だから、わたしが、死んでしまえばよかった

すえまつともり

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精霊の涙

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 雫(しずく)の精たちにしばらく見入っていたおまえは、ふと我に返り、あわてて顔を両手で隠した。

(なんだー? どしたー?)
(したー?)

「あ、あの、あんまりわたしのお顔、見ないで……」

(なんでー?)
(んでんでんでー?)

「だってわたしの顔、みにくいでしょう?」

(みにくい ってなんだ?)
(かわってるって いみじゃね?)
(ふーん?)

 じろじろ顔を覗きこまれ、おまえはますます赤面した。

(ニンゲンのかおなんて ぜんぶ おなじ じゃねーの? しらんけど)
(しらんけどー)
(けどーん)

「お、同じじゃないよ。わたしのお母さまなんてすっごくキレイで、わたしなんかとは違うもん」

 雫(しずく)の精は声をそろえた。

(ちがいが わからん!)
(わからんらーん)
(らんらんらーん♪)

 また踊り出してしまった。

「そうだ! あなたたち、セージがどこに生えてるか知らない?」

(セージ?)

 おまえは泥だらけの手で、薬草図鑑から書き写してきた絵を雫(しずく)の精たちに見せた。

(あー こいつかー)
(あっちの がけのちかくで みたぞ)
(なんか いばってたよなー)

「おねがい! 案内して!」

(えー めんどいー)
(だるいー)
(るいー)

 ――精霊って、めんどくさがりやなの!?

 昔話にもおとぎ話にも、そんなことは書いてなかった。見ると聞くとはおおちがいだ。

「わたしの肩に乗って行けばいいでしょ? ねえ、お願い。お母さまのご病気をなおすのに、どうしても必要なの」

(やれやれ しゃーねーなー)
(そこまでいうなら いってやるかー)
(るかー)

 雫(しずく)の精たちを肩にのせて、おまえは彼らが示す方向へ走りだした。

 しばらく進むと、ごうごうという水の音が聞こえてきた。さらに進むと木々がひらけて、切り立った崖にたどりついた。

 崖の下は巨大な河だった。

 雨で水かさをました濁流が、おまえの足下をすさまじい勢いで流れていた。

 おまえは息を呑む。

 対岸がかすんでみえないほど、その河は広大だ。

 大河(ベツノカ)。

 それは、おまえの住むホルス王国と「呪われた国」こと漢皇国(かんこうこく)の国境となっている巨大な河だった。

 かつて、この河を越えて侵略してきた皇国を、将軍だったおまえの祖父が撃退したのだと、聞かされている。

「……すごい……」

 呆然と立ち尽くすおまえの濡れた髪を、雫(しずく)の精が引っ張った。

(ほれ そこだぞ)
(だぞー) 
(だぞーん)

 足下にセージの薬草が瑞々しく葉を広げている。

「ほんとうだ! これで……!」

 しゃがんで手を伸ばそうとすると、薬草が口をきいた。

(てやんでい ばーろー ちくしょう!)

 聞いたこともない乱暴な言葉に、おまえは伸ばした手をひっこめた。

(この おれさまを つもうとは ふてぇやろうだな ニンゲン!)
「ごっ、ごめんなさい!」

 雫の精がいるのだから、セージの精がいても不思議ではない。今までの常識は、もう捨てなくてはならないようだ。

「あの、あなたの葉っぱをすこしだけ、わけていただけませんか」
(あぁん? なんでだ?)
「薬のもとになるんです。セージの葉を煎じて飲めば咳どめになるって、おじいさまの本に書いてあって」

 ふんす、とセージの精は息を吐き出した。

(やだね!)
「そんなぁ……」
(おれさまのなかまは むかし そこいらじゅうに いたんだ なのに おまえらニンゲンが 森をあらしたせいで へっちまったんだぞ! ジゴウジトクってやつだい! てやんでい!)

 てやんでいの意味は、おまえにはわからない。

 だが、セージの精が人間を嫌っていることは伝わってくる。

 彼が言うことはもっともだと思った。

 自分たちの都合で追い出しておいて、必要になったら取りに来るなんて、虫が良すぎるではないか。

 だが、それでは、母の病気を治すことはできない。

「……ぐすっ……」

(お ニンゲンの目から おなかまが)
(なかまだー)
(だー)

 おまえの目から大粒の涙があふれだした。

 泥まみれの手で拭っても、拭っても、止まらない。

 精霊たちの姿が、降りしきる雨が、大河の流れが、薄くぼやけていく。

(……てやんでい……)

 セージの精が戸惑ったように言った。

(てめえ よく見れば 泥だらけ じゃねーか。なんで そこまでして おれさまが ひつようなんだ?)

 鼻声で、何度もしゃくりあげながら、おまえは説明した。

 病気の母親のために、なんとしても薬草を持って帰りたいこと。

 自分は親不孝な娘だから、こんな時くらい、母親の役に立ちたいのだということ。

 話し終わったとき、なぜか、セージの精はおまえに背中を向けていた。
 
(ぐすっ……)
「あ、あの? どうしたんですか?」
(な なんでもねえやい!)

 てやんでい、と言いながら、鼻をすする音がする。

 何度か鼻をすすった後、セージの精は言った。

(持ってけ)
「えっ?」
(持ってけドロボー! 葉っぱの一枚や二枚 なんでもねえ! すぐに生えてくらあ!)

 セージの葉がぶるん、と大きく揺れた。

「い、いいんですか?」
(てやんでえ!)

 あいかわらず「てやんでい」の意味はわからなかったが、さっきより温かく感じられた。

 雫の精たちがおまえの肩で飛び跳ねる。

(きがかわらないうちに はやくしろー)
(しろしろー)
(しろろーん)

 おまえは「ありがとう」を言って、葉を一枚、そっと摘ませてもらった。

「このご恩は、けっして忘れません!」
(けっ とっとと忘れちまえってんだ)
 
 葉を一枚うしなった体で、セージの精は威張るのだった。
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