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幻の村メテオロスでブードキャンプ
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しおりを挟む旅の仲間が一人増えたことで、いつもよりも賑やかな雰囲気になる、ということもなく、
『あの男、存在感は無駄にあるくせに、ちっとも喋らないわね』
「無口な性格なんだよ、きっと」
『こうなったらアネーシャが積極的に話しかけないと』
「何のために?」
『馬鹿ね、アネーシャ。あの色男を坊やに取られてもいいの』
指摘されて、前方を歩くシアを見る。
基本彼も無口なので、何を考えているのか分からないものの、
「シア、なんか楽しそう」
『半分はビクついてるけどね』
「シアって……もしかしてそっち系?」
『そっち系ってどっち系? お姉さん分かんない』
「ふーん、なるほどね。そういうことか」
『こらこら早合点しないの。坊やはまだお子様だから』
「どういうこと?」
『つまり恋愛ごとに関してはアネーシャと同レベルってこと』
私のほうが二つも年上なのにとアネーシャは憤り、「そういえば」と気を取り直して話題を変える。
「コヤ様がメテオロスに行きたがる理由、まだ訊いてなかったよね?」
『そうだっけ?』
「聖女ゾマが生まれた場所だからじゃないのか?」
いつの間にかシアがこっちを見ていることに気づいて、ぎくりとする。
「もしかして今の話、聞こえてた?」
「人の陰口を言う時は本人のいない所でやれ」
「か、陰口じゃないよ」
『そうそう悪気は無いの。ただ、坊やのセクシャリティに興味があるのよね?』
「コヤ様、その言い方はやめて」
こっそりウルスを盗み見るが、彼は素知らぬ顔で歩き続けている。
これまでもそうだった。アネーシャがコヤと会話していても、特に気味悪がったり、不思議がったりする様子もない。ウルスが何を考えているのかコヤに訊いても、『狸の時と同じよ。ドラゴンの心臓を食べ過ぎて、人間的な感情が欠落してるの。基本的に誰に対しても無関心、無感情――ただ子どもの頃の思い出や記憶だけは大切にしているみたい』とのこと。
「ならシアは特別ってこと?」
『昔の自分と重ねてるんでしょ』
ウルスとの接し方がいまいちよくわからないし、彼も自分には関心がないようなので、アネーシャも極力気にしないようにしていた。変に気を遣ったり、遣われたりしないよう、普段通りの行動を心がける。
ところで、と話を戻すために口を開いた。
「ゾマ様って……初代聖女様のことだよね? コヤ教を作った」
「正確にはゾマの兄ケレヴェスが創始者だ」
『そうそう、あの腹黒兄貴。イケメンで口も上手くて、瞬く間に信者を増やしていったわ』
女神の指示に従い、ドラゴンから人々を守るため、旅に出たゾマ。
同行したのは彼女の兄、ただ一人だけだったらしい。
盲目の人の目を治したり、ドラゴンを一瞬で退治してしまったりと、行く先々で神力を使い、奇跡を起こすゾマ。その活躍ぶりを間近で目にした兄ケレヴェスは、神の存在を強く信じるようになり、コヤ教を作った。
最初はゾマの活動をサポートするため――人助けを行うためにコヤ教を立ち上げたのだが、信者の数が増えるにつれて思想が対立し、二つの宗派に分かれることに。
『ケレヴェスを含め、大多数が革新派で、保守派は少数だったわね』
「ゾマ様は?」
『どちらでもない――あの子はただ、あたしの言うことに従ってただけ』
信者が増えるにつれて、傲慢になったケレヴェスは妹のゾマにあれこれ指図するようになる。するとゾマは兄の過干渉を嫌がり、距離を取るように――やがて兄妹は大喧嘩の末に決別し、ケレヴェスは布教のために信者を引き連れて王都へ行き、妹のゾマはそのまま旅を続けたそうだ。
『あの子は最期の最期まであたしに従順だった』
やはり初代聖女には特別な思い入れがあるのか、コヤの声は感傷じみていた。
そのことに軽い苛立ちを覚えつつ、アネーシャは言う。
「だから彼女を聖女に選んだの?」
コヤは驚いたように黙り込むと、
『やだ、アネーシャったら、ヤキモチ焼いてるの?』
「ごめんね、従順な聖女じゃなくて」
『あなたはそこがいいんじゃないの』
絶対に嘘だと思い、すり寄ってくるコヤから距離をとる。
「どうせこれまでの聖女、皆にそう言ってるんでしょ」
『ちょ……人を女たらしの悪い男みたいに言わないでくれる?』
ふと気づけばウルスが足を止めてこちらを見ていた。
コヤとの会話に夢中になっていたアネーシャは慌ててしまう。
うるさくして気を悪くしただろうかと心配していると、
「メテオロスには邪神が封印されている」
その言葉を聞いて、一気に目が覚めた。
「子どもの頃から、俺はそう教えられて育った。保守派の人々がメテオロスに移り住んで祈り続けるのは、邪神を目覚めさせないためだと。また、そうすることでより女神を身近に感じられるからだと」
それは知らなかったと、アネーシャは息を飲んだ。
「本当なの? コヤ様」
『ごめんなさい、アネーシャ。今はその話、したくない』
珍しく落ち込んでいるようなので、それ以上は聞けなかった。
…………
……
その日の晩、アネーシャは夢を見た。
夢の中の自分は12歳の少女で、岩場の洞窟で隠者である父と二人で暮らしていた。
その洞窟はかつて、住む場所を失い、貧困にあえぐ家族が仮の住処として暮らしていた場所だった。他にもいくつか洞窟があって、瞑想を好む修行者や孤児たちの住処になっていた。
洞窟での暮らしは過酷で、父と娘は栄養失調に陥り、ガリガリに痩せていた。
そんな父が病で亡くなったのは、満月の美しい夜だった。
埋葬を終えた少女は、その日、女性のすすり泣く声を聞いた。怖いもの知らずの少女は声の出処を突き止めると、何もない場所に向かって訊いた。
「そこに誰かいるの?」
『ええ……驚いた。あなた、私の声が聞こえるのね』
「あなたは幽霊? それとも神様?」
『とっても綺麗な女神様よ』
「女神様が、どうして泣いてるの?」
『愛する人を失ったから。あなたはなぜ泣かないの?』
女神は訊き返す。
しかし少女が答える前に、女神は言った。
『ああ、なるほど、どうしようもないクズや……ひどい父親だったのね』
「だから母さんに家を追い出されたの」
『あなたまで付き合うことなかったんじゃない?』
「うちには兄弟がたくさんいるし、父さんを一人にはできなかったから」
『毎日のように殴られても?』
「あたしが殴られている間は、あたし以外の人は殴られない……でしょ?」
『……あなた、名前は?』
訊くまでもなかったが、女神はあえて訊ねる。
「ゾマ」
『こっちへいらっしゃい、ゾマ。顔の傷を治してあげるから』
「……痛いことしない?」
『しないわ。綺麗にしてあげるだけ』
「それは無理。あたしは美人じゃないから」
『キズを治せば今よりマシになるわよ』
「ふふ」
『何がおかしいの?』
「女神様、もう泣いてないね」
『そうね、誰かさんのせいで涙が引っ込んじゃったみたい』
「あたしのせい?」
『そう。だからお礼にゾマの願いを叶えてあげる』
「……何でも?」
『ええ、何でもよ』
だったら、と少女は小さな手を胸の前で組んで言った。
「女神様、あたしのお母さんになってくれる?」
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