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夢に咲く花
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「まずは現場の清潔度を出来るだけ保ち、安全性を確保する」
下から湧き上がってくる戦場の音が今にも近づいて来そうで、ナキイは周囲を見渡した。
三件隣りの屋根に一匹と隣に二匹。しかしいずれも道を挟んでいるため、簡単にはこちらに来れないだろう。
ナキイは気休めと解っていても、念のため自身の周囲に結界を張り、いつでも撃てるよう銃をすぐ脇に置いた。
「血圧、心拍数の確認しながら、治療を開始する」
ナキイはするべき手順を、いちいち口に出して確認していった。
まずは孝宏の意識を奪い、止血を行う。次に治療の邪魔となる破片を取り除いた後に傷ついた内臓をつなぎ合わせ、体内に埋まっている残りの細かな破片を取り除いていく。
それらの作業はすべて魔術で行われる。魔術を使うといっても、位置を少しでも間違えばさらなる状態の悪化につながりかねない。傷口を塞ぐだけでも複雑な術式が必要で、ナキイの緊張感はこれ以上なく高まっていた。
「ふう……」
腹に埋まった最後の破片を取り除き、ナキイは一息ついた。魔術を使い始めてから時間はさほどたっていない。五分程だろうか。
危機的状況は乗り切った。後は折れた肋骨と足の骨を繋ぎ、傷口の消毒と回復魔術をかけて、なくなった肉が再生すれば大体終了だ。
ところが、肋骨を繋ぐためにナキイが胸に触れた途端、孝宏が小さく呻き声を上げた。完全に意識を奪ったつもりでいたナキイは驚き指を離した。そしてもう一度ゆっくりと胸に触れたのだが、やはり孝宏は顔を歪め呻き声を上げた。
「意識が戻りかけてる?まさか……」
始めにかけた、意識を奪う魔術が効いていなかったのか。ナキイは孝宏に魔術をかけ直した。だがその直後に触れた時、孝宏はやはり声を上げた。
間違いなくナキイの魔術が効いていない。ナキイは一旦手を止めた。
ナキイは仮にも王族の警護の任務に就く兵士だ。魔術が一番得意でないというだけで、会得している魔術に関して間違いはない。となると、問題は孝宏の方にあるという事になる。
ナキイは額の汗を拭い、訝し気に横たわる若者を見下ろした。
ソコトラで活躍した若者たちの中に魔術を無効化する者がいたらしいと、ヘルメルに付いていた兵士に聞いていた。炎を操る奇跡の少年だと。
「さっきマリー殿も彼と呼んでいたし…………やはり男なのか?」
まさかとは思っていた。
彼の体躯より大きなシャツに覗いた膨らみは間違いなく女性の物だった。今もまたナキイの目には女にしか見えない。
しかし下着を付けずに平然としている様や、ハスキーな声も男だからと言えば納得がいく。
病室で倒れた孝宏を見つけた時、男性のシンボルが付いていた気がしたのも、見間違いではないのかもしれない。今ここで確認するという手もあるが、ナキイはそれを思いとどまる。
「そういえば変装用の幻覚を見せる魔法があったな……そうか…………良い腕をしている」
ナキイは空を仰いだ。
「参ったな……」
ナキイがそんな事を考えている間にも、孝宏は意識を取り戻しつつあった。
四肢が痛い。腹が痛い。体が異様に重くて、息苦しい。
こんな状態はもう何度目だろうか。異世界に来てから二ヶ月も経たない内に、傷付く事を驚かなくなった。むしろ痛みに安堵しているくらいだ。
(大丈夫だ。混乱してない。生きてる……俺は……生きてる)
どうしてこんなことになっているのか、原因もはっきりしている。
あの男に巨大蜘蛛の頭を潰すように言った後、ひたすら食いついてくる巨大蜘蛛に耐えていた。
途中、男の子供が二階の階段の上に現れた時は、本当に肝を冷やした。女の子だった。まだ幼く父を呼ぶ声は泣いていて、不安にさせてしまったと罪悪感を覚えた程だ。あえて目立つよう大声を上げ引きずるように外へ出た。その時芽生えた使命感らしきものは、今でも心の奥でくすぶっている。
あの子はあの後どうなったのだろうか。
「いでっ」
不意に、全身に熱と痛みが巡り、孝宏は思わず声を上げた。目を開けるも辺りは真っ暗で、目前に何かがあるのは解るが、それが何か判断できない。
(口を塞がれてる!?今度こそヤバい……)
孝宏の心臓が胸を大きく打ち付ける。その何かが勢いよく離れると、同時に息苦しさもなくなった。
「すまない、痛いか?そんなに傷むなんて思わなかったんだ」
寝起きの頭には余りある。孝宏はただただポカンと見上げていたが、声に聞き覚えがあった。
「ヒタル……ナキイ……さん?」
孝宏は息も切れ切れに言った。
「名前、覚えていてくれたのか」
ナキイの声が弾む。
「え……と、今、どういう……状況なん……ですか?」
寝かされているのは解るが、喧噪がやや遠い。多少は気を抜ける場所にあるのだろう。孝宏はホッと胸をなで下ろした。
「怪我をしていたシンドウさんを保護して治療しているところだ。ちなみに記憶は?」
「蜘蛛に、たくさん、食いつかれた……とこまで…………俺はまた、ぁ、助けられた……んですね。ありがとうございます」
「気にすることはない」
「家……穴は、どうなり…………まし、たか?子供……無事……」
「穴はしっかり塞いだ。子供は……見ていないから解らない。少なくとも死体などはなかった」
