超空想~異世界召喚されたのでハッピーエンドを目指します~

有楽 森

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夢に咲く花

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ーーピィィィィーー


 再びあの耳障りな笛の音がなった。すぐ近く、だが別働隊の笛の音だ。

 ほぼ同時に、孝宏たちの隊列の向かう先でも、巨大蜘蛛が次々と現れた。先頭の兵士が笛を鳴らし、まるでこだまのように次々と笛の音が重なっていく。

 巨大蜘蛛がボトリ、ボトリと落ちては、孝宏の方に迫ってきた。遠くからではない。すぐ目の前にだ。ちょうど兵士とカダンの間に続けて二体も。


「ひぃっ」


 孝宏は息を呑み腰にぶら下がる短剣に手を伸ばし、ハッとし手を止めた。使えるかどうかも分からない短剣より、凶鳥の兆しの炎で応戦した方が慣れている分マシかもしれないと考えたのだが、すぐに問題が起きた。


「あれ?」


「どうしたの?」


 カダンは鞘から大刀を抜きがら尋ねた。視線の先はすでに巨大蜘蛛を捉えており、孝宏が次に口を開くと同時に、巨大蜘蛛の首が飛ぶ。


「火が……ってすげぇ」


「だからどうしたの?」


「火、火が出ないんだ。凶鳥の兆しが反応しない」


 カダンの電光石火の早業に感心しつつも焦る孝宏に対して、カダンは巨大蜘蛛を相手にしているとは思えない程の余裕で、ため息をついた。


「こんな所で炎なんて使ったら危ないよ。逃げ場少ないんだし」


 狭い路地で炎に巻かれれば、蜘蛛だけでなく兵士たちも危険に晒される。孝宏は当初の予定通り、危なくないよう避難すれば良い。そのための護衛もいる。

 言われて孝宏はそうだったと、思い直す。


「そう……だよな。ごめん」


「大丈夫、俺に任せて。孝宏は作戦通りに」


 カダンは一度、頭上を大きくかき混ぜるように大刀を振り回した。


「よし!」


 カダンは頷き、勢いよく巨大蜘蛛のほうへ駆けだしていく。

 兵士たちの間を駆け抜け、立ち塞がる巨大蜘蛛を早技で切り伏せ、人とは思えない身体能力で次々と巨大蜘蛛に襲いかかるカダンは、まさに獣を彷彿とさせた。孝宏と違い、カダンはこういうことになれているのだろう。


(まさか、狩りってああやってするのか?)


 さて、どこなら比較的安全で邪魔にならないだろうか。孝宏は周囲を見渡した。気が付けば、恐ろしいことにさっきまでいた護衛役の兵士がおらず、孝宏はぐっと唇を噛む。握る拳に一層力が入った。


 マンホールを探すべきだろうか。建物の中に避難しようか。でもこの状況でドアを開けてくれるかどうか怪しい。いや、むしろここから動かないほうが良いかもしれない。


 考えを巡らせている時、孝宏は壁の一部が剥がれ落ちていくのが見えた。


(地震か?)


 それとも巨大な蜘蛛のせいで揺れてるのか。

 大型のダンプカーが傍を通ると側の建物や橋などは揺れるが、これは巨大といえども蜘蛛にしてはで、せいぜい大人一人より大きいか位だ。とても揺れるとは思えない。


(そもそも崩れるくらい、揺れてたら気付くか)


 ならば何だろうか。


(あれ?そういや壁といえば……あの時壁に光が……)


