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夢に咲く花
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ナキイはというと、隊長に報告をあげた後、孝宏の元へ降りていった。
あれだけ燃え盛っていた火が今は遠く、蝶も一羽も見えず孝宏自身の火も消えている。
「火傷とか怪我はあるか?」
孝宏は放心しているようだった。額に浮かぶ玉のような汗が、見開いたままの目の傍を流れ落ちていく。ナキイに声をかけられとたんに座り込み、顔をくしゃくしゃに歪ませた。
「俺は大丈夫です。でも……ごめんなさい、俺、手助けしようと思って……」
蜘蛛の巣がなくなれば良いと単純に考えていた孝宏は、事後の混乱ぶりに酷く動揺していた。この場だけのことではないのだ。蝶はすでに遠く散らばってしまっている。町中で火の手が上がる。
ナキイも解っていないわけではない。報告は上げたのだからここ以上の混乱にはならないだろうと考えていた。
ただ何らかの原因で魔術が暴走するのは現場では珍しくなく、孝宏が火の近くで管理しなければならないだろうとも考えていた。
「怪我がないならいいんだ。安心した。ではここは危な……」
「ああ、どうしたら……どうしよう……俺なんかが勝手にやるから……」
危ないので一旦別の場所に移動しよう。ナキイは途中まで言いかけて、孝宏の様子に違和感を覚え一度は口を噤んだ。
「ん?……まずは安全な場所に移動して、火の対処をお願いしたい……」
「はい、本当にごめんなさい。俺ちゃんと制御できなくて……」
孝宏はまるでナキイの話を聞いていなかった。ナキイは本来気の長い方ではない。何度も謝り続ける孝宏に、眉間に皺を寄せ奥歯に力を入れた。
「自己嫌悪はこれが終わった後にしてくれないか?今は一分でも時間が惜しいんだ」
低く唸るような少し大きな声、孝宏が初めて聞く声だった。孝宏は全身の温度が下がるのを感じ、何か言わなければと思うのにすぐに声が出てこず、ナキイの顔がまともに見れずに俯いた。
「………………はい、すみません」
孝宏がやっとの思いで絞り出したのはやはり謝罪の言葉だった。
(また謝ってしまった)
孝宏は心の中で呟いた。
ため息が聞こえてくる。こんな時に同情し慰めて欲しいのか。表情は見えないと言うのに、まるでナキイの心の声が聞こえてくるようだ。
孝宏は心臓が鷲掴みにされたかのようにグッと苦しくなった。要求されたことをまともにこなせないばかりか、己の自己嫌悪で回りを見ず他人を巻き込もうとした事がたまらなく恥ずかしかった。
「一度屋根まで移動する。良いな?」
孝宏は奥歯を食いしばった。
「はい」
(泣くな、もうみっともない真似をすんな)
ナキイは孝宏を片手で担ぎ上げると、ヒョイっと屋根に登る。
通りを挟んだ向こう側の建物の上で立ち往生している巨大蜘蛛はいるものの襲われる心配はなく、火の蝶が蜘蛛の巣を粗方焼いた後だ。逃げ場がない下水道より、見通しの良い屋上を行く方がずっと良く思えた。
「火の蝶はまだ操れるか?」
「新しく出すんですか?たぶんですけど…………できます」
ナキイが右の眉を上げた。
「では遠くまで行ってしまった蝶は?もう一度、君の管理下に置くことはできるか?」
「やってみないと解りませんけど、近くまで行けばたぶん……」
「よし、では向かう」
「……はい……」
消えてしまいそうな小さな声。たぶんと繰り返し、先ほどよりはマシになったが、今の孝宏に期待通りの働きを求めるのは難しいだろう。
民間人の、ましてや子供などどう接して良いのか分かるはずないだろう。
愚痴のようなことを思いながら、ナキイは孝宏にハッパをかけようとして、口を開き、はたと止まった。
自分が相手をしているのは新兵などでなく、戦闘など不慣れな民間人であったと、今更ながら気が付いたのだ。中を相手にするのと同じように接して、上手く行くものだろうかと。
ナキイもまた心の中で葛藤抱えていたが、その時の孝宏にそれが解るはずもなく、黙ったまま動かないナキイに声をかけた。また自分がしでしまったのだろうと思ったのだ。
「あの、何か、あったんでしょうか」
怒られるのは何度経験しても慣れないもので、孝宏は声をかけるのに勇気を多分に振り絞った。
怒りを買うのが怖くとも、それでも声をかけたのは自分が悪くないという免罪符が欲しかったからだ。もちろん自分が原因である場合もあるが、それならそれで理由を知っておきたいのが孝宏の性分だ。
孝宏にとって知らないままになっている方がより辛く、後に悔しい思いをするものなのだ。
「いや、何でもないんだ。行こう」
ナキイは孝宏を、今度は背中と足に手を回し抱き上げた。体を縦にしてぴったりと密着する。幼い子供を抱き上げる時によく見るレだ。
「い!?」
荷物の様に担がれ移動するとばかり思い込んでいた孝宏の動揺は大きかった。
「え……と、えとこれは……どどどどどどうしたら……」
(体格に差があるのは解るけど、これはどうなんだ?)
