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第二章~自由の先で始める当て馬生活~

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 ジージールがリビングの椅子に私を座らせ、足を取った。室内履きが脱がされ、素足が冷たい空気に晒される。


「破片を踏んだような気はするけれど、全然痛くないわ」


「……その様だな」


 ジージールの言葉には安堵が滲む。

 傷の一つや二つ、どうってことないのに。いつもこうなの。
 心配性すぎるのよ、皆。


 その後、ジージールが無言で室内履きを履かせてくれたのだけれど、濡れていたはずの室内履きはすでに乾いていた。

 さすがジージール。抜かりないわ。


「それで?これまでの経緯を聞いても?」


 乾いた室内履きに感心している私に、ジージールが苦笑交じりに言った。

 ジージールが屈んだまま、座ってる私と目線を合わせる。
 といっても別に、小さい子にやるようにお話を聞いるのではないのは明白で、ただ私が嘘を吐かないか探っているだけ。

 マンナそっくりの笑顔が怖いわ。


 
 どこから話したら良いかしら。


 アートと別れてから、屋敷中の敵を殺しまわった辺り?
 それとも敵をおびき出す作戦と言って、実は逃げるつもりだった辺りから白状するべき?

 作戦に便乗してアートの姿を変えた状態で町中に放りだそうとしたのも、正直に話したほうが良いのかしら?
 姿を変えた上で家に帰すってジージール達には話していのよね。

 相手は王子様だもの。正直に言うとさすがに怒られそう。
 これは黙っておきましょう。


「ジージールが煙の確認に出て行った後、私たち変な奴らに襲われたの」


 私は本来の目的を隠して、それ以外を順序だてて話した。
 ジージールは一言も口を挟まず私の話を聞いている。しゃがんだまま、私の両手を取ったまま。

 逃がさないと言わんばかりだ。


「…………その後は、こうしてオーリー達の世話になっているの。本当の姿と名前は明かしていないわ」


 テレビで流れた私の葬儀を思い出した。

 生きている内に自分のお葬式をみるとは思っていなかったから、奇妙な気分だったけれど、それ以上に喪失感の方が大きかった……とは言わなかった。

 私がどういう立ち位置にあるか分かっていたもの。ちょっとは強がりたい。


 ジージールがため息を吐いた。


「頼むから、いなくなる時は連絡を寄越せ。それか、合図を残せ」 


「そんな事言われたって………」


 私は口を尖らせる。


「俺たちが葬儀に参列したのは、お前へのメッセージだよ」


 心臓が大きく跳ねた。
 思わず生まれた反発心がジワリジワリと心に滲み出し、私は平静を装って首を傾げる。


「俺たちは全員無事だから安心しろっていう…………それでお前が寂しくなって帰ってこねぇかなっていう打算もある期待もあった」


「そんなの……」


 ……分かるはずないじゃない。
 

「血に染まった海を見た時、心臓が止まるかと思った」


 ジージールの目が暗く光る。

 私も必死だった。屋敷の惨状なんて覚えていない。

 知らないけれど、海だけじゃなく屋敷も血だらけ死体だらけ。

 決して気持ちの良いものではなかったはずだ。


「真っ先に、傷だらけで沈むお前を想像して、そんなはずはないって結界を限界まで広げてお前を探して。それなのに生命反応すらなくて。お袋は間髪入れず海へ飛び込んだ。カクもずっと空からお前を探して。もう……どれだけ神に祈ったかもわからない」


 私は顔を上げられなかった。

 それはジージールの潜めた声が苦し気で、私を捕まえる手が震えていたから…………だけじゃない。

 思わず顔面に力が入り、顔が強張る。

 それをジージールに見られない様にするためだ。


「あの日、あの屋敷を見た俺たちの気持ちがお前に分かるか?」


 ジージールは私を責めるように言うけど、私ばかりが悪いの?


 こんな事を考えては駄目だ。
 もうどうでも良いじゃない。こうして見つけてくれたんだから……


 私はぐっと下唇を噛んだ。

 けれど生まれた反発心は瞬く間に膨れ上がり


「勝手ばかりだと心配になる」


 パンッと破裂した。


「けど…………しを……み……けて…………じゃ……い」


 吐き出す息が乱れ、声が音にならない。

 音が意味をなさず聞き取れなかったジージールが頭を小さく傾げた。
 それが妙に癪に触って、感情を逆なでする。


 気付けば、私はジージールを怒らせようと口を開いていた。


「私を見つけられなかったくせに、偉そうな事言わないでよ」


「は?」


「怠慢なんじゃないかしら?」


「休まずお前を探した相手に何言って…………」


「口では何とでも言えるわよね?」


「はぁ……俺たちは本当に全力でお前を探して……」


 ジージールは私の体の変化に戸惑っている。視線が私を探ってくる。


 けれど、そんなの関係ないわ。


 いかに私を懸命に探したか話すジージールを遮り、私はハッと息を短く切って吐き出した。


「言い訳なんて聞いてもねぇ?」


「お前……俺たちがどんだけ心配したと思ってんだ。寝る間を惜しんでお前を探したというのに、なんて言い草だ。さすがに我儘が過ぎるんじゃないか」


 言いながら、ジージールは手に力を籠めた。といっても握る私の手が痛くない程度にだ。

 ジージールは私に甘い。


「どうせ反乱を抑えられたからって、気を抜いていたんでしょう?疲れていたから、休んでましたと正直に言っても良いのよ?」


 腕を組んで頬を膨らませて、ツンと顔を逸らして、怒鳴り散らして。

 これではまるっきり子供の癇癪だ。自分でも分かってる。


 私が言うのもなんだけれど、ジージールは辛抱強く私に付き合っていると思う。

 イライラしているの表情に出ちゃっているけれど、声は落ち着けようと努めているし、引きつっていても笑顔を作っている。


「あのな、俺たちにお前以上に優先するものなんかない。解ってるだろう?」


 甘えている自覚はある。
 ジージールは最後には私を許してくれるって。

 けれど、だからこそ、八つ当たりが止まらない。


 泣きたくなるの。


「お国にお仕えなさるお犬様のなさる事。とても、私ごとき若輩者の理解は及びませんわ」


「いい加減にしないと、いくら俺でも怒るぞ」


 私が一層突き放した言い方をした時、ジージールの声が一段低くなった。

 真剣な表情に力の籠る視線。本気で怒らせたと分かったけれど、だからだと思う。

 私は勢いに任せて口を開いた。


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