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Nirvana “Smells Like Teen Spirit”
グランジそして27クラブ
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子供の頃はみんなジーパンと呼んでいた。「太陽にほえろ!」で松田優作が扮していたのは「ジーパン」と言う愛称で呼ばれる柴田純刑事だった。それがいつしかジーンズに変わった。それは多分エドウィンのCMからじゃないか。ジングルで「ジーンズ、エドウィン♩」と流れていた。そしていつの間にかデニムとも呼ばれている。
デザインの流行り廃りもある。ジーパンデカの頃は裾の広がった「ベルボトム」が主流だった。「パンタロン」とも呼ばれる事もあったが、当時は女性もののパンツをそう呼ぶのかと思っていた。今やもう死語となっている。1980年代に入りストレートが流行り、段々と裾は細くなってスリムがとって変わる。素材も開発が進みストレッチ性が向上するとスキニータイプのジーンズもフィット感の良さから女性に人気となった。
そんな形の変化と同時に風合いの追求も進んだ。シンプルなインディゴブルーのベルボトムジーンズにストーンウォッシュ加工されたバリエーションが登場、より使い込まれた風合いを求め、ブリーチ加工、ケミカル加工、ダメージ加工、ヒゲ加工等個性的なジーンズが流行っている。
60~70年代、地方都市で手に入るジーンズはエドウィン一択だった。70年代半ばからリーバイスとリーが選択肢に加わった。今ではユニクロ、GU等のファストファッションメーカーからカルバン・クライン、アルマーニといったブランドもジーンズをラインに加えている。その中でも特筆すべきメゾンはディーゼルとDスクエアード2だ。共通するのはいずれもイタリア発のブランドであり、Dスクエアード2のオーナー、双子のケイティン兄弟はディーゼルでデザイナーとして働いていただけでなく、ディーゼル創始者レンツォ・ロッソの投資を得てDスクエアード2を立ち上げている。
そしてディーゼル、Dスクエアード2の両者とも特徴的なデティールのデザインのみならず、ジーンズ一本毎に個性的な加工を施しヴィンテージ感溢れる商品を提供し続けている。1991年、ディーゼルが海外進出を始めた年にケイティン兄弟が入社、その3年後ケイティン兄弟はDスクエアードを創立する。1991年はアルバム”Nevermid”がリリースされた年で、3年後の1994年はNirvana のKart Cobainが猟銃で自らの頭を撃ち抜いた年だ。
Nirvana 2作目のアルバムとなる”Nevermind”は初のメジャーレーベルからのリリースであり、シングルカットされた”Smells like teen spirit”は全米7位のヒット以上の衝撃を社会に与えた。シーンを席巻していたのはMariah Carey、Whitney Houston、MC Hammer等のソウル、ヒップホップ系だった。ただ”Nevermind”はリリース後1年過ぎても売れ続け、全世界で3,000万枚以上のセールスを記録した。
“Smells like teen spirit”の魅力は何か?それは単純にパワーコードを多用したからか?歌詞の内容が同世代=Generation Xの指示を受けたからか?成功ゆえに時代の代弁者として祭り上げられ、その立場を有効に使って意見を表明しつつも、陰では一人苦悩する日々。強かさと脆さが表裏一体となりどちらかというと脆さに飲み込まれ易い、そんなKart Cobainはこのヒット曲が嫌いだった。
“Smells like teen spirit”がヒットした背景にはMTVの影響も無視できない。この曲のミュージック・ビデオはMTVで何度も流されてベストニューアーティスト賞、ベストオルタナティブ・アーティスト賞を受賞している。このミュージック・ビデオの中でNirvanaのメンバーはジーンズにTシャツという全く気負ったところのないファッションで演奏している。そのビデオに映るのはありふれたアメリカの若者であり、他所行きにドレスアップしてない普段着の、どちらかと言えば着古して縒れた薄汚い服装だ。でもそれがKartらのロン毛と調和し奇妙にカッコいいのだ。
レンツォ・ロッソやケイティン兄弟がこのミュージック・ビデオ、或いはNirvana のステージを観たかどうかは分からないが、Kartのスタイルは社会現象となり、ジェネレーションXの立場(思想という程では無いが)を表明する同世代のファッションに取り込まれ、そこに商機を見出したデザイナーは積極的にグランジを思想化しデザイン化した。それは穴の空いたデニム生地にペンキ跡を付けたジーンズであったり、デニム地の破れをレザーで補修した跡をわざわざ縫い付けたジャンパーだったり。つまり、グランジが音楽のみならずファッションにも変化、変革をもたらした。そのアイコンがKartだった。なぜなら彼は27歳で死んだからだ。
RadioheadのTom Yorkeが”Creep”を嫌っていた様にKart Cobainも”Smells like teen sprit” を嫌っていた。Tom Yorkeは自分たちが正当に評価されず一発屋と思われる契機となった事を。ではKartは何故この曲を嫌っていたのか?多分、Em A G Cという4コードで大半が構成され敷居が低く感じた若者が、安易にインディーズレーベルに売り込み、インディーズレーベルも2匹目のドジョウを狙って契約し始めた事と、自分たちが売れた事で契約上の制約に縛られ出した事が考えられる。TomもKartもコンサートではこの曲を歌う事ありきのプロモーターとの契約だった様だ。
