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冬に咲く花
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しおりを挟むドアが閉まる直前、孝宏の左手がドアノブを掴んだ。
玄関から入ってすぐの間は、普段皆が食事をするリビング兼ダイニングルームで、四人掛けの大きめのテーブルに、今は無理やり背もたれのない椅子を二つ追加している。
テーブルに座るカウルと台所のカウンタ―から顔を出すカダンとマリー。誰もが呆然とする中 スズキの背中越しに聞こえてきたのは、珍しく慌てるカウルの声。
「早く村に戻らないと!皆を助けなきゃ!おい、ルイ!転移魔法使えただろう!?それですぐに村に戻ろう!」
「うん、そうだね。早いほうが良いと思う。待ってて、すぐに魔法陣書くから!」
急いで村に戻ろうとする双子をカダンが止めた。
「二人共落ち着いて。まずは俺が役所に行って、事実かどうか確認してくる。村に行くのはそれからだ」
「じゃあ、私も行く」
マリーがカダンの付き添いを申し出を、カダンはあっさり断った。
「だめ。俺一人で行ってくる。マリーとスズキには、ルイが魔法を使わないように見張っていて欲しい」
「どうして!?俺は時間が惜しい!」
カウルはどうしてカダンが止めるのか見当もつかない様子で声を荒げた。
それはスズキやマリーも同じだったが、カダンの次の言葉で皆がハッとした。
「ダメだよ。不安定は精神状態で転移魔法を使えば、どうなると思う?」
「それは……僕は大丈夫だよ」
本当に大丈夫と思っているのなら、そんな悔しそうな顔をするはずがない。ルイは唇を噛んで顔を俯けている。
「失敗すれば、ルイは死ぬかもしれない。カウル冷静になって。ルイに危険な真似をさせちゃダメだ」
僅かに開いた状態で扉は固定され、孝宏には中の様子は見えていない。
覗く勇気もなく、ドアノブを握ったまま動けずにいた。
気分は未だ沈んだまま、脳裏に焼き付いた知らないはずの光景が消えずにいた。
ドアが反対側から押された時も何も考えず、押されるままに後ろに下がった。走って街へ向かうカダンを無言で見送り、中に入ろうとも、開いたドアを締めようともしなかった。
(俺のせいじゃない。俺は……何もしてない)
孝宏は心の中で誰に言うでもなく、言い訳を繰り返していた。
「今はカダンが戻ってくるのを待ちましょう」
「ああ」
「うん」
マリーが言うのに、双子が力なく頷いた。
風が窓ガラスを叩き、木々を揺らした。鳥が一斉に飛びたち空はいっそう黒い雲が広がった。
孝宏は今しがた出て行ったカダンの姿を遠目に探したが、見つかるはずもなく扉に視線を戻した。
「そういえば、凶鳥の兆しって現れたんだろうか。事前に分かっていれば、もしかすると何かできたかもしれない」
カウルは凶鳥の兆しをきちんと覚えていたらしい。実際はそう簡単じゃないのは彼も重々に承知だが、そうとでも思わなければ心が折れそうだったのだ。
「必ずしも私たちの周りに、兆しが現れるとは決まってませんから。それにもしも仮に兆しが現れたとしても、危険を回避するの……」
鈴木は途中で口を噤んだ。
起こってしまった出来事を変えるのは、誰にだってできやしない。
例え、凶鳥の兆しが現れたと知っていたとして、ただそれだけの情報で、一体どれだけの事ができただろうか。
気休めに慰めても届きそうもない今の彼らに、襲われる場所が知れなければ、対策を講じても結果は変えられず、最悪の事態を回避できなかっただろうと、突きつけるのもまた残酷な気がして、鈴木は最後まで言えなかった。
(信じなかったあいつらが悪いんだ)
「そうだ……兆しだ」
孝宏が今一番思い出してほしくない事実を、ルイが思い出してしまった。双子の片割れがルイに尋ねた。
「どうした?ルイ」
「もしも兆しが現れていたと知ってたら、村は襲われずに済んだかもしれない」
悔しさが言葉の端々に滲む。冷静になれば、ルイの言い分は無茶だと分かっただろう。鈴木は迷いながらも訂正しようとしたが、鈴木が意見する前にルイが被せて続けた。
「ですから、兆しが……」
「タカヒロだ!アイツ、兆しが出たの知ってて黙ってた!」
(カダンが、きちんと説明してくれないから、わからなかったんだ)
「え?」
「どういうことだ!?」
「タカヒロのお腹には、鳥の痣がある。数日前に気が付いたって言っていた。何か起こるって知ってて、黙っていたんだ」
ルイの記憶はすでに彼の都合の良いように変わっていた。孝宏がルイに話した内容はそうではなかったが、今訂正できる人は、口を閉ざしたまま心の中で悪態を吐くのに必死だ。
「知ってれば、父さんと母さんに知らせることが出来た?そうすれば用心したはずだ……何で黙ってた……」
カウルは困惑気味だ。
(わからなかっただけなんだ。初めに信じなかった奴が悪いんだ)
孝宏は今はドアに隠れているが、いつ見つかるとも知れない。
静かにドアノブから手を放し、玄関の脇にそっと腰を下ろした。
それから孝宏は意味もなく指で土を掘り返して、小さな穴をいくつも作った。
膝と膝の間に頭を俯けて挟み、むき出しの地面を睨んでいたが、時折り顔を上げ、街の方を見てはため息を吐いた。
それほど時間は経っていない。しばらくそうしていると、カダンがトボトボ歩いてくるのが見えてきた。足取りは重く表情は暗い。
「あ………」
カダンと目があったが、孝宏は何も言えず拳を握った。
「タカヒロも中に入って」
いつの間にか閉まっていたドアを開けると、四人が同時に顔を上げた。
昼食はテーブルに並べたまま、すっかり冷え切っていた。
不安に揺れる瞳が四つ。今にも張り裂けそう、気持ちを抱えた瞳が四つ、カダンの言葉を待っている。
カダンは一旦は双子に口を開きかけたがすぐに目を逸らし、顔を俯けて胸の前で拳を固く握った。
「カウル、ルイ、落ち着いて聞いて。コレー地方が襲われたのは本当らしい。その……被害とか…行方不明者とか結構…その……あと軍が動いているのも本当みたい」
カダンが言葉を濁したのが逆に最悪のシナリオを想像させる。
誰もが目を見張り、絶望し、椅子に身を沈めた。
マリーは口元を覆って神に祈りを捧げ、鈴木は今にも泣きそうな顔で双子を見つめた。
「そんな……まさか……そんな…………」
壊れたオルゴールのように、カウルが繰り返し、ルイはカダンを見つめたまま、まばたきすらせずに固まっている。
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