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第二部 Crystal Shards
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私は煮えくり返る気持ちをかかえながら泥の道をズンズンと進んでいた。ザコビはよろけながらも追いつこうとしていた。二人とも汚れている上に傷だらけでずぶ濡れ状態だった。ザコビに至ってはブーツを片足失くしていた。私は真っ直ぐ前を見据えて、自分の足が何を踏みしめているか気にしないようにしていた。
「ローズ、休憩をとった方がいい。何かおなかに入れるべきだ。それにそのナイフを俺に渡してくれないか」
ザコビが私に呼びかけた。
「それか次に鳥をみたなら私が仕留めるか」
私はぼやいた。歩くペースは落とさずに。
「それはいいよ、もう。そんなに悪くない提案だけどさ。前回の試練がそうだったからって鳥全部を殺すわけにもいかないだろ」
私は顔をしかめた。その日は本当に波乱に富んだ日だったと言える。二つも試練をこなしたのはいいが、全く楽しいものではなかった。第三関門は出口のない四十五メートルほどのセメントの壁の部屋に閉じ込められた。十種のポーションを無駄にし、三メートルほどの高さから七度落下し、蔦を使ってぞっとするような高さを登り終えたときにはザコビはブーツの片足を失くしていた。第四関門は更に酷いものだった。癇に障る鳴き声を出す凶暴な古代鳥が容赦なく私たちを追い回し、魔法障壁がその鳥に止めを刺すまで逃げ場を奪っていた。全て終ったころには次どころではなかった。
「またあの鳥が現れたら、正気でいられるかわからないわ」
私は不平をもらした。
だからザコビの言っていることは正論なのだ。休憩した方がいい。まともな思考をしていないし。辛うじて残っている正気の部分がそう告げる。オーラムがそう言っているようだ。彼が目的でなければここまではしない。
「ローズ、本当に……」
「わかっているわよ」
尖った声を出してしまい、ため息をついた。
「そうね、休憩しましょう」
歩みを止めて、仲間が息を整えるのを待った。
「だけどさ、結構歩いていたはずなのに次の試練に当たらないっていうのは驚いたよ」
ザコビは荒い息を吐きながら告げた。
「助かってるわ」
私はつぶやいた。実際、次の試練がいつくるのか心穏やかではなかった。かなり歩き続けていたのに何も起こっていない。最後の関門。早く終らせたいと思っている傍ら第五関門のことが気にかかって仕方がない。
「おい!ローズ、足元!」
自分の思考から抜け出すと、下をみてみた。深いくぼみが地面にできており、土がブーツの上に山を作りはじめていた。穴から抜け出すと、また新たな穴ができただけだった。
「噂をすれば……ね」
ザコビも沈み始めていた。
「何かないのか?」
見渡してみるが、あるのは泥道か木々のみ。この魅惑の森には期待できない。
「逃げるわよ」
道を走り続けたが、足取りは重くなる一方だった。道に足をとられ、踏み出す度に深みにはまっていく。私のブーツが道から抜け出せないほどはまり込んでしまったとき、恐怖にとらわれてしまった。流砂ではないはずだ。そんなに簡単なはずはない。抜け出す方法を考えなければ。
私たちはそれでも沈みつつあった。ザコビは身動きをせずにいたが、効果はない。私はゆっくりと呼吸をしていた。死が近づきつつある。
「謎解きをさせて!」
私は叫んでいた。そんな私をザコビは不思議そうにみていた。
「術の檻!我、探索者が答えを求む!手がかりを与えよ!」
「ローズ……」
「秘された呪文を告げよ!」
私の呼びかけに応えるものは何もなかった。頬がぬれていることで自分が泣き始めていたのにやっと気づいた。この悲惨な試練が私の手からもぎとられようとしている。
「檻よ、このままでは不公平だわ!」
「ローズ、森は応えるつもりがないんだ。ここが最後なんだ、きっと」
私が恐怖に囚われている中、ザコビは冷静だった。
「私は約束したの!友人たちやオーラムに。私の人々に」
「誰もお前を責めたりしないさ」
私は深呼吸をして落ち着きを取り戻した。
「そうかもしれない。でも私が自分を許せない。私がこれを最後までやり終えたいの。まだ終ってない。まだよ」
手がかりを探して周りを見渡した。目が遠くに白い何かを捉えた。骸骨だ。唇をかみ締めた。もし、この砂が沈み続けたというなら、あの骸骨は残っていないはずだ。骸骨の前には瓶が落ちている。ああ、そうか!
