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彼女たちの未来
採取地での散策
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翌朝、ベルランの街は朝露に濡れていた。
湿度の低いランス王国出身の俺にとって、こんなふうにしっとりした空気は新鮮に感じるものだった。
宿を出て並んで歩くフレイの横顔には充実した感じがにじんでいた。
昨日の研究所でのやりとりが、彼女にとって特別な意味を持ったのだろう。
香りの層の調整、重ね技、持続性の話――。
いつもなら俺の話す比率が多く、相槌を打つことが多かった彼女があんなに生き生きと語るのを初めて見た。
「昨日から楽しそうだなって思いました」
つい、言葉が口をついて出た。
フレイが驚いたような顔でこちらを向く。
「えっ?」
「昨日のフレイはずっと夢中だったので。ああいう顔もするんだなと」
フレイは一瞬ぽかんとした顔をしてから、視線を逸らした。
「……なんだか恥ずかしいです」
「あれ、どうしてですか?」
そのまま話題が切り替わる前に、ロズナの声が遠くから聞こえてきた。
「おーい、こっちこっち!」
研究所の脇に立つロズナは調査用の軽装に身を包み、大きな鞄を背負っていた。
ポケットにはガラスの小瓶と乾燥用の袋、首からは何に使うか分からないような道具が提げられている。
「今日はメイル草原に向かいますよー。日が高くなると香りの状態が変わるから、今の時間からがベストなんです」
「荷物、多くないですか?」
「これでも減らした方ですよ! それに安心してください! 道は整ってるし、馬車で途中まで行けますから」
こうして待ち合わせを済ませた俺たちは街の中から馬車で出発した。
やがて街を抜けると、すぐに草の香りが空気を満たし始めた。
メイル草原はベルランから東に広がる半乾燥の平野地帯で、季節ごとに咲く薬草の種類が変わるらしい。
今は「ルンナ草」と呼ばれる白い細花が見頃を迎えているという。
「このルンナ草がすごいんですよ。乾燥させると一見ただの香草なんですが、ある工程を加えると鎮静効果が飛躍的に高まるという珍しさで、調香に向いた素材としても優秀なんです」
馬車の中、ロズナは相変わらずハイテンションだった。
フレイは彼女の早口を聞き漏らすまいと、時折メモを取りながらうなずいていた。
俺はというと、そんな二人のやりとりに時折相槌を入れながら、遠くに開けた空の向こうに目をやった。
カルンを離れてこんなにも遠くに来ることになるとは、フレイの手伝いを始めた頃には想像できないことだった。だが不思議と不安はなかった。
こうしてフレイと共に進んでいることに、確かな意味を感じていたからだ。
メイル草原に到着したのは午前八時をすぎた頃だった。
空は晴れていて、風がゆるやかに草を揺らしていた。
白いルンナ草が波のように広がり、陽の光を反射してきらめいている。
「すごい……」
フレイが息を呑む様子に気づいた。
俺も同じでこの光景を壮観に感じた。
草原の中心に立つと街の喧騒などすっかり遠くなったようだった。
ロズナは手慣れた様子で道具を広げ、さっそく草を摘み始めた。
「花びらじゃなくて、葉の付け根から三番目が重要なんです。この時期、そこに成分が一番溜まるんですよ。あ、こっち来てください、見本あります!」
ロズナの研究者魂は草原でも止まらず、次から次へと観察ポイントを教えてくれた。
フレイはその都度丁寧に頷き、時に笑いながら応じる。
二人の間には明確な共通言語が生まれ始めていた。
言葉の端々に、相手をもっと理解したいという姿勢があるからだろう。
俺はその様子を見ながら草原の縁に腰を下ろした。
吹き抜ける風は心地よく目を細めそうになる。
フレイとの距離感はこれぐらいがちょうどいい。
店を立ち上げた頃は色んなことを教えてる必要があり、フレイはもっと消極的だったと思う。
だが今、彼女は自らの歩みで世界と交わっている。
俺がその背中を見守っていられることが誇らしかった。
それから数時間が経過した。
小瓶と乾燥袋がいくつも満たされる頃、ロズナが空を見上げて言った。
「そろそろ、陽が強くなってきましたね。香気が変質する前に、引き上げましょう」
「思った以上に採れましたね」
フレイが微笑むとロズナは少しだけ頬を赤らめた。
「お二人が一緒にいてくれて、良かったです。楽しかった……って、研究者が言うことじゃないかもですけど」
「言っていいと思いますよ」
俺がそう返すと、ロズナは照れたように笑った。
研究者然としている彼女だが、人間味が感じられるところもある。
「マルクさんって、思ってたよりあったかいですね。もっと合理的な人かと思ったけど、全然違った」
「まあ、計算ばっかりの人生じゃ、こうして旅はしませんから」
俺が軽い調子で言うと、二人とも声を上げて笑った。
採取した草を大事に馬車へと積みこみながら、ふとフレイが言った。
「また、こうして草を採りに来れたらいいですね」
「はい、また来ましょう」
草原の風に今日一番の風が吹き抜けた。
その風の中にほんのりとルンナ草の香りが混ざっていた。
