腰付きのバラッド

たかボー

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2話

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しばらく足早に歩いていた彼女だったが、目的地の店の前で足が止まった。
「ここで良いんですよね?」

『喫茶ルノアール』看板にはそう書かれている。
この店は1956年に先代のマスターが疲れを恐れず確楽サラリーマンの為、温かいコーヒーと粋な音楽で癒されて欲しいという願いで立ち上げた古き良き純喫茶の風合いが残る喫茶店だ。
もちろん流れている音楽は小粋なジャズなどではなくアコースティックギターが主体となるチルアウト系の音楽になり、フロートやケーキといった甘いものがメニュー表の一覧を飾るなど、数十年経った今でも地元に愛される店であり続けるためのアップデートが随所に見られる。

「そうそう、ここここ」
少し息を切らしながら儚げな吐息まじりで倉庫tせた僕を他所目に、彼女は店内に入っていった。深呼吸ぐらいつかせて欲しいよ。

軽く息を整えて店内に入ると、彼女は右側の壁に沿って並ぶ3つのテーブルのうち、一番奥のテーブルの通路側の椅子に腰掛けていた。

奇妙な客の連れということで怪しむ視線を向けられながらも僕は「なるほど、妙なことがあればすぐに出られるように僕を動きづらい壁側、自分を動きやすい通路側にしている。なんだかんだ警戒されているな」なんていうつまらない邪推をしていた。

「ここ、僕のお気に入りなんだ」
1度しか来たことないのだが、なんとなく余裕があるフリをするためにそう答える。小さな嘘は、自分の心を小さく傷つけた。

「そうなんですね!なんというか写真とかでしか見れないようなレトロな感じがして、良い雰囲気のお店ですね」
「そうそう、そういう所とかもすごく気に入ってるんだ」
特にやましさの欠片も挟めないような会話がしばらく続く。
お互いお冷やを飲み干した辺りでまだしていなかった注文をすることにした。
「すみません、アイスコーヒー1つ」
「私はアイスティーをください」
同じものを頼まない。これはアナタとは理解し合うつもりは一切ありませんという意思表示なのだろうか。それとも自分はコーヒーはあまり好みではないという今後の戦力についてのヒントなのだろうか。

再びつまらない邪推をしていると注文した飲み物が運ばれてきた。
コルク製のコースターには円錐型のガラスのコップが置かれ、既に赤いストローが刺されている。マスターの小さな心遣いに感謝をしつつ、彼女の腰を手に入れるための作戦を始めることにした。

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