「前の人はここまでやってこれたけれども、砂に沈むのを阻止しようとした。それが間違いなのよ。砂はそこでセメントのように固まって彼は身動きがとれなくなった」
「それで?」
「彼は恐怖に囚われて砂を止めようとしたけれど、悪手だった。抜け出せなかった」
「ローズ、大丈夫か?あの鳥のせいでおかしくなったのか?」
「違うわ。考えがあるの。このまま沈んでいくわよ」
「あの鳥のせいだな!そんなことしたら砂の中で窒息しちまうよ!」
「そうじゃない。これは機知と忍耐を試されているのよ。ここで私たちが壊れるかどうかみられてる。馬鹿みたいに大騒ぎしている様をね」
「もし死んだなら、未来永劫恨みつづけてやるからな」
「死んだなら、誰を恨むというよりもっと大きな問題が出てくるわよ」
ザコビがあきらめたようにため息をついた。
「わかった」
道が胸の位置までになった。できるだけ姿勢を真っ直ぐにし重くなるようにした。沈む速度が遅く感じる。砂が私のあごまで届いたときに言った。
「じゃあ、あっちで会おうね」
「それがどういう意味だろうとね」
ザコビが眉をひそめた。
私の頭が完全に砂に取り込まれると窒息するかわりに、空中を落ちていくのを感じた。緑色の区画にどさりと落ちた。
思わず笑い出してしまった。死んでない!やっぱりこれでよかったのよ!ザコビのうめき声が近くから聞こえてきた。立ち上がって、仲間に笑いかけてみた。
「生きてる!」
ザコビが歓喜の声をあげていた。
「私のこと疑ってたけどね」
彼は私に向かって走り、きつく抱きついてきた。抱き返す前にちょっと戸惑ってしまった。ザコビは離れると草地を見渡した。どこまでも緑地だ。反対側にある黒い何かを除いて。ドラゴンだった。私とザコビをあわせても五倍は大きなドラゴン。よく知っている金色の目で私たちをみている。
試練は終ったのだ。そしてこの”賞品”に辿りついた。
「オーラム」
私の声はささやき声にしかならなかった。
私は煮えくり返る気持ちをかかえながら泥の道をズンズンと進んでいた。ザコビはよろけながらも追いつこうとしていた。二人とも汚れている上に傷だらけでずぶ濡れ状態だった。ザコビに至ってはブーツを片足失くしていた。私は真っ直ぐ前を見据えて、自分の足が何を踏みしめているか気にしないようにしていた。
「ローズ、休憩をとった方がいい。何かおなかに入れるべきだ。それにそのナイフを俺に渡してくれないか」
ザコビが私に呼びかけた。
「それか次に鳥をみたなら私が仕留めるか」
私はぼやいた。歩くペースは落とさずに。
「それはいいよ、もう。そんなに悪くない提案だけどさ。前回の試練がそうだったからって鳥全部を殺すわけにもいかないだろ」
私は顔をしかめた。その日は本当に波乱に富んだ日だったと言える。二つも試練をこなしたのはいいが、全く楽しいものではなかった。第三関門は出口のない四十五メートルほどのセメントの壁の部屋に閉じ込められた。十種のポーションを無駄にし、三メートルほどの高さから七度落下し、蔦を使ってぞっとするような高さを登り終えたときにはザコビはブーツの片足を失くしていた。第四関門は更に酷いものだった。癇に障る鳴き声を出す凶暴な古代鳥が容赦なく私たちを追い回し、魔法障壁がその鳥に止めを刺すまで逃げ場を奪っていた。全て終ったころには次どころではなかった。
「またあの鳥が現れたら、正気でいられるかわからないわ」
私は不平をもらした。
だからザコビの言っていることは正論なのだ。休憩した方がいい。まともな思考をしていないし。辛うじて残っている正気の部分がそう告げる。オーラムがそう言っているようだ。彼が目的でなければここまではしない。
「ローズ、本当に……」
「わかっているわよ」
尖った声を出してしまい、ため息をついた。
「そうね、休憩しましょう」
歩みを止めて、仲間が息を整えるのを待った。
「だけどさ、結構歩いていたはずなのに次の試練に当たらないっていうのは驚いたよ」
ザコビは荒い息を吐きながら告げた。
「助かってるわ」
私はつぶやいた。実際、次の試練がいつくるのか心穏やかではなかった。かなり歩き続けていたのに何も起こっていない。最後の関門。早く終らせたいと思っている傍ら第五関門のことが気にかかって仕方がない。