この香りは記憶の一部になり、メイル草原を訪れたことは思い出の一つとして記憶されるだろう。
湿度の低いランス王国出身の俺にとって、こんなふうにしっとりした空気は新鮮に感じるものだった。
宿を出て並んで歩くフレイの横顔には充実した感じがにじんでいた。
昨日の研究所でのやりとりが、彼女にとって特別な意味を持ったのだろう。
香りの層の調整、重ね技、持続性の話――。
いつもなら俺の話す比率が多く、相槌を打つことが多かった彼女があんなに生き生きと語るのを初めて見た。
「昨日から楽しそうだなって思いました」
つい、言葉が口をついて出た。
フレイが驚いたような顔でこちらを向く。
「えっ?」
「昨日のフレイはずっと夢中だったので。ああいう顔もするんだなと」
フレイは一瞬ぽかんとした顔をしてから、視線を逸らした。
「……なんだか恥ずかしいです」
「あれ、どうしてですか?」
そのまま話題が切り替わる前に、ロズナの声が遠くから聞こえてきた。
「おーい、こっちこっち!」
研究所の脇に立つロズナは調査用の軽装に身を包み、大きな鞄を背負っていた。
ポケットにはガラスの小瓶と乾燥用の袋、首からは何に使うか分からないような道具が提げられている。
「今日はメイル草原に向かいますよー。日が高くなると香りの状態が変わるから、今の時間からがベストなんです」
「荷物、多くないですか?」
「これでも減らした方ですよ! それに安心してください! 道は整ってるし、馬車で途中まで行けますから」
こうして待ち合わせを済ませた俺たちは街の中から馬車で出発した。
やがて街を抜けると、すぐに草の香りが空気を満たし始めた。
メイル草原はベルランから東に広がる半乾燥の平野地帯で、季節ごとに咲く薬草の種類が変わるらしい。
今は「ルンナ草」と呼ばれる白い細花が見頃を迎えているという。
「このルンナ草がすごいんですよ。乾燥させると一見ただの香草なんですが、ある工程を加えると鎮静効果が飛躍的に高まるという珍しさで、調香に向いた素材としても優秀なんです」
馬車の中、ロズナは相変わらずハイテンションだった。
フレイは彼女の早口を聞き漏らすまいと、時折メモを取りながらうなずいていた。
俺はというと、そんな二人のやりとりに時折相槌を入れながら、遠くに開けた空の向こうに目をやった。
カルンを離れてこんなにも遠くに来ることになるとは、フレイの手伝いを始めた頃には想像できないことだった。だが不思議と不安はなかった。
こうしてフレイと共に進んでいることに、確かな意味を感じていたからだ。
メイル草原に到着したのは午前八時をすぎた頃だった。
空は晴れていて、風がゆるやかに草を揺らしていた。
白いルンナ草が波のように広がり、陽の光を反射してきらめいている。
「すごい……」
フレイが息を呑む様子に気づいた。
俺も同じでこの光景を壮観に感じた。
草原の中心に立つと街の喧騒などすっかり遠くなったようだった。
ロズナは手慣れた様子で道具を広げ、さっそく草を摘み始めた。
「花びらじゃなくて、葉の付け根から三番目が重要なんです。この時期、そこに成分が一番溜まるんですよ。あ、こっち来てください、見本あります!」
ロズナの研究者魂は草原でも止まらず、次から次へと観察ポイントを教えてくれた。
フレイはその都度丁寧に頷き、時に笑いながら応じる。
二人の間には明確な共通言語が生まれ始めていた。
言葉の端々に、相手をもっと理解したいという姿勢があるからだろう。
俺はその様子を見ながら草原の縁に腰を下ろした。
吹き抜ける風は心地よく目を細めそうになる。
フレイとの距離感はこれぐらいがちょうどいい。
店を立ち上げた頃は色んなことを教えてる必要があり、フレイはもっと消極的だったと思う。
だが今、彼女は自らの歩みで世界と交わっている。
俺がその背中を見守っていられることが誇らしかった。
それから数時間が経過した。
小瓶と乾燥袋がいくつも満たされる頃、ロズナが空を見上げて言った。
「そろそろ、陽が強くなってきましたね。香気が変質する前に、引き上げましょう」
「思った以上に採れましたね」
フレイが微笑むとロズナは少しだけ頬を赤らめた。
「お二人が一緒にいてくれて、良かったです。楽しかった……って、研究者が言うことじゃないかもですけど」
「言っていいと思いますよ」
俺がそう返すと、ロズナは照れたように笑った。
研究者然としている彼女だが、人間味が感じられるところもある。
「マルクさんって、思ってたよりあったかいですね。もっと合理的な人かと思ったけど、全然違った」
「まあ、計算ばっかりの人生じゃ、こうして旅はしませんから」
俺が軽い調子で言うと、二人とも声を上げて笑った。
採取した草を大事に馬車へと積みこみながら、ふとフレイが言った。
「また、こうして草を採りに来れたらいいですね」
「はい、また来ましょう」
草原の風に今日一番の風が吹き抜けた。
その風の中にほんのりとルンナ草の香りが混ざっていた。
この香りは記憶の一部になり、メイル草原を訪れたことは思い出の一つとして記憶されるだろう。
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