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第十九話
しおりを挟むタスク両親の声を昏睡状態の御伽草士タスクに聞かせ続けて早一週間が経過。
「……………………う、うう」
初めてタスクに大きな変化が生じた。
かすかに身じろぎし、声を発したのだ。
俺と甘神がハッと息を飲んで見守る中、
「……う、う」
かすれていて力がないが、間違いなく俺(草士)の声だ。
今まさに、昏睡状態から目覚めようとしている彼に向かって、必死に呼び掛ける。
「タスクっ、起きろっ。タスクっ」
「御伽さん、落ち着いて」
「こっちを見んだ。俺が分かるかっ」
「目を開けて今の御伽さんの姿を見たら、余計に混乱してしまいますよ」
「……それもそうか」
「私、先生を呼んできますね」
ナースコールを押せばいいものを、甘神も慌てているらしく、勢いよく病室から飛び出していく。
「…………けてくれ」
タスクの目は相変わらず閉じられたままだが、
「……けて、くれ」
繰り返し何かを訴えているようなので、慌てて口元に耳を寄せる。
「何だ、言いたいことがあるならはっきり……」
「助けてくれ、御伽」
俺の声に覆いかぶせるように言い放つと、タスクは再び沈黙した。
その後、何度呼びかけても無反応で、目覚めるのでないかと期待した分、がっかりした。
「そんなに落ち込まないでください、御伽さん。声が聞けただけでも良かったじゃないですか」
「……だよな」
「やり方は間違っていないと分かったんですから、確実に前進していますよ」
懸命に俺を励ましてくれる甘神には申し訳ないが、タスクの言葉が妙に引っかかって、つい上の空になってしまう。
――助けてくれって……何のことだよ。
階段から突き落とされたことを言っているのだろうか。
塩沢の件なら既に解決したはずだ。
――教えてやれば良かったかな。
そうすれば俺も、元の身体に戻れたかもしれないのに。
なぜタスクの身体と入れ替わったのか、ずっと疑問に思っていたが、今まさにその答えが分かった気がした。塩沢に階段から突き落とされて、命の危険を感じたまさにその時、あいつは俺に助けを求めたのだ。両親や友人でもなく、この俺に。
――そいうとこ、ガキの頃と全然変わってないよな。
両親に溺愛されて育ったわりに、タスクは多少ずる賢いところがあって、誰かにいじめられたり、面倒ごとが起きると、いつも俺に泣きついてきた。当時の俺は子分に泣きつかれた親分の気持ちで、得意げになっていじめっ子らに報復したり、掃除当番を変わったりしていたが、単に面倒ごとを押し付けられていただけだとあとになって気づいた。
――子分はあいつじゃなくて俺のほうか。
都合よく使われているという自覚はあったが、友達だから、幼馴染だからとこれまで目を瞑ってきた。しかし今は……どうだろう。タスクは苦しげな声で俺に助けを求めていた。あれが演技だとはとても思えない。そもそも演技ができる状態か?
――気が進まないが……やるか。
他人の個人情報を盗み見るのは気が引けるが、仕方がない。
俺は家に帰ると、タスクのスマホを見つけ出して充電する。
問題はロックの解除方法だが、
「パスワードを忘れた? ママが知るわけないでしょう」
……ですよねぇ。
「うそ、本当は覗き見してたから知ってる。ほら、タスクの好きなサッカー選手の名前よ」
本当だ。解除できた。
また盗み見られると困るので、いそいで部屋に戻る。
早速中身を見たところ、甘神とのやりとりや部活に関する連絡事項がメインだった。
部活仲間とはよくつるんでいたようだが、部活を辞めてからはこまめに連絡を取り合うような親しい友人もいなかったようだ。というより、何人かブロックしている。喧嘩でもしたのだろうか。
細かく見ていくうち、ネットの検索履歴に「ストーカー」や「撃退法」といった単語を見つけて、やはり塩沢の件で悩んでいたのだと納得する。続いてタスクの番号宛に送られてきたメッセージを見、俺は凍り付いた。
――なんだよ、これ。
そのほとんどが「甘神連珠と別れろ」といった内容で、彼女がいかに偽善者で計算高い女か、でたらめな情報が長々と書かれていた。その上、別れたら別れたで、「元カノに会うな」だの「病院でいちゃつくな」だのと、常にタスクの行動を監視、把握しつつ、まるで彼氏の浮気を責めるような内容に変わり、いつも最後は「私を捨てたら許さない」「誰かに奪われるくらいなら、あんたを殺して私も死でんやる」といった脅迫まがいな言葉で締めくくられている。
――この女、間違いなくサイコだ。
一瞬、塩沢の顔が頭に浮かんだが、残念ながら証拠がない。送信元の番号が塩沢の番号だとは限らないし。試しに電話をかけてみようか? そうすれば相手の正体が分かるかもしれない。しかしいくらかけてもサイコ女が電話に出ることはなかった。
――つい最近までメールが送られてきたっていうことは、まだタスクのこと、諦めてないってことだよな。
タスクが部活を辞めたのも、もしかしてこれが原因なのだろうか。
――あえてブロックしなかったのは、相手を突き止めようとしたからか?