 先ほど蜘蛛の巣の見落としがあった際、ロープとは別に光っていたのは何もない空中ではなく、確かに壁だった。

 それを蜘蛛の巣の端だと思っていたが、もしも違っていたとしたらどうだろう。例えば、壁を固めるための魔術とか、綺麗にするための魔術とか。

 でも、この世界でそういった類いのものを見聞きしたことがあっただろうか。
 ルイとこの町を巡っている時も気が付かなかった。

 ならここだけがたまたま魔術で加工しているのか。でも場所が限定的過ぎるし、位置が高い。高いからこその魔術加工なのかもしれないが、それなら他にもあって良いはずだ。



「もしも壁に張り付いてるとしたら……でもありえるか?いやぁ、俺が見えてないだけで…………この、壁に?」


 考えれば考えるほど分からなくなってくる。

 孝宏は壁を見上げた。

 古めかしいレンガ造りの建物に木製の扉。窓に格子がついている所もあるが、窓ガラスだけの建物も多い。

 あの牙なら食い破るのも可能だろう。それならばどうして巨大蜘蛛は窓やドアを破って中の人間を襲わないのだろうか。

 中に人がいると理解できないのか。


「それとも…………やっぱり……」


 再びパラパラと壁の一部が崩れ落ちてくる。

 壁の一部が崩れ、中から現れるのはなんだろうか。あの絵本がそうだったように、壁の中は何かを隠すには絶好の場所だ。

 孝宏は壁際まで駆け寄った。

 崩れ落ちてくる部分はやや高めだが孝宏が届かないこともない。孝宏が夢中でその箇所を拳で叩くと、その度に欠片が落ち拳に細かな石の破片が付いた。


「こんな所で何をしている!安全な場所に……」


 わざわざ比較的安全な中央から隊列の端までやってきた孝宏を、兵士の一人が咎めた。巨大蜘蛛がどこから降ってくるかも分からないのだから安全な場所などないのだが、少なくとも前方後方から迫ってくる巨大蜘蛛からは守ってやれるだろう。


「壁の中に何か隠れてる!あの蜘蛛かもしれない!」


 孝宏は何度も拳で壁を叩いた。その度に崩れる石を見て、兵士も違和感に気が付いたようだった。


「蜘蛛の巣が見えるのか?」


「見えないです!でもこれは普通なんですか!?」


 叩くだけで崩れ落ちる、細かな破片で作られた壁は普通か否か。睨む孝宏を兵士は壁から引き剥がし、自身の後ろへ追いやった。


「少なくともレンガ造りではあり得ないな。確認する!退いてろ!」


 兵士は両手の掌を壁に向けた。


「我は黄昏の使者 かはたれに帰る者 箱庭より生み出されし偉大なる根源を抱かふ汝らが一人 我に属する混沌たる力の源 古よりの盟約に従い顕現せよ」


 それが呪文らしいことは孝宏にも理解できたが、一体どういう意味を持つ文なのかさっぱり理解できない。

 やがて兵士の掌で、圧縮された空気が具現化されるかのように、小さなゴリラが現れた。掌にのってしまう程度の大きさのゴリラの背中には、細長い蝶の羽が生えている。

 兵士はマスクをずらし、口元を拭った。召喚の代償の血を得る為に、口の中を歯で噛み切ったためだ。刃物を取り出すのが億劫な時はいつもそうしていた。

 傷口は魔術で塞ぐので大事にはならない。ただ血でマスクが濡れると都合が悪かった。なので拭った、ただそれだけのこと。

 この兵士にとってはよくある事だった。



「ああ、頼む…………そうかじゃあやはり…………間違いないようだな。ありがとう」


 孝宏に精霊の声は聞こえないが、兵士の言葉だけで、少なくともそこに都合の悪い物が隠れていたのだと確信できた。

 やはり蜘蛛の巣が隠れていたのか、孝宏は兵士に尋ねようとして、ぎょっとして目を見開いた。兵士の口から血が流れ出て、拭った上から鮮血が落ちてくる。


 いつもよりも深く切ってしまい、手で拭う程度では収まらなかったのだが、兵士はさほど気にしていなかった。それすらも兵士にとって、さほど珍しくもなかったからだ。実際、兵士はゴリラの精霊が消えた後、すぐに治癒魔術で傷口を塞いでいる。

 ただ孝宏は兵士が口の中に溜まっていた血を吐き出したのに慌てた。


「血、血が出てます!何か……拭くもの……」


 普段ならハンカチくらい入っていると、孝宏はポケットを探るが、身につけている防具に阻まれ手が届かない。ただ届いたところで何もないのだが、孝宏は気付いていない。

 この状況で口についた程度の血を気にしていられる度胸に感心するべきか、見た目には分かりにくいがパニックに陥っているのか、兵士は一瞬だけ迷った。


「傷口はふさいだからもう問題ない。それよりも君の言うとおりだったよ。ここは私に任せて、君は隊列の中央に戻りなさい」


「えぇ!?……いやでも…………はい……」


 今は自分の身を守ることを第一に考えろ、兵士の目は孝宏にそう訴えていた。 







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