「しっかり捕まっていてくれ。激しく揺れるから振り落とされないように」
今度のナキイは先程とは打って変わり、随分と声が柔らかい。初めに助けてもらった時の様な、優しさを感じられる声だ。孝宏は少しばかり緊張を解いた。
「いやいや、俺重くないですか!?何ならさっきの方が……」
(一体何の羞恥プレイだ、こりゃ)
善意か、必要なことか。しかし、孝宏からすれば恥ずかしいばかりで、もし可能なら、抱え方を変えて欲しいくらいだ。
「あれはバランスが取りづらくてな。これなら俺にしっかり掴まれるだろう?」
(つまり首に手を回して、密着してろと。夜でなかったら絶対にやらないからな。こんなこと)
孝宏は言われたと通りにナキイに掴まった。
ナキイと違い、孝宏の鎧やインナーはぼろぼろで、肌が剥き出しの部分も多い。冬の空気に晒され冷やされたナキイの鎧は痛いほどだ。
けれど孝宏は歯を食いしばり、鎧を掴む手に力を籠める。
(堪えろ…………逆に頭が冴えて良いじゃないか…………)
今度こそ間違えない。やるべき事はたった一つだ。
孝宏は自分の中にあるはずの凶鳥の兆しに語り掛けた。
あれだけ燃え盛っていた火が今は遠く、蝶も一羽も見えず孝宏自身の火も消えている。
「火傷とか怪我はあるか?」
孝宏は放心しているようだった。額に浮かぶ玉のような汗が、見開いたままの目の傍を流れ落ちていく。ナキイに声をかけられとたんに座り込み、顔をくしゃくしゃに歪ませた。
「俺は大丈夫です。でも……ごめんなさい、俺、手助けしようと思って……」
蜘蛛の巣がなくなれば良いと単純に考えていた孝宏は、事後の混乱ぶりに酷く動揺していた。この場だけのことではないのだ。蝶はすでに遠く散らばってしまっている。町中で火の手が上がる。
ナキイも解っていないわけではない。報告は上げたのだからここ以上の混乱にはならないだろうと考えていた。
ただ何らかの原因で魔術が暴走するのは現場では珍しくなく、孝宏が火の近くで管理しなければならないだろうとも考えていた。
「怪我がないならいいんだ。安心した。ではここは危な……」
「ああ、どうしたら……どうしよう……俺なんかが勝手にやるから……」
危ないので一旦別の場所に移動しよう。ナキイは途中まで言いかけて、孝宏の様子に違和感を覚え一度は口を噤んだ。
「ん?……まずは安全な場所に移動して、火の対処をお願いしたい……」
「はい、本当にごめんなさい。俺ちゃんと制御できなくて……」
孝宏はまるでナキイの話を聞いていなかった。ナキイは本来気の長い方ではない。何度も謝り続ける孝宏に、眉間に皺を寄せ奥歯に力を入れた。
「自己嫌悪はこれが終わった後にしてくれないか?今は一分でも時間が惜しいんだ」
低く唸るような少し大きな声、孝宏が初めて聞く声だった。孝宏は全身の温度が下がるのを感じ、何か言わなければと思うのにすぐに声が出てこず、ナキイの顔がまともに見れずに俯いた。
「………………はい、すみません」
孝宏がやっとの思いで絞り出したのはやはり謝罪の言葉だった。
(また謝ってしまった)
孝宏は心の中で呟いた。
ため息が聞こえてくる。こんな時に同情し慰めて欲しいのか。表情は見えないと言うのに、まるでナキイの心の声が聞こえてくるようだ。
孝宏は心臓が鷲掴みにされたかのようにグッと苦しくなった。要求されたことをまともにこなせないばかりか、己の自己嫌悪で回りを見ず他人を巻き込もうとした事がたまらなく恥ずかしかった。
「一度屋根まで移動する。良いな?」
孝宏は奥歯を食いしばった。
「はい」