とりあえず少しでも情報を集めようと、胆沢に頼んでこっそり目黒を呼び出してもらった。サイコ女に常に監視されていると思うと、教室で堂々と目黒に話しかけるのは気が引けた。
「話って何?」
目黒は迷惑そうな顔をしつつ、やって来た。
「志伊良と二人で会ってるとこ見られたら、困るんだけど」
「この番号、知ってるか?」
彼女は目を細めてそれを眺めると、
「知らない。私のスマホにも登録されてないし」
「……そっかぁ」
露骨にがっかりする俺を見、
「もしかして困ってる?」
「めちゃ困ってる。俺、この番号の女に殺されるかもしれない」
メールの内容を見せると、目黒は「あちゃ~」と気の毒そうな顔をした。
「ってか、私を巻き込まないでよ。地味に怖いんだけど」
「借りはあとで返すから、協力してくれよ」
「協力たって、何すりゃいいのよ」
「こいつ、同じ学校の生徒かもしれないんだ。俺は塩沢じゃないかって疑ってるけど」
目黒はため息をつくと、しぶしぶ自分のスマホを取り出した。
俯いて操作しつつ、
「夏鈴の番号じゃないみたい。スマホを二台持ってるっていうんなら、話は別だけど」
それからおもむろに顔を上げると、
「今、知り合い全員にメッセ送っといたから。何か分かったら知らせるよ」
「助かる」
連絡先を交換して、とりあえず目黒と別れた。
後日、目黒から電話がかかってきて、
『誰か分かった。志伊良の言う通り、うちの学校の生徒だったよ』
「マジ? 誰だよ」
『板井いたいさん。板井王冠姫てぃあら、覚えてない?』
王冠姫と書いてティアラと呼ぶ。
そんな派手なキラキラネーム、一度聞いたら忘れないと思うが。
「知らない」
『うそ、志伊良は一年の時、同じクラスだったでしょ』
「……そういえばそうだった」
咄嗟に誤魔化すが、目黒は特に気にした様子もなく、
『板井さん、大人しくてあまり喋らない子だから、覚えてないのも無理ないかもね』
嘘だろ、と今度は俺が叫ぶ番だった。
「大人しい奴が、あんなメール送りつけてくるか?」
『私もそこが分からないんだよ。私の知ってる板井さんは、感じが良くて目立たない人だから。本人もそれを意識して行動してるっぽいんだよね。夏鈴ならやりかねないけど、あの板井さんが? って感じで……』
理解に苦しむ、というような目黒の声に、俺も首を傾げる。
「板井と塩沢って接点ある?」
『同じ中学出身で、一年の時も同じクラスだった……って志伊良も同じクラスだったでしょ』
なるほど、と探偵にでもなったつもりで俺は腕組みする。
「つまり塩沢が板井を脅して、俺タスクにメールを送らせたと……」
『ちょっと、勝手に話を作らないでよ』
苦笑しつつも、『そういえば』と目黒は思い出したような声を出す。
『板井さん、よく夏鈴に話しかけてたんだよね、自分から。夏鈴は彼女のこと、雑に扱ってたけど』
「二人の関係は?」
『さあ? 本人に訊いてみれば?』
「……マジで言ってる?」
『怖い声出さないでよ。冗談だって』
冗談でも今は笑えない。
「目黒、俺タスクの立場にもなってくれよ。本気で困ってるんだ」
目黒はふうっとため息を吐くと、
『分かった。夏鈴にそれとなく探り入れてみる』
さすが目黒。
話が分かる女だ。
『言っとくけど、この貸しはでかいからね』
募金箱に有り金全部つぎ込んでしまったことを後悔しつつ、俺は電話を切った。
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