しかしTomは次のアルバムまで一発屋の汚名を晴らす事は出来なかったが、Kartはセカンドシングルもトップ40入りを果たしている。その結果が彼にとって十分なものではなかったのか、そもそも”Smells like teen sprit” が渾身の作では無いのに売れてしまったからか?Nirvana のライブ音源での”Smells like teen sprit” にはKartのやる気のないギターとボーカルが聴ける。徹底的に曲を破壊している。
始まりは1969年7月3日、The Rolling Stonesのリーダー、Brian Jonesの不審死からだ。享年27歳。翌1970年9月18日にはJimi Hendrixが、同年10月4日にはJanis Joplinが、そしてBrian Jonesの死から丸2年経った1971年7月3日にはJim Morrisonがと才能溢れるロッカーが立て続けに27歳で亡くなった。この頃から才能あるロックミュージシャンは27歳で早逝するという都市伝説がまことしやかに囁かれる様になった。しかし、そんな噂も忘れ去られたはずの1994年4月5日、Kart Cobainの猟銃自殺で27クラブは再び注目を集める事となった。このクラブのメンバーとして名を連ねる者はかなりの数になってきたが、個人的見解ではあるがこのクラブのメンバーとして相応しいのはきっかけとなった4人とKart Cobainの他には1938年8月16日に亡くなったRobert Johnsonと2011年7月23日に亡くなったAmy Winehouseだ。
Nirvana の活動期間は約5年余りだが、アルバム総売上枚数は全世界で7,000万枚を超え未だに増え続けている。Kart Cobain、Krist Novoselic、Dave Grohl という3人のメンバーはそれぞれ一流であるが、Nirvana の中心はKartでしかなく、取り替えの効かない存在であった。Kart=Nirvana であり、そこから発信されるメッセージはKartの叫びだ。だからこの新しい音楽、グランジに多くの若者が共感し続けている。あの短い期間が永遠性を帯び未だに影響力を保っているのはKartが27歳で早逝した事と無関係とは言えない。時間が止まった事で彼はアイコンとなった。
ファッション業界でのグランジは全体的に見れば一過性のものでしかなかった。しかし、デニム、ジーンズに拘りを持つメゾン、つまりディーゼルとDスクエアード2はグランジをファッションとして根付かせた。
でもKartはどちらのジーンズも履かなかっただろう。
https://youtu.be/hTWKbfoikeg
デザインの流行り廃りもある。ジーパンデカの頃は裾の広がった「ベルボトム」が主流だった。「パンタロン」とも呼ばれる事もあったが、当時は女性もののパンツをそう呼ぶのかと思っていた。今やもう死語となっている。1980年代に入りストレートが流行り、段々と裾は細くなってスリムがとって変わる。素材も開発が進みストレッチ性が向上するとスキニータイプのジーンズもフィット感の良さから女性に人気となった。
そんな形の変化と同時に風合いの追求も進んだ。シンプルなインディゴブルーのベルボトムジーンズにストーンウォッシュ加工されたバリエーションが登場、より使い込まれた風合いを求め、ブリーチ加工、ケミカル加工、ダメージ加工、ヒゲ加工等個性的なジーンズが流行っている。
60~70年代、地方都市で手に入るジーンズはエドウィン一択だった。70年代半ばからリーバイスとリーが選択肢に加わった。今ではユニクロ、GU等のファストファッションメーカーからカルバン・クライン、アルマーニといったブランドもジーンズをラインに加えている。その中でも特筆すべきメゾンはディーゼルとDスクエアード2だ。共通するのはいずれもイタリア発のブランドであり、Dスクエアード2のオーナー、双子のケイティン兄弟はディーゼルでデザイナーとして働いていただけでなく、ディーゼル創始者レンツォ・ロッソの投資を得てDスクエアード2を立ち上げている。
そしてディーゼル、Dスクエアード2の両者とも特徴的なデティールのデザインのみならず、ジーンズ一本毎に個性的な加工を施しヴィンテージ感溢れる商品を提供し続けている。1991年、ディーゼルが海外進出を始めた年にケイティン兄弟が入社、その3年後ケイティン兄弟はDスクエアードを創立する。1991年はアルバム”Nevermid”がリリースされた年で、3年後の1994年はNirvana のKart Cobainが猟銃で自らの頭を撃ち抜いた年だ。
Nirvana 2作目のアルバムとなる”Nevermind”は初のメジャーレーベルからのリリースであり、シングルカットされた”Smells like teen spirit”は全米7位のヒット以上の衝撃を社会に与えた。シーンを席巻していたのはMariah Carey、Whitney Houston、MC Hammer等のソウル、ヒップホップ系だった。ただ”Nevermind”はリリース後1年過ぎても売れ続け、全世界で3,000万枚以上のセールスを記録した。
