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第二章~自由の先で始める当て馬生活~
31~密会~
しおりを挟む「呼び出して悪かった」
クライブが松葉杖で体を支えながら、向かい合う男に恭しく頭を下げと、絢爛な室内でソファーに据わったまま男が謝罪を述べた。
革張りのソファーに深く腰掛け立ったままクライブを見上げているというのに、男の態度はいささか尊大で、親しげであるのにやや高圧的な印象を受ける。
クライブよりいくらか若いだろう男の名はハッカ・エルボリーバ。
エルボリーバは、古くはこの地を治めた領主の家名であり、制度が代わり領主でなくなった現代でも地主としてある発言力のある一族だ。
ハッカはエルボリーバ一族の現当主だ。
前当主の汚職で一時は底辺を見たエルボリーバだか、ハッカに代替わりしてから十数年。
権力を思うがまま振る舞っていた先代程とはいかなくとも、こうして豪華な屋敷で執事や多くの使用人を雇うくらいにはなった。
たが、クライブが頭を下げるのは、何も彼が地主だからではない。
クライブが怪我をしてからというもの、特に外出する時などは必ず妻のジェスが付き添っているのだが、この場にはクライブは一人で立っている。ジェスは今別室でクライブを待っている。
ジェスが入れない理由こそが、クライブがハッカに頭を下げた理由だ。
「重要な懸念事項が発生してな、君を召集せざる得なくなったんだよ」
「承知しております」
ハッカがクライブにソファーに座るよう促した。すると、傍で控えていた執事がさっと動き、屈むクライブのを支える。
ハッカはクライブが座った後、執事が部屋を出ていくのを待ってから本題を切り出した。
「ダ・マーヤの遺産を調べている者がいる」
クライブは言葉の意味が飲み込めず、間をためてから口を開いたのだが、それでも戸惑いの方が大きかった。
「……は?」
ある意味上司のような存在に対して、おおよそふさわしくない反応であったが、ハッカは予想していたと言わんばかりに二度三度頷いた。
「何を馬鹿な事を、と思うだろうな。私も思った。というか、今でもそう思っている。だが事実だ」
クライブは目を丸くして頻りに瞬きをする。近年問題になっている密猟者の話だとばかり思い込んでいたのだ。それが、まさかあのダ・マーヤの遺産だったとは。
ダ・マーヤとは今より200年程前に存在した魔法師だ。
ダ・マーヤ自体は旅を愛した魔法師としてよく知られており、世界各地に逸話を残している。
しかし彼がこの地に遺産を残していったという話は、極々限られた者達の間でしか語り継がれていない。門外不出の逸話なのだ。
そしてその極々限られた者達というが、表向きクライブが頭目を務める守り人の会の五人と、古くから守り人の会と協力関係にあるエルボリーバの当主なのだ。
もっといえば、エルボリーバの権力はダ・マーヤの遺産を守る為にあり、守り人の会もダ・マーヤの遺産を守る為だけに結成された組織だ。
最も現代ではほぼ誰も、クライブ達ですら意識していないが。
エルボリーバの当主にしか読めない魔法の施された書物を読み、初めてこの事を知ったハッカは、クライブを呼び出し事実関係を確認したものの、古臭い伝統としか思えなかった。
それでも一応役目であるし、情報は武器になるからと情報収取は怠らなかった。
先日起きた、クライブの家に不明生物を使役する賊が押し入った事件。
実はその数日前、見知らぬ学者が町を訪れていると報告が上がっていた。
初めは町の東の、南北に広がる森の調査だろうと特に対処するわけでもなく放置していた。
だが昨日、学者の目的がダ・マーヤの遺産であると判明したのだ。
ハッカもさすがに放っては置けず、急遽クライブを召集したというわけだ。
ハッカが信じていなかった様に、クライブもまた、ダ・マーヤの遺産など信じてはいなかった。
なので、ダ・マーヤの遺産を真剣に探している人がいると聞けば、二重の意味で驚いた。
「そもそもどこからその話を知ったのでしょうか?」
ダ・マーヤの遺産は自分たち以外知るはずのない逸話だ。
ハッカはもちろん守り人の会の面々は、秘匿を誓わせる魔法により、他者のいる場所では決して口にできないはずなのだ。
だからこそハッカは、口の固い執事が部屋の外に出るのを待たざる得なかったし、ジェスも別室でクライブを待っている。
町の人間ならまだしも、よそ者が知っているなんて。
「ダ・マーヤ本人が他所で漏らしたか、それとも……誰かが規約を破ったか」
ハッカが顔を歪めて笑う。
守り人に伝わる話を信じるなら、ダ・マーヤが他所で話したというのはあり得ない事だった。
ならば、他に秘密を洩らせるのは誰か。ハッカは書物を読むのと同時に魔法がかけられるので不可能だ。
なら後は守り人しかいない。
クライブの中で一人思い当たる人物があった。だか確証もなしに言う事ではないと、グッと押し黙る。
するとハッカは一度口を開いて何やら思い当たったのか。二、三瞬いてから、フゥっと体の力を抜き、眉尻を下げ笑った。
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