平安ROCK FES!

優木悠

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第一章 うごめくやつら

一ノ七 狙う暗殺者

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 三条大橋東のその広場に向かうと、すでに黒山と言っていいほどの人だかりができていて、みなが手を振り上げ、足を踏み鳴らし、踊ったり、歌ともいえないような奇妙な雄叫びをあげたりしていた。

 虎丸は、人人の隙間から、朱天と茨木を透かし見た。

 ――こいつは予想以上だ。

 琵琶を持っているほうが朱天だろう。
 これと言って特徴のない、中肉中背の男で、歳は二十前半か。
 紺色の直垂ひたたれ萎烏帽子なええぼしを被り、腰をふり、体を揺らしながら、琵琶を奏でている。
 奏でる音色は、彼の見た目と相違して、ずいぶん特徴的だ。
 今の音楽よりも、千年くらい未来で流行しそうな、はずむような曲調であった。

 躍っているのが、茨木だ。
 長い赤髪を振り乱し、冷たいほど整った造作の顔に、口をゆがめると八重歯が牙のように突き出した。
 背は並みの男たちよりも頭ひとつぶんくらい高く、白い肌の、細いが引き締まった筋肉をしていた。
 その体が、彼が躍るたびに、きゅ、きゅっと音が聞こえてきそうなほど、筋肉が収縮し、弾けるような踊りを生み出していた。
 彼の踊りも独特で、朱天の琵琶と同じように、千年先の踊りのように思える。

 ――こいつは予想以上だ。

 もう一度虎丸は思った。
 まなこを広げ、彼らを凝視した。

 とん、とん、とん。

 ――はて、なんだろう。

 とん、とん、とん。

 ――こ、これは……。

 虎丸は、肝がつぶれるほど、びっくり仰天した。

 ――俺の体が、勝手に動いている。

 それは、自分の意思などまるで介在しない、本能のまま、体が動いて、琵琶の旋律メロディーに合わせ、足で律動リズムをとっているのだ。

 そして、今度は、勝手に腕が動いて、帯に挟んでいた縦笛を、掴んだ。

 ――こ、これは、何だ、俺はいったいどうしたと言うんだ!?

 気がつけば、笛を吹いていた。

 ――うう、よせ、なにをしている、俺!

 足で拍子をとりながら、ふたりに近づいた。

 琵琶を弾く朱天も、踊りを踊る茨木も、虎丸が近づいても、まるで気にしない。

 気にしないどころか、手をふり、体を回し、ふたりは虎丸を誘うではないか。

 ――や、やめてくれ、俺はお前たちを暗殺しにきたのだ。

 虎丸の意思などまるで無視して、三人のコラボレートが始まった。

 周囲の人人が、さらに盛り上がる。
 喝采が、空にとどろく!

 ――ええい、ままよ!

 虎丸は、踊るように跳ねながら、笛を吹き、ふたりの隙をうかがった。

 彼らが演奏と踊りに熱中している隙に、手に隠し持った暗殺針で、息の根をとめてくれる。

 本能と情熱のおもむくまま、虎丸は、茨木に近づいた。

 腰を振りながら、背中合わせにパフォーマンスをしたり、茨木の跳躍に合わせて、虎丸も宙返りをうったりした。

 そして、その一瞬がおとずれた。

 ――今だ!

 しかし、右手が針をつかまず、指が演奏を続けるのだ。

 ――な、何故だ!?

 虎丸、自分でもまるでわからない。

 ――ちくしょう、ならば、標的を変えるまで。

 虎丸は、朱天に近づいた。

 琵琶を奏でる彼のまわりを、飛び跳ね、駆けまわりながら、隙を探す。

 と、朱天と目が合った。

 その、大きくも小さくもない、何の変哲もない瞳を見た瞬間。

 ――のおぉッ!?

 虎丸の脳天から、つま先まで、雷にうたれたように電流が走った!

 ――な、なにもんだ、この男!?

 針を取り出すどころではない、もはや、事象の地平面ブラックホールへと、体も心も吸いとられたような、異様な気分であった。

 ――いったい、いったい何が起きているんだ!?

 いつのまにか、虎丸は、全身が音楽と一体となっているようだ。

 ――こ、これは、この音楽と踊りか。音楽と踊りが、俺を、俺の心と体をとろかし、旋律の律動メロディーのリズムと一体化させられているッ!?

 そして、演奏が終わった。

 周囲から降り注ぐ、投げ銭の雨のなか、虎丸は精も根も尽き果て、這いつくばった。

「すばらしい演奏だった」朱天が虎丸に手をさしのべた。

「あんちゃん、いい踊りだったぜ」茨木が、親指を立てた。

 ――負けた。完膚なきまでに、暗殺者の俺が敗北した。

 虎丸は、ひざまずいた姿勢のまま、朱天の手を取った。

 負けた相手には素直に従う。

 ――それが俺の流儀だ。
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