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番外編 神楽の恋歌
五
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どれくらいの時間が経っただろうか。
俺の言葉に対する返答を完全に見失っている様だった。
気まずい空気が漂う中、唯一口を開いたのは悠だった。
「…それは本当に?」
「嘘は言ってない、診断書もある」
俺はそう言って、近くの棚から書類を取りだす。
それを目の前の悠に見せると、悠は押し黙ってしまった。
代わりに今度は隼人が問う。
「でも色んな子誑かしてるって」
「それは俺が悪い、俺の事を誰にもちゃんと説明してないんだ」
「…それって」
隼人が口を開いた瞬間、悠がそれを止めた。
「説明してくれる?」
悠の一言で、隼人は黙る。
碧も不安そうにこちらを見ている。
「…一般的にアセクシャルとか、アロマンティックなんて言われてる。
俺には恋愛感情も性欲もない。
誰かを好きになったことも、肉体関係を持ったことも無い。
なりたいとも、持ちたいとすら思わない。
だから俺にはああいう事は出来ないんだよ」
俺のその告白に、一同は真剣に黙って聞いていた。
「でも、誰かを綺麗だとか可愛いだとか、かっこいいだとか思う事はあるんだ。
例えば、一面青色の海を見た時に綺麗だって思うだろ?
俺はそれと同じ感覚で口に出してて。
でも皆、それを俺が口説いてるだとか、好意を抱いてるから言ってるんだと思ってしまう。
多分そういう事なんだと思う」
「そうか」
言い終わると同時にそう呟いたのは悠だった。
「俺バカだからさ、職場でもよくトラブルになるんだ。
でもわからないんだ。俺の言葉で相手がどう解釈するのか。
好意も独占欲も嫉妬も全部俺の中には無い感情だから、わからない。
どうしようも無いんだ。
色んな人困らせてるのはわかってる、目の前で泣かれて何も思わないわけが無い。
それでもなんで泣いてるのか、なんで悲しいのかすら理解してあげられない。
欠陥品なんだよ俺」
「本当に?本当に分からないのか?」
隼人は食い気味に俺に問う。
「うん、本当」
「……そんなの、ありっすか」
「とても嘘を言ってるようには見えません」
碧は、俯く隼人にそう言った。
「そんなの辛いじゃん、そんなの
ちょっとヘマしてやらかしましたっていつもの調子で言ってくれた方が思いっきりぶん殴れたのに」
そんな事を吐き捨てながら、彼は泣いていた。
同情してくれているのだろうか。
「その、言い難いんだけど」
悠は時折目を逸らしながら言う。
「ずっとそうだったの?今まで?」
「そうだよ、生まれてからずっと」
「…そうか、ごめん。
気づいてなかったとはいえ、無神経な事たくさん言ったかもしれない」
悠はそう言っていきなり頭を下げた。
「え!?いいんだよそんなの」
突然の事で焦りながら頭をあげさせる。
「俺は誰にも話すつもり無かったし、隠したかった事だから気づかなくて当然だし
無神経だと思ったことも無い。
悠と叶多さんの事も羨ましいと思ってたけど、それだけだよ。一緒にいて楽しかったし、今も楽しいからずっとこのバンドにいるんだよ
俺にとってはもう、家族みたいなもん。」
そこまで言うと、俺も悠も少し恥ずかしくなってきてしまい、また目を逸らしてしまった。
「そう思えるなら、神楽さんは欠陥品じゃないですよ」
優しい声で、碧はそう告げる。
「誰かを愛おしく思う気持ちに、名前をつける必要はありません。
対象が誰であれ、神楽さんは大切な人がそばに居る。楽しい時間を分かち合う幸せを知っている。
それだけで十分じゃありませんか?」
そんな言葉に、俺は思わず涙ぐんでしまった。
最初はたどたどしかった言葉遣いが、いつの間にか大人びていることに気づいた。
「ありがとう。俺のせいなのに、全部」
「それはそう」
「おいこら隼人くん、みんな慰めてくれてるんだから空気読んで?」
いつも通りの軽口を叩く隼人に、少しほっとした。
数年間、「自分が生産性のないゴミと変わらない」と自覚してからずっと誰にも話せなかった事。
誰よりも大切にしていた人達に打ち明けられて、喉の奥に詰まっていた“何か“が、氷のように溶けていくのを感じる。
愛せなくても、生きてていいんだ。
もう道化を演じなくて済むんだ。
そう思うと自然と笑みが溢れてしまった。
俺の言葉に対する返答を完全に見失っている様だった。
気まずい空気が漂う中、唯一口を開いたのは悠だった。
「…それは本当に?」
「嘘は言ってない、診断書もある」
俺はそう言って、近くの棚から書類を取りだす。
それを目の前の悠に見せると、悠は押し黙ってしまった。
代わりに今度は隼人が問う。
「でも色んな子誑かしてるって」
「それは俺が悪い、俺の事を誰にもちゃんと説明してないんだ」
「…それって」
隼人が口を開いた瞬間、悠がそれを止めた。
「説明してくれる?」
悠の一言で、隼人は黙る。
碧も不安そうにこちらを見ている。
「…一般的にアセクシャルとか、アロマンティックなんて言われてる。
俺には恋愛感情も性欲もない。
誰かを好きになったことも、肉体関係を持ったことも無い。
なりたいとも、持ちたいとすら思わない。
だから俺にはああいう事は出来ないんだよ」
俺のその告白に、一同は真剣に黙って聞いていた。
「でも、誰かを綺麗だとか可愛いだとか、かっこいいだとか思う事はあるんだ。
例えば、一面青色の海を見た時に綺麗だって思うだろ?