不安になる言い方だが、見ていないと言うことは、裏を返せば死んでいないということだ。おそらくは、父親に言われ再び隠れたに違いない。孝宏は息を吐き出した。
下から湧き上がってくる戦場の音が今にも近づいて来そうで、ナキイは周囲を見渡した。
三件隣りの屋根に一匹と隣に二匹。しかしいずれも道を挟んでいるため、簡単にはこちらに来れないだろう。
ナキイは気休めと解っていても、念のため自身の周囲に結界を張り、いつでも撃てるよう銃をすぐ脇に置いた。
「血圧、心拍数の確認しながら、治療を開始する」
ナキイはするべき手順を、いちいち口に出して確認していった。
まずは孝宏の意識を奪い、止血を行う。次に治療の邪魔となる破片を取り除いた後に傷ついた内臓をつなぎ合わせ、体内に埋まっている残りの細かな破片を取り除いていく。
それらの作業はすべて魔術で行われる。魔術を使うといっても、位置を少しでも間違えばさらなる状態の悪化につながりかねない。傷口を塞ぐだけでも複雑な術式が必要で、ナキイの緊張感はこれ以上なく高まっていた。
「ふう……」
腹に埋まった最後の破片を取り除き、ナキイは一息ついた。魔術を使い始めてから時間はさほどたっていない。五分程だろうか。
危機的状況は乗り切った。後は折れた肋骨と足の骨を繋ぎ、傷口の消毒と回復魔術をかけて、なくなった肉が再生すれば大体終了だ。
ところが、肋骨を繋ぐためにナキイが胸に触れた途端、孝宏が小さく呻き声を上げた。完全に意識を奪ったつもりでいたナキイは驚き指を離した。そしてもう一度ゆっくりと胸に触れたのだが、やはり孝宏は顔を歪め呻き声を上げた。
「意識が戻りかけてる?まさか……」
始めにかけた、意識を奪う魔術が効いていなかったのか。ナキイは孝宏に魔術をかけ直した。だがその直後に触れた時、孝宏はやはり声を上げた。
間違いなくナキイの魔術が効いていない。ナキイは一旦手を止めた。
ナキイは仮にも王族の警護の任務に就く兵士だ。魔術が一番得意でないというだけで、会得している魔術に関して間違いはない。となると、問題は孝宏の方にあるという事になる。
ナキイは額の汗を拭い、訝し気に横たわる若者を見下ろした。
ソコトラで活躍した若者たちの中に魔術を無効化する者がいたらしいと、ヘルメルに付いていた兵士に聞いていた。炎を操る奇跡の少年だと。
「さっきマリー殿も彼と呼んでいたし…………やはり男なのか?」
まさかとは思っていた。
彼の体躯より大きなシャツに覗いた膨らみは間違いなく女性の物だった。今もまたナキイの目には女にしか見えない。
しかし下着を付けずに平然としている様や、ハスキーな声も男だからと言えば納得がいく。
病室で倒れた孝宏を見つけた時、男性のシンボルが付いていた気がしたのも、見間違いではないのかもしれない。今ここで確認するという手もあるが、ナキイはそれを思いとどまる。
「そういえば変装用の幻覚を見せる魔法があったな……そうか…………良い腕をしている」
ナキイは空を仰いだ。
「参ったな……」
ナキイがそんな事を考えている間にも、孝宏は意識を取り戻しつつあった。
四肢が痛い。腹が痛い。体が異様に重くて、息苦しい。
こんな状態はもう何度目だろうか。異世界に来てから二ヶ月も経たない内に、傷付く事を驚かなくなった。むしろ痛みに安堵しているくらいだ。
(大丈夫だ。混乱してない。生きてる……俺は……生きてる)
どうしてこんなことになっているのか、原因もはっきりしている。
あの男に巨大蜘蛛の頭を潰すように言った後、ひたすら食いついてくる巨大蜘蛛に耐えていた。
途中、男の子供が二階の階段の上に現れた時は、本当に肝を冷やした。女の子だった。まだ幼く父を呼ぶ声は泣いていて、不安にさせてしまったと罪悪感を覚えた程だ。あえて目立つよう大声を上げ引きずるように外へ出た。その時芽生えた使命感らしきものは、今でも心の奥でくすぶっている。
あの子はあの後どうなったのだろうか。
「いでっ」
不意に、全身に熱と痛みが巡り、孝宏は思わず声を上げた。目を開けるも辺りは真っ暗で、目前に何かがあるのは解るが、それが何か判断できない。
(口を塞がれてる!?今度こそヤバい……)
孝宏の心臓が胸を大きく打ち付ける。その何かが勢いよく離れると、同時に息苦しさもなくなった。
「すまない、痛いか?そんなに傷むなんて思わなかったんだ」
寝起きの頭には余りある。孝宏はただただポカンと見上げていたが、声に聞き覚えがあった。
「ヒタル……ナキイ……さん?」
孝宏は息も切れ切れに言った。
「名前、覚えていてくれたのか」
ナキイの声が弾む。
「え……と、今、どういう……状況なん……ですか?」
寝かされているのは解るが、喧噪がやや遠い。多少は気を抜ける場所にあるのだろう。孝宏はホッと胸をなで下ろした。
「怪我をしていたシンドウさんを保護して治療しているところだ。ちなみに記憶は?」
「蜘蛛に、たくさん、食いつかれた……とこまで…………俺はまた、ぁ、助けられた……んですね。ありがとうございます」
「気にすることはない」
「家……穴は、どうなり…………まし、たか?子供……無事……」
「穴はしっかり塞いだ。子供は……見ていないから解らない。少なくとも死体などはなかった」
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