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彼女たちの未来
ルンナ草の香り
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ベルランに戻ってから、ロズナの研究所では静かな熱気が漂っていた。
ルンナ草――草原で白く可憐に揺れていたその草は乾燥台の上でゆっくりと水分を抜かれ、ほのかに蜜のような香りを漂わせている。
その香りが広がった瞬間、草原で感じた心地よい風の感触と日の光に照らされたフレイの横顔が思い出された。
香りというものは不思議なもので、時間も場所も越え、心の奥に残像が浮かぶ。
「今日で乾燥三日目です。今が一番、精油の成分が立ち上がるタイミングです」
そう言いながら、ロズナは乾燥室の温度計を覗きこんで小瓶を数本取り出した。
軽やかな手つきで成分の抽出を始めている。
「このタイミングで抽出すると、香りの中盤が一番美味しく残るんです。逆に一日早いと青臭さが残るし、遅すぎると深みが飛ぶ」
彼女の声には、知識と経験が織りこまれていた。
いつもより真面目な口調から本気さが伝わってきた。
フレイはその傍らで、抽出の様子をノートにびっしりと記録している。
「ルンナ草の香りって、どこか懐かしさがあるんですよね。優しいのに芯があるというか……」
フレイのつぶやきに俺も思わずうなずいた。
「あの草原にいた時間そのものを、瓶に閉じ込めたいって感じというか」
「うんうん、そうなんです。そのまま商品名に使いたいかも」
フレイは熱心な様子で抽出された香りを嗅いで、静かに目を閉じた。
「……うん、これは記憶を紡ぐ香りになると思います」
商品開発が本格的に動き出したのは、その日の午後からだった。
最初に手がけたのはルンナ草の練香だった。
揮発しすぎないように蜜蝋をベースにし、保湿と香気の安定を兼ねる。
ロズナの知識とフレイの調合経験が交差して、数種類の試作品が生まれていく。
「このくらいの硬さなら、肌にも使えそうですね。普段使いできるように、持ち運び用にしてもいいかも」
フレイが指先に乗せた練香をそっとなじませると、甘やかで穏やかな香りがゆるやかに広がった。
「ついでに使う時間帯に応じた配合も試しましょう。朝用、昼用、夜用で変化があっても楽しいと思います」
「おっ、それはいいですね。名前も時間シリーズで統一できる」
俺は小さくメモを取りながら、商人としての発想を巡らせていた。
カルンに戻ればラベルのデザインや宣伝も必要だろう。
店の棚にこの香りが並ぶことを想像すると新鮮な光景に映った。
――だがしかし、試作は決して順調一辺倒ではなかった。
香りのバランスが崩れたり、固まり具合が悪かったり。
時には原因不明の匂い飛びが起きることもあった。
「うーん……これは、ルンナ草の抽出温度が高すぎたかも」
ロズナが眉を寄せると、フレイも手元の記録を見返してうなった。
困ったような顔で首を左右にひねる。
「昨日のと同じ温度だったはずなんですけど、湿度が違いましたね。そこかもしれません」
「じゃあ、乾燥の段階から調整する必要があるのかも!」
「うん。でも面白いです。こんなふうに香りと環境が繊細につながってるなんて」
苦戦しても、二人は諦めなかった。
むしろ壁にぶつかるたび、目が輝いていくのが印象的だった。
それから三日後。ついに最初の完成品ができあがった。
商品名はその名も「ルンナの手紙」。
柔らかく溶ける練香が小さな白い木箱に入れられている。
蓋を開けた瞬間に甘く、懐かしく、そしてどこか温かい香りがふわりと立ちのぼる。
ロズナはそれを嗅いで、小さくうなった。
ここまでの工程が成功につながったことで、満足そうな顔だった。
「……これは、誰かの思い出に残る香りになりますね」
「カルンの店でも、たくさんの人に手に取ってもらいたいです」
フレイの声には柔らかな自信がにじんでいた。
やり切ったことへの自負がそうさせるのだろう。
俺は二人の横で静かにその香りを吸いこんだ。
記憶の中にある草原の景色が少しずつ心の奥に浮かび上がる。
それは言葉にできない感情――あの日の空、あの風のぬくもり、共に笑った時間の断片。
この香りは、きっとそれを呼び起こす。
俺にとっても特別な意味がある商品だ。
「店に戻ったら特設の棚を作ってはどうでしょう? ルンナ草の話も一緒に書いて飾って……そうだ、香りの記憶ってテーマにして売り出してみるとか」
「香りと物語をセットにするなんて、とても素敵です」
フレイが微笑み、ロズナもにんまりとうなずいた。
「記憶には時間も場所も全部が詰まってますからね。香りで旅をするなんて、最高じゃないですか」
こうして、ひとつの香りが物語をまとい、商品として羽ばたく準備が整った。
ルンナ草の香りとともに――カルンの街へ、新たな風を運ぶ日が近づいていた。
開発に携わったこの数日間はただの製品づくりではなく、この三人にとってひとつの物語だった。
誰かの暮らしの中に寄り添い、ふとした瞬間に草原の光や風を思い出させてくれる、そんな香りにできたことが何よりの成果だと思えた。
「……じゃあ、あとは販売するだけですね」
俺がそう言うと、フレイとロズナが同時にうなずいた。
その横顔を見て、ふと胸の奥に、あたたかい感情が湧き上がる。