「おい!ローズ、足元!」
自分の思考から抜け出すと、下をみてみた。深いくぼみが地面にできており、土がブーツの上に山を作りはじめていた。穴から抜け出すと、また新たな穴ができただけだった。
「噂をすれば……ね」
ザコビも沈み始めていた。
「何かないのか?」
見渡してみるが、あるのは泥道か木々のみ。この魅惑の森には期待できない。
「逃げるわよ」
道を走り続けたが、足取りは重くなる一方だった。道に足をとられ、踏み出す度に深みにはまっていく。私のブーツが道から抜け出せないほどはまり込んでしまったとき、恐怖にとらわれてしまった。流砂ではないはずだ。そんなに簡単なはずはない。抜け出す方法を考えなければ。
私たちはそれでも沈みつつあった。ザコビは身動きをせずにいたが、効果はない。私はゆっくりと呼吸をしていた。死が近づきつつある。
「謎解きをさせて!」
私は叫んでいた。そんな私をザコビは不思議そうにみていた。
「術の檻!我、探索者が答えを求む!手がかりを与えよ!」
「ローズ……」
「秘された呪文を告げよ!」
私の呼びかけに応えるものは何もなかった。頬がぬれていることで自分が泣き始めていたのにやっと気づいた。この悲惨な試練が私の手からもぎとられようとしている。
「檻よ、このままでは不公平だわ!」
「ローズ、森は応えるつもりがないんだ。ここが最後なんだ、きっと」
私が恐怖に囚われている中、ザコビは冷静だった。
「私は約束したの!友人たちやオーラムに。私の人々に」
「誰もお前を責めたりしないさ」
私は深呼吸をして落ち着きを取り戻した。
「そうかもしれない。でも私が自分を許せない。私がこれを最後までやり終えたいの。まだ終ってない。まだよ」
手がかりを探して周りを見渡した。目が遠くに白い何かを捉えた。骸骨だ。唇をかみ締めた。もし、この砂が沈み続けたというなら、あの骸骨は残っていないはずだ。骸骨の前には瓶が落ちている。ああ、そうか!
「前の人はここまでやってこれたけれども、砂に沈むのを阻止しようとした。それが間違いなのよ。砂はそこでセメントのように固まって彼は身動きがとれなくなった」
「それで?」
「彼は恐怖に囚われて砂を止めようとしたけれど、悪手だった。抜け出せなかった」
「ローズ、大丈夫か?あの鳥のせいでおかしくなったのか?」
「違うわ。考えがあるの。このまま沈んでいくわよ」
「あの鳥のせいだな!そんなことしたら砂の中で窒息しちまうよ!」
「そうじゃない。これは機知と忍耐を試されているのよ。ここで私たちが壊れるかどうかみられてる。馬鹿みたいに大騒ぎしている様をね」
「もし死んだなら、未来永劫恨みつづけてやるからな」
「死んだなら、誰を恨むというよりもっと大きな問題が出てくるわよ」
ザコビがあきらめたようにため息をついた。
「わかった」
道が胸の位置までになった。できるだけ姿勢を真っ直ぐにし重くなるようにした。沈む速度が遅く感じる。砂が私のあごまで届いたときに言った。
「じゃあ、あっちで会おうね」
「それがどういう意味だろうとね」
ザコビが眉をひそめた。
私の頭が完全に砂に取り込まれると窒息するかわりに、空中を落ちていくのを感じた。緑色の区画にどさりと落ちた。
思わず笑い出してしまった。死んでない!やっぱりこれでよかったのよ!ザコビのうめき声が近くから聞こえてきた。立ち上がって、仲間に笑いかけてみた。
「生きてる!」
ザコビが歓喜の声をあげていた。
「私のこと疑ってたけどね」
彼は私に向かって走り、きつく抱きついてきた。抱き返す前にちょっと戸惑ってしまった。ザコビは離れると草地を見渡した。どこまでも緑地だ。反対側にある黒い何かを除いて。ドラゴンだった。私とザコビをあわせても五倍は大きなドラゴン。よく知っている金色の目で私たちをみている。
試練は終ったのだ。そしてこの”賞品”に辿りついた。
「オーラム」
私の声はささやき声にしかならなかった。
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