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夢に咲く花
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しおりを挟む「大丈夫。死なない。多少の怪我くらい覚悟の上よ」
ニッと歯を見せ、笑った口元が強張った表情と不釣り合いで、だが、あまりにも彼女らしい。
カダンはこれまで共に生活してきた中で、彼女の性格はいくらかは分かっていた。
マリーは自分の恐怖心を抑え込む術を持ち、他人の為に力を振るえる出来る人だ。
それが、日常的なちょっとした事なのか、それとも命を張る程の事なのかは、おそらく、彼女の中では大した問題でないのだろう。
説得している時間はないし、だからと言って彼女に暗示をかけて不必要に魔力を消耗するのも避けたかった。
カダンはカウルに声をかけた。
「カウル、行くぞ」
「ああ、解ってる」
カダンとカウルは視線を交わし、互いに短く確認し合った。
二人にそれ以上の会話は不要だった。
カダンが唸り声を上げ、身をよじり背を反らせると一気に体が膨張し、同時に全身を白い毛が覆い、四本の足で地面を捉える。
カダンは瞬きをする間に、大きな獣へ姿を変えた。
白い獣が狼にしては大きすぎる尻尾を、上下に振り背中に乗るよう促す。身を屈めると、すかさずカウルがマリーをカダンの背中に押し上げた。
マリーをカダンの背中に乗せると、カウルも慣れた仕草でさっと飛び乗った。
それまでの僅かな間で、カダンは耳をピンと立て、自慢の鼻で化け物の嗅ぎ慣れぬ臭いを探っていたが、徒労に終わってしまった。
というのも、そこかしこから化け物の匂いが漂い、まるで役に立たなかったのだ。
無理やり乗せられたマリーは腹這いに、カダンの胴と交差するように乗っているだけだが、背中をカウルに押さえつけられ思うように動けなかった。
降りようとしてもすぐにカウルに戻される。そんな状況で剣を振り回すのは危険であると、マリーはすぐさま剣を元の指輪に戻した。
「ちょっと、危ないじゃない!私は……」
「そう思うなら大人してろ」
カウルの抑揚のない声がマリーをピシャリと黙らせた。
カウルが腹を蹴ったのを合図に、カダンは植木の合間を抜け大通りに出た。
逃げ惑う人々に、道路に放置されたいくつか空の車。通りは黒に染まり、薄気味悪い目をギラつかせ、奴らは獲物を貪り食っていた。
一匹の巨大蜘蛛がカダンが飛び出したすぐ前で獲物を――大柄でお腹の大きな男を――逃げないよう八本の足をしっかり絡め取っていた。
男の柔らかな腹に自身の鋭い牙を突き立て、皮膚と肉を裂き貪り食っている。男は逃げるどころか動くことすらままならない様子で、全身を小刻みに震わせながら口から泡を吹いていた。焦点のあっていないうつろな目が空を仰いでいる。
カダンは一歩、二歩、三歩、後ずさった。
「こんな……酷い……」
マリーは唇を噛みしめ、自身の背中を押さえつけるカウルを睨み付けた。
これを見捨てられるのか。故郷を化け物に蹂躙されなくしたあなたが、こんな行為を許せるのか。
わざわざ言葉にしなくてもマリーの瞳が雄弁に語っている。
もちろんカウルも悲惨な光景を見て、何も感じない程非道ではない。けれども、助けたい気持ちよりも、化け物たちへの復讐心が勝っているのが事実で、ならば確実に殺せる方法を取りたかった。
しかし、そんなことより何より、優先順位を付けるのであれば、目の前で食われている男の命は、ルイや自分たちよりもずっと下であるのだ。
なのでここに残ると言い出したマリーに対する苛立ちと、次から次へと起こる災難とですこぶる気が経っていた。
「ルイが心配なんだ!……………頼むから……」
つい声を荒げ、絞りだす様な苦し気なカウルの声に、マリーはハッとし唇を噛んだ。
マリーのルイに対する信頼は厚い。知り合って一か月と少しだが、それまでの間に、彼の凄さをどれだけ見せつけられたか解らない。
それは単に、マリーが魔術に馴染みのない地球人だからだ、と言われれば否定はできないが、少なくともルイが本気で戦った関所での戦闘は、本職が圧倒されていたのだからマリーの思い違いでもないはずだなのだ。
ソコトラで襲われた件を加味しても、ルイはもちろん、孝宏だって例の炎があるだから、何かが起こると考えてもいなかった。
だが両親を亡くし、火傷が治ったばかりのルイの身を、カウルが案じないわけがなかった。今のカウルにたった一人の兄弟を信じろと言うのは酷と言うものだ。
正義に陶酔するあまり大事な物を見落としてしまった。大事な人の心情を推し量ることすらできずに何が勇者か。独りよがりの正義心程見苦しいものはない。
「私あなたの気持ち考えてなかった。ゴメンなさい」
考えなくとも解ることに気づかず、マリーは恥ずかしさのあまり顔を上げられず俯いたまま言った。待ってもカウルから返事はなかったが、マリーはやはり顔を上げられず、カダンの体毛をしっかり握った。
カウルが上体を前に倒しマリーに身を寄せた。マリーを固定しつつカダンの毛を掴み、両足にぐっと力を込めて閉めた。
この時、恥ずかしいとか言っていないで、体勢を変えておくべきであったと、マリーはすぐに後悔することになる。
「振り落とされないようしっかり掴んでて」
カウルの緊張した声が降ってくる。
「わかった」
マリーは全身に一層の力を込めた。
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