異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家

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炭鉱の街アスタリア

調査開始

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 宿を取ったのは、門から少し離れた通りに面した小さな宿だった。
 飾り気のない木造の建物で、玄関の横に吊るされた金属製の看板に「風見亭」と彫られている。
 室内は簡素ながら清潔でベッドの感触も悪くない。
 人の出入りが多く、ここなら情報も入りやすいだろうと判断した。

 その後は何ごともなく一日が終わった。
 
 翌朝、目が覚めて少ししてから、自分がアスタリアにいることを思い出した。
 朝の光が木製の窓から差しこむ頃には、すでに街の喧騒が耳に届いていた。

 軽く身支度を整え、荷物の中から最低限の装備を腰に付けて宿を出る。
 剣は袋に収めて背に斜めがけにし、旅人として目立たない程度の服装にした。
 冒険者然とした風貌は避けたかった。

 外に出ると、石畳の路地には早くも人の波ができていた。
 荷車を引く労働者、手押し車で野菜を売る老女、鉱山帰りらしき屈強な男たち。
 雑然としているが、それぞれの暮らしが確かに息づいている。
 人々の動きが地面を鳴らし、空気に重さと熱をもたらしていた。

 まずは町の構造を把握するため、前日のうちに宿の女将から聞いた話を頼りに中心街へ向かう。

 途中、鉱石の加工場が並ぶ区域を抜けた。
 鍛冶職人たちが鉄を打つ音がリズムのように響き、赤く焼けた鉄塊から立ち上る蒸気が通りを煙らせている。
 ところどころに粉塵が舞い、どこか血の匂いにも似た鉄の香りが鼻を刺激した。

「妙だな……。アスタリアがこういう雰囲気なだけか」

 街の様子に何となく違和感を覚えて、誰にも聞こえない声でつぶやいた。

 どこもかしこも騒がしさはあるのだが、街の空気そのものに、何かを伏せられているような沈黙があった。
 目に見えない壁、あるいは目を背けさせる何か。
 表通りを歩く人々もどこか無表情で、互いに必要以上の言葉を交わさない。
 まるで「余計なことには関わるな」と言われているような……。

 中央広場に出ると、ひときわ目立つ建物が視界に入る。行政庁舎だ。
 灰色の石で築かれた四角い建物で、入り口に警備兵が立っている。
 庁舎前の掲示板には市からの通達と共に、盗掘者に関する注意喚起が貼られていた。

「……最近増えてるらしいな。無断で掘る侵入者が」

 近くにいた若い男が、通りすがりの相手にそう漏らすのが聞こえた。

「地下の旧坑道は閉鎖されたって聞いたが……ああいう連中はどこにでも入りこむんだろうな」

 旧坑道――街の地下に問題があるのだろうか。
 二人は何事もなかったかのように別々の方向に歩いていった。

 見当外れではないようなので、単なる噂話でもいい。
 何か聞き出せる場所を探そうと思った。

 そこで俺は目についた近くの食堂に入った。
 店内には昼前にもかかわらず客が多く、労働者らしき男たちが大皿を囲んで食事をしていた。
 横目で他の客たちの様子を見ながら、窓際の席に腰を下ろして簡単な注文をした。

 飯を食べながら耳を澄ませていると、数人の会話が聞こえてきた。

「……お前、あそこ行ったのかよ? やめとけって言ったろ」

「ちょっと覗いただけだって。地下三層の西坑道、入口の柵が壊れててさ」

「馬鹿、あそこは管理外だぞ。戻ってこられなくなったやつもいるんだ」

「うるせえな、無事だったからいいだろ。けど、ちょっと変だったな。気味悪い音がしてさ……風の音かと思ったけど、あれは違う何かみたいな……」

 俺は食事を進める手を止めた。
 聞き耳を立てていると気づかれるわけにはいかないため、何食わぬ顔で飲み水を口に含んだ。

 ――地下三層、西坑道。管理外。
 そこに何かがあるのか……?

 食後、店員に礼を言って食堂を出た。
 慣れない街の空気に息苦しさを感じながも、平静を装いつつ足を運ぶ。

 街の人々はこの異変に気づいていながら、表立っては語らない。
 いや、正確には語ることができないのかもしれない。

 午後に入っても、街の雰囲気は変わらなかった。
 そんな張りつめた空気に身を置きながら歩いていたところで、ふとどこかから視線を感じて足を止めた。

 石造りの壁の陰から、少女がこちらをじっと見つめていた。
 いや、少女というよりは、年の頃で言えば十代後半だろうか。
 褐色の肌に明るい茶色の髪、腰まで伸びるそれを無造作に結んでいる。
 身なりは簡素な布服で目つきは鋭い――どうやら俺のことを観察しているようだ。

 俺が軽く会釈して反応を返すと、彼女は躊躇するような様子を見せながらも近づいてきた。

「もしかして、旅の人?」

「ああ。カルンから来た。少し町を見て回っているんだよ」

 彼女はほんのわずかに警戒を解いたようだった。

「……私、ノーラ。昔、坑道で働いてたことがあるの。でも、ある日を境に全部おかしくなった」

「ある日?」

 ノーラは口を閉ざし、辺りを気にするように目を走らせた。
 やがて、そっと声を潜めて言った。

「人が……消えるの。音もなく。最初は噂だった。でも、ほんとうに仲間が一人、また一人……」

 思わず背筋に冷たいものが走るのを感じた。
 これはただの交易視察では済みそうにない。
 俺は動揺を隠しながら、ノーラに感謝を伝えることにした。

「話してくれてありがとう。君に何かあったら、すぐに知らせてほしい。俺はマルク。バラムという街の焼肉屋の店主で、今は……街の視察に来てる」

 ノーラのことをよく知らないため、素性を全部明かすことは控えた。
 そして、彼女ほ一瞬驚いたような顔をして、こくりとうなずいた。

「……焼肉屋さん。変わった人だね」

 俺はその言葉に思わず笑った。

「まあ、そうかもしれない」

 ノーラはもう一度うなずいて、細い路地に姿を消した。

 彼女が残した情報と坑道の話。
 まずは情報の整理、そして……地下への生き方を探ることになるかもしれない。

 夕暮れが近づくにつれ、アスタリアの街は赤く染まっていく。
 その色がどこか、血の気配にも似ているように見えた。
 初日から、街の核心に触れたわけではない。だが、第一の扉はすでに開かれつつある。
 明日には、もう一歩深く踏みこめるような気がした。
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