(泣くな、もうみっともない真似をすんな)
ナキイは孝宏を片手で担ぎ上げると、ヒョイっと屋根に登る。
通りを挟んだ向こう側の建物の上で立ち往生している巨大蜘蛛はいるものの襲われる心配はなく、火の蝶が蜘蛛の巣を粗方焼いた後だ。逃げ場がない下水道より、見通しの良い屋上を行く方がずっと良く思えた。
「火の蝶はまだ操れるか?」
「新しく出すんですか?たぶんですけど…………できます」
ナキイが右の眉を上げた。
「では遠くまで行ってしまった蝶は?もう一度、君の管理下に置くことはできるか?」
「やってみないと解りませんけど、近くまで行けばたぶん……」
「よし、では向かう」
「……はい……」
消えてしまいそうな小さな声。たぶんと繰り返し、先ほどよりはマシになったが、今の孝宏に期待通りの働きを求めるのは難しいだろう。
民間人の、ましてや子供などどう接して良いのか分かるはずないだろう。
愚痴のようなことを思いながら、ナキイは孝宏にハッパをかけようとして、口を開き、はたと止まった。
自分が相手をしているのは新兵などでなく、戦闘など不慣れな民間人であったと、今更ながら気が付いたのだ。中を相手にするのと同じように接して、上手く行くものだろうかと。
ナキイもまた心の中で葛藤抱えていたが、その時の孝宏にそれが解るはずもなく、黙ったまま動かないナキイに声をかけた。また自分がしでしまったのだろうと思ったのだ。
「あの、何か、あったんでしょうか」
怒られるのは何度経験しても慣れないもので、孝宏は声をかけるのに勇気を多分に振り絞った。
怒りを買うのが怖くとも、それでも声をかけたのは自分が悪くないという免罪符が欲しかったからだ。もちろん自分が原因である場合もあるが、それならそれで理由を知っておきたいのが孝宏の性分だ。
孝宏にとって知らないままになっている方がより辛く、後に悔しい思いをするものなのだ。
「いや、何でもないんだ。行こう」
ナキイは孝宏を、今度は背中と足に手を回し抱き上げた。体を縦にしてぴったりと密着する。幼い子供を抱き上げる時によく見るレだ。
「い!?」
荷物の様に担がれ移動するとばかり思い込んでいた孝宏の動揺は大きかった。
「え……と、えとこれは……どどどどどどうしたら……」
(体格に差があるのは解るけど、これはどうなんだ?)
「しっかり捕まっていてくれ。激しく揺れるから振り落とされないように」
今度のナキイは先程とは打って変わり、随分と声が柔らかい。初めに助けてもらった時の様な、優しさを感じられる声だ。孝宏は少しばかり緊張を解いた。
「いやいや、俺重くないですか!?何ならさっきの方が……」
(一体何の羞恥プレイだ、こりゃ)
善意か、必要なことか。しかし、孝宏からすれば恥ずかしいばかりで、もし可能なら、抱え方を変えて欲しいくらいだ。
「あれはバランスが取りづらくてな。これなら俺にしっかり掴まれるだろう?」
(つまり首に手を回して、密着してろと。夜でなかったら絶対にやらないからな。こんなこと)
孝宏は言われたと通りにナキイに掴まった。
ナキイと違い、孝宏の鎧やインナーはぼろぼろで、肌が剥き出しの部分も多い。冬の空気に晒され冷やされたナキイの鎧は痛いほどだ。
けれど孝宏は歯を食いしばり、鎧を掴む手に力を籠める。
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今度こそ間違えない。やるべき事はたった一つだ。
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