届けたいのは香りだけじゃない。
この時間そのものを、少しでも誰かと分かち合いたいのだと――。
ルンナ草――草原で白く可憐に揺れていたその草は乾燥台の上でゆっくりと水分を抜かれ、ほのかに蜜のような香りを漂わせている。
その香りが広がった瞬間、草原で感じた心地よい風の感触と日の光に照らされたフレイの横顔が思い出された。
香りというものは不思議なもので、時間も場所も越え、心の奥に残像が浮かぶ。
「今日で乾燥三日目です。今が一番、精油の成分が立ち上がるタイミングです」
そう言いながら、ロズナは乾燥室の温度計を覗きこんで小瓶を数本取り出した。
軽やかな手つきで成分の抽出を始めている。
「このタイミングで抽出すると、香りの中盤が一番美味しく残るんです。逆に一日早いと青臭さが残るし、遅すぎると深みが飛ぶ」
彼女の声には、知識と経験が織りこまれていた。
いつもより真面目な口調から本気さが伝わってきた。
フレイはその傍らで、抽出の様子をノートにびっしりと記録している。
「ルンナ草の香りって、どこか懐かしさがあるんですよね。優しいのに芯があるというか……」
フレイのつぶやきに俺も思わずうなずいた。
「あの草原にいた時間そのものを、瓶に閉じ込めたいって感じというか」
「うんうん、そうなんです。そのまま商品名に使いたいかも」
フレイは熱心な様子で抽出された香りを嗅いで、静かに目を閉じた。
「……うん、これは記憶を紡ぐ香りになると思います」
商品開発が本格的に動き出したのは、その日の午後からだった。
最初に手がけたのはルンナ草の練香だった。
揮発しすぎないように蜜蝋をベースにし、保湿と香気の安定を兼ねる。
ロズナの知識とフレイの調合経験が交差して、数種類の試作品が生まれていく。
「このくらいの硬さなら、肌にも使えそうですね。普段使いできるように、持ち運び用にしてもいいかも」
フレイが指先に乗せた練香をそっとなじませると、甘やかで穏やかな香りがゆるやかに広がった。
「ついでに使う時間帯に応じた配合も試しましょう。朝用、昼用、夜用で変化があっても楽しいと思います」
「おっ、それはいいですね。名前も時間シリーズで統一できる」
俺は小さくメモを取りながら、商人としての発想を巡らせていた。
カルンに戻ればラベルのデザインや宣伝も必要だろう。
店の棚にこの香りが並ぶことを想像すると新鮮な光景に映った。
――だがしかし、試作は決して順調一辺倒ではなかった。
香りのバランスが崩れたり、固まり具合が悪かったり。
時には原因不明の匂い飛びが起きることもあった。
「うーん……これは、ルンナ草の抽出温度が高すぎたかも」
ロズナが眉を寄せると、フレイも手元の記録を見返してうなった。
困ったような顔で首を左右にひねる。
「昨日のと同じ温度だったはずなんですけど、湿度が違いましたね。そこかもしれません」
「じゃあ、乾燥の段階から調整する必要があるのかも!」
「うん。でも面白いです。こんなふうに香りと環境が繊細につながってるなんて」
苦戦しても、二人は諦めなかった。
むしろ壁にぶつかるたび、目が輝いていくのが印象的だった。
それから三日後。ついに最初の完成品ができあがった。
商品名はその名も「ルンナの手紙」。
柔らかく溶ける練香が小さな白い木箱に入れられている。
蓋を開けた瞬間に甘く、懐かしく、そしてどこか温かい香りがふわりと立ちのぼる。
ロズナはそれを嗅いで、小さくうなった。
ここまでの工程が成功につながったことで、満足そうな顔だった。
「……これは、誰かの思い出に残る香りになりますね」
「カルンの店でも、たくさんの人に手に取ってもらいたいです」
フレイの声には柔らかな自信がにじんでいた。
やり切ったことへの自負がそうさせるのだろう。
俺は二人の横で静かにその香りを吸いこんだ。
記憶の中にある草原の景色が少しずつ心の奥に浮かび上がる。
それは言葉にできない感情――あの日の空、あの風のぬくもり、共に笑った時間の断片。
この香りは、きっとそれを呼び起こす。
俺にとっても特別な意味がある商品だ。
「店に戻ったら特設の棚を作ってはどうでしょう? ルンナ草の話も一緒に書いて飾って……そうだ、香りの記憶ってテーマにして売り出してみるとか」
「香りと物語をセットにするなんて、とても素敵です」
フレイが微笑み、ロズナもにんまりとうなずいた。
「記憶には時間も場所も全部が詰まってますからね。香りで旅をするなんて、最高じゃないですか」
こうして、ひとつの香りが物語をまとい、商品として羽ばたく準備が整った。
ルンナ草の香りとともに――カルンの街へ、新たな風を運ぶ日が近づいていた。
開発に携わったこの数日間はただの製品づくりではなく、この三人にとってひとつの物語だった。
誰かの暮らしの中に寄り添い、ふとした瞬間に草原の光や風を思い出させてくれる、そんな香りにできたことが何よりの成果だと思えた。
「……じゃあ、あとは販売するだけですね」
俺がそう言うと、フレイとロズナが同時にうなずいた。
その横顔を見て、ふと胸の奥に、あたたかい感情が湧き上がる。
届けたいのは香りだけじゃない。
この時間そのものを、少しでも誰かと分かち合いたいのだと――。
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