俺はそれと同じ感覚で口に出してて。
でも皆、それを俺が口説いてるだとか、好意を抱いてるから言ってるんだと思ってしまう。
多分そういう事なんだと思う」
「そうか」
言い終わると同時にそう呟いたのは悠だった。
「俺バカだからさ、職場でもよくトラブルになるんだ。
でもわからないんだ。俺の言葉で相手がどう解釈するのか。
好意も独占欲も嫉妬も全部俺の中には無い感情だから、わからない。
どうしようも無いんだ。
色んな人困らせてるのはわかってる、目の前で泣かれて何も思わないわけが無い。
それでもなんで泣いてるのか、なんで悲しいのかすら理解してあげられない。
欠陥品なんだよ俺」
「本当に?本当に分からないのか?」
隼人は食い気味に俺に問う。
「うん、本当」
「……そんなの、ありっすか」
「とても嘘を言ってるようには見えません」
碧は、俯く隼人にそう言った。
「そんなの辛いじゃん、そんなの
ちょっとヘマしてやらかしましたっていつもの調子で言ってくれた方が思いっきりぶん殴れたのに」
そんな事を吐き捨てながら、彼は泣いていた。
同情してくれているのだろうか。
「その、言い難いんだけど」
悠は時折目を逸らしながら言う。
「ずっとそうだったの?今まで?」
「そうだよ、生まれてからずっと」
「…そうか、ごめん。
気づいてなかったとはいえ、無神経な事たくさん言ったかもしれない」
悠はそう言っていきなり頭を下げた。
「え!?いいんだよそんなの」
突然の事で焦りながら頭をあげさせる。
「俺は誰にも話すつもり無かったし、隠したかった事だから気づかなくて当然だし
無神経だと思ったことも無い。
悠と叶多さんの事も羨ましいと思ってたけど、それだけだよ。一緒にいて楽しかったし、今も楽しいからずっとこのバンドにいるんだよ
俺にとってはもう、家族みたいなもん。」
そこまで言うと、俺も悠も少し恥ずかしくなってきてしまい、また目を逸らしてしまった。
「そう思えるなら、神楽さんは欠陥品じゃないですよ」
優しい声で、碧はそう告げる。
「誰かを愛おしく思う気持ちに、名前をつける必要はありません。
対象が誰であれ、神楽さんは大切な人がそばに居る。楽しい時間を分かち合う幸せを知っている。
それだけで十分じゃありませんか?」
そんな言葉に、俺は思わず涙ぐんでしまった。
最初はたどたどしかった言葉遣いが、いつの間にか大人びていることに気づいた。
「ありがとう。俺のせいなのに、全部」
「それはそう」
「おいこら隼人くん、みんな慰めてくれてるんだから空気読んで?」
いつも通りの軽口を叩く隼人に、少しほっとした。
数年間、「自分が生産性のないゴミと変わらない」と自覚してからずっと誰にも話せなかった事。
誰よりも大切にしていた人達に打ち明けられて、喉の奥に詰まっていた“何か“が、氷のように溶けていくのを感じる。
愛せなくても、生きてていいんだ。
もう道化を演じなくて済むんだ。
そう思うと自然と笑みが溢れてしまった。
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