用している草は、なんと?」

「ルンナ草というもので、ベルラン近郊の草原で採取したものです」

 フレイが丁寧に答えると、責任者は興味深げにうなずいた。

「この香りなら、宿屋や街の文具店でも使いたがるかもしれませんな。卸販売、考えてみては?」

「ぜひ前向きに検討します」

 ここまでの流れが実を結んだことに手応えを感じた。
 販路を広げるには、単に売るだけでなく、誰に届けたいかを明確にすることが重要だ。

 俺たちはそれぞれの役割を分担しながら、街の宿屋に提案に回り、薬草を扱う店にもサンプルを置かせてもらった。

 特に街外れにある老舗の薬香堂では、店主の老女が香りを嗅ぐなり、ふと目を閉じてこう言った。

「……ああ、この香りはね。人の心の澱を、優しく洗ってくれるのさ。こういうのは年を取るほど分かるもんだよ」

 俺はその言葉を、深く心に刻んだ。

 香りは思い出をつなぐだけじゃない。
 人の心を癒して、整える力を持っている。

 その力が届くようにと、俺たちは販路を広げることを続けた。

 やがて、アンソワーレの外からも問い合わせが届くようになり、各地の交易市に出品する準備が始まっていった。
 ベルランのロズナとも連絡を取り合い、新たな原料の確保や、香りの安定化について共同で研究を進めるようにもなった。

 ルンナの手紙は、ただの練香ではない。
 その香りは草原と人を結ぶひとつの記憶――。

 そして、俺たちが育てた物語の一部となった。

 その後は取引先の拡大と並行して、店内の展示スペースも見直すことにした。
 ティーニャの発案で「香りの記憶」をテーマにした特設コーナーを設けて、小瓶の練香や試香紙のサンプルを自由に試せるように工夫した。
 棚の装飾には、オルネアが草原で撮った写し絵を飾り、来客の視線を集めていた。

「ここに来ると、あの場所を思い出せる気がする」

 ある日、年配の女性客が独り言を口にしながら、棚の商品に顔を近づけた。
 そこにはルンナ草のサンプルが置かれている。
 女性の懐かしさをにじませる横顔に、俺は密かにうれしさを覚えた。

 ルンナ草の香りは、確かに記憶を運ぶ力がある。
 それは今や、アンソワーレという街の一角にもしっかりと根を張り始めていた。
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