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冬に咲く花
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しおりを挟む町の方から迫り来る、暗雲を背負って、こちらに馬車で駆けてくる者があった。その者は孝宏とルイを見つけると、大声で二人の名前を呼んだ。
「鈴木さんかな。どうしたんだろう?」
そう言う孝宏の表情は晴れない。
馬車の荷台が、激しく左右に揺れ、車輪が小石につまずき荷台が跳ねる。馬を急かし大声を出すなど、明らかにいつもの彼らしくない。
こんな時でなければもっと呑気に待っていられただろうが、孝宏もルイも無意識に奥歯を食いしばった。
馬車が目の間で止まると、異様さがありありと伝わってくる。
鈴木は顔面蒼白で表情は険しい。どれほど急いだのだろうか、馬の息も荒い。
「スズキどうしたの?顔色悪いよ」
鈴木はルイの問いに答えず、質問に質問で返した。
「故郷はコレー地方ですか?」
ルイは解りやすく動揺した。
コレー地方ソコトラ、それがカウルとルイの故郷だ。
孝宏たちがやって来て一か月が経っているのにも関わらず、互いの故郷の話を殆どしていなかった。
孝宏たちとの会話はもっぱら魔法に関するこ事ばかりで、少し話したこともあっただろうが、地名や村の名前まで言った覚えがない。その証拠に孝宏も鈴木もルイの返事を待っている。
どうして知っているのかと聞き返すこともできず、ルイは言葉なくただ頷いた。
「ああ、やっぱり。大変です!コレー地方の村や街が、襲われました!新聞屋のハルさんが持ってきてくれたんです。さっき届いたばかりだそうです」
鈴木が一枚の紙を差し出した。手書きの文章に、一枚の写真が添えられている。
紙はこう書かれていた。
《デケンの14日、コレー地方の集落が何者かに襲われるという、悲惨な事件が起きた。
襲われたのはコレー地方の“ソコトラ”“ナルシオス”“オニコニ”の三つの集落。
生存者の話によると、深夜大きな音がして、突如巨大な生き物が群れをなして町を襲った。
その生き物は大きいものになると、家ほどもあったという。
既に軍隊が救援、生物の討伐に出動している》
「そんな……村が、襲われた?」
ルイの紙を持つ手が増えている。
これだけの少ない情報では、むしろ悪い方へ考えが傾いてしまう。見る間にルイの顔から血の気が引いていく。
鈴木がルイの肩にそっと手を添えた。
「とにかく、カダンさんやカウルさんにこの事を話しましょう。まずはそれからです」
「まあ、大丈夫だよ。情報が大げさに伝わる事ってよくあるし」
ルイの強がりにも、声に力がない。明らかに動揺したまま早足で歩き、ドアを勢いよくあけた。
ルイと鈴木がドアに向かうまでの途中、ルイの掌から写真がヒラリとこぼれ落ちたが、二人とも気がつかない。
ルイの落とした写真が孝宏の視界に入った。
写真に写っていたのは、燃え盛る炎と崩れ落ちたガレキ。
巨大生物は写っていないが、代わりに地面に突き刺さった、明らかに人や獣のものでない、大きな爪が写っていた。
写真の場所がどの集落のものかはわからないが、それは起きてしまった事件の恐ろしさを雄弁と語っていた。
写真を見た瞬間、孝宏はまるで足が地面に絡め取られた様な感覚に陥った。
重力が増し地面にめり込むのではないかと思うほどに体が重くなり、時間と景色が遠く感じる。
孝宏は初めに自分の身に起きなかった事に感謝した。
次に犠牲になった人達を想い、ルイやカウルの両親の無事を祈った。
そして、最後に恐怖に震えた。
一瞬の無意識の中で広がるのは、闇夜と、どこまでも続く炎とガレキ。それと動かなくなった、人であったモノ。
揺れる炎の隙間に見えるのは、人でない見たこともない巨大な生物。褐色の長い毛を振り乱し赤い瞳をギラつかせ、薄らと開いた口からはヨダレが滴り落ちる。
一体は人の頭を、太く尖った牙でバリバリと音を立て喰い千切り、一体は丸太を思わせる前足で人の足の骨を砕いた。
一体が耳まで裂けた大きな口で、動かぬ人を投げ飛ばし転がしたかと思えば、別の一体が跳ね飛び、勢いを付けてそれを踏みつけた。
ガレキの影から、手招きする人の手があったと思えば、それは炎に包まれ揺れているだけであったし、子供の泣き声が聞こえたが、母に抱かれもろとも焼かれている時だった。
未知の生物達の形容し難い鳴き声と、燃え盛る炎のボウボウと立てる音だけがその場を支配する。
足を一歩でも踏み出せば、たちまち巨大生物たちはこちらに襲いかかってくるだろう。自分の息する音ですら恐ろしい。
聞こえてこない音を探しても、もう赤子の声は見つからない。この場に生者は化け物のみなのだ。
炎をまとった蝶が、ヒラリヒラリと怪物たちの間をすり抜け、羽ばたく度に翼から炎が飛び散り、人を炎で包んでいく。
呻く者はなくボウボウと火が燃え盛る。
オレンジの炎がどれだけ大きく高く燃え上がっても、夜空を照らすには足りず、それどころか炎に照らされ、闇がより濃く、より深く広がっていった。
――バン!! ――
ルイが勢いよく開いたドアが壁に当り、地面にめり込んだ孝宏の無意識が、一瞬にして現実を向いた。
「あ……待って」
孝宏は急いで写真を拾った。写真を胸に押し付けて、閉まろうとしているドア目がけて足を進める。走るでもない、やや早めなだけの歩み。
「カウル!カダン!大変だ!」
鈴木とルイの姿がドアの向こうへ入り陰ったと同時に、ルイの余裕のない声が聞こえてきた。
取り留めなく喚くルイに代わり、鈴木が冷静に、新聞屋がもたらした情報を説明している。
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