“Smells like teen spirit”の魅力は何か?それは単純にパワーコードを多用したからか?歌詞の内容が同世代=Generation Xの指示を受けたからか?成功ゆえに時代の代弁者として祭り上げられ、その立場を有効に使って意見を表明しつつも、陰では一人苦悩する日々。強かさと脆さが表裏一体となりどちらかというと脆さに飲み込まれ易い、そんなKart Cobainはこのヒット曲が嫌いだった。
“Smells like teen spirit”がヒットした背景にはMTVの影響も無視できない。この曲のミュージック・ビデオはMTVで何度も流されてベストニューアーティスト賞、ベストオルタナティブ・アーティスト賞を受賞している。このミュージック・ビデオの中でNirvanaのメンバーはジーンズにTシャツという全く気負ったところのないファッションで演奏している。そのビデオに映るのはありふれたアメリカの若者であり、他所行きにドレスアップしてない普段着の、どちらかと言えば着古して縒れた薄汚い服装だ。でもそれがKartらのロン毛と調和し奇妙にカッコいいのだ。
レンツォ・ロッソやケイティン兄弟がこのミュージック・ビデオ、或いはNirvana のステージを観たかどうかは分からないが、Kartのスタイルは社会現象となり、ジェネレーションXの立場(思想という程では無いが)を表明する同世代のファッションに取り込まれ、そこに商機を見出したデザイナーは積極的にグランジを思想化しデザイン化した。それは穴の空いたデニム生地にペンキ跡を付けたジーンズであったり、デニム地の破れをレザーで補修した跡をわざわざ縫い付けたジャンパーだったり。つまり、グランジが音楽のみならずファッションにも変化、変革をもたらした。そのアイコンがKartだった。なぜなら彼は27歳で死んだからだ。
RadioheadのTom Yorkeが”Creep”を嫌っていた様にKart Cobainも”Smells like teen sprit” を嫌っていた。Tom Yorkeは自分たちが正当に評価されず一発屋と思われる契機となった事を。ではKartは何故この曲を嫌っていたのか?多分、Em A G Cという4コードで大半が構成され敷居が低く感じた若者が、安易にインディーズレーベルに売り込み、インディーズレーベルも2匹目のドジョウを狙って契約し始めた事と、自分たちが売れた事で契約上の制約に縛られ出した事が考えられる。TomもKartもコンサートではこの曲を歌う事ありきのプロモーターとの契約だった様だ。
しかしTomは次のアルバムまで一発屋の汚名を晴らす事は出来なかったが、Kartはセカンドシングルもトップ40入りを果たしている。その結果が彼にとって十分なものではなかったのか、そもそも”Smells like teen sprit” が渾身の作では無いのに売れてしまったからか?Nirvana のライブ音源での”Smells like teen sprit” にはKartのやる気のないギターとボーカルが聴ける。徹底的に曲を破壊している。
始まりは1969年7月3日、The Rolling Stonesのリーダー、Brian Jonesの不審死からだ。享年27歳。翌1970年9月18日にはJimi Hendrixが、同年10月4日にはJanis Joplinが、そしてBrian Jonesの死から丸2年経った1971年7月3日にはJim Morrisonがと才能溢れるロッカーが立て続けに27歳で亡くなった。この頃から才能あるロックミュージシャンは27歳で早逝するという都市伝説がまことしやかに囁かれる様になった。しかし、そんな噂も忘れ去られたはずの1994年4月5日、Kart Cobainの猟銃自殺で27クラブは再び注目を集める事となった。このクラブのメンバーとして名を連ねる者はかなりの数になってきたが、個人的見解ではあるがこのクラブのメンバーとして相応しいのはきっかけとなった4人とKart Cobainの他には1938年8月16日に亡くなったRobert Johnsonと2011年7月23日に亡くなったAmy Winehouseだ。
Nirvana の活動期間は約5年余りだが、アルバム総売上枚数は全世界で7,000万枚を超え未だに増え続けている。Kart Cobain、Krist Novoselic、Dave Grohl という3人のメンバーはそれぞれ一流であるが、Nirvana の中心はKartでしかなく、取り替えの効かない存在であった。Kart=Nirvana であり、そこから発信されるメッセージはKartの叫びだ。だからこの新しい音楽、グランジに多くの若者が共感し続けている。あの短い期間が永遠性を帯び未だに影響力を保っているのはKartが27歳で早逝した事と無関係とは言えない。時間が止まった事で彼はアイコンとなった。
ファッション業界でのグランジは全体的に見れば一過性のものでしかなかった。しかし、デニム、ジーンズに拘りを持つメゾン、つまりディーゼルとDスクエアード2はグランジをファッションとして根付かせた。
でもKartはどちらのジーンズも履かなかっただろう。
https://youtu.be/hTWKbfoikeg
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