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精霊士(ネレイヤ)と呪われた国
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精霊とは、なんだろうか?
おまえは屋敷の書庫をあたってみた。
父も母もあまり読書をしないが、父の父、つまりおまえの祖父は有名な読書家だった。「呪われた国」との戦争で活躍した勇将であった祖父は、家ではひとり本ばかり読んでいた変人でもあったらしい。
異相の人でもあったという。
父は言う。
「強いて言うなら、カヤは父上に似たのだ」
祖父母の形質が、父母を飛び越えて、孫に受け継がれることがあるのだという。
そんな祖父は、おまえが生まれる少し前に亡くなっている。
――ああ、おじいさまにお会いしてみたかった!
祖父の遺した蔵書は、おまえにとって大切な宝物だった。
家から出してもらえないおまえは、ひたすら読書に時間をついやした。その結果、子供にしてはありえないほどの知識を蓄えている。
そんなおまえでも、昨夜の精霊とのできごとは、まったくの未知であった。
精霊のことを調べるため、おまえは書庫の奥へと足を踏み入れた。
「あれだわ」
書棚の一番高いところに、「精霊事典」と書かれた本があった。手の届かないところにあるため、今まで読む機会がなかったのだ。
おまえはメイドの目を盗んでこっそりはしごを持ち出し、分厚い事典をどうにか書棚から引っ張り出した。
「せいれい、とは!」
おまえはわくわくしながらページをめくる。
-----------------
精霊とは、この世界に存在するすべての物質に宿る存在である。
火には、火の精がいる。
水には、水の精がいる。
土には、土の精がいる。
風には、風の精がいる。
精霊は生きている。
己の意志を持ち、一定の法則にしたがって、活動する。
精霊が存在するのは、人間が住む物質界のとなりにある「精霊界」である。
物質界と精霊界は、重なり合っている。
互いに干渉し合う関係だが、人間がそれに気づくことはない。
なぜなら、人間は精霊を見ることもできなければ、会話することもできないからだ。
-----------------
「会話、できないの?」
では、どうしてあの夜、自分は精霊と話すことができたのだろうか。
-----------------
ただし、例外として、精霊と交信する特殊な才能を持った人間が生まれることがある。
彼らは「精霊士(ネレイヤ)」と呼ばれる。
三百年以上前には多くの精霊士(ネレイヤ)が存在し、彼らだけの国まで存在したという。
だが、今は滅びて、そのわずかな末裔が「呪われた国」で生き延びている。
-----------------
「……ネレイヤ……」
精霊と会話することができた自分は、精霊士(ネレイヤ)なのだろうか?
だが、精霊の存在を感じ取れたのは、昨夜、あの森のなかだけだ。
家に帰ってきてからというもの、どんなに目をこらしたところで、精霊の姿は見えなかった。
「万物に宿る」というからには、この書庫を照らすろうそくや、今読んでいるこの本にさえ、存在するはずだ。
おまえは、小声で呼びかける。
「ろうそくさーん?」
返事はない。
「ごほんさーん?」
やはり、返事はない。
昨夜のことは、幻だったのだろうか?
森を歩き回って疲れ果てていたせいで、幻想を見てしまったのだろうか?
「いいえ。精霊はいたわ」
おまえの手のなかには、母に渡されることがなかったセージの葉がある。
すでに瑞々しさを失ってしなびてはいるが、確かに、手のなかにあるのだ。
「……てやんでい……ばーろー……」
セージの精の口癖を、真似してみる。
いつかまた、彼らと話すことができるだろうか?
呪われた国には、精霊士(ネレイヤ)の末裔が住むらしい。
あの荒々しい大河をわたれば、そこにたどり着けるのだろうか。
「いつか、行ってみたいな。呪われた国に」
父や母に聞かれたら、嘆かれるに違いない。怒られるに違いない。
だが、おまえの胸に生まれたあこがれの光は、簡単に消すことはできそうもなかった。
◆
月日はながれ、おまえは13歳になった。
社交界にデビューする年齢となったのだ。
貴族の令息・令嬢は、13歳の誕生月になると、毎月月末に開かれる「夜会」に参加する。そこで、初めて王国貴族の一員として認められるのだ。一種の成人式のようなものである。
父は嘆いた。
「ああ、ついにこの日が来てしまったか。今まで何かと理由をつけて公の場に出ることを断ってきたが、今度ばかりは出席させぬわけにもいくまい」
母が答える。
「夜会にはニルス様も出席なさるのでしょう? 出席を断ったりしたら失礼になります。婚約者としてカヤを紹介される初めての場となるのでしょうから――ふん、楽しみね。出席者たちの反応が」
酒の入ったグラスを、母はあおった。
このところ母の酒量が増えているのが、おまえには気がかりだった。
「本当に私の娘なのかと、また噂になるでしょうね。今まで知らなかった者たちにも、カヤのみにくさが知れ渡ってしまう」
「あの、わたくし、すみっこでじっとしてます。目立たないように、します」
母は憎々しげにおまえをにらんだ。
「初めて夜会に参加する者は、出席者全員の前で挨拶をしなくてはならない習わしよ」
「あ、あの、では……お、お面をかぶって?」
「そうねえ。仮面舞踏会だったら良かったわねえ」
おまえから目をそらし、母はふたたびグラスをあおった。
「そういえば、今度の夜会には『呪われた国』の王子が出席するとか?」
「ああ。戦争終結以来、初めてのことだな。終結からもう10年以上経つから、頃合いということなのだろう」
「だからといって、今さら国交回復などできるはずもないのに。外務省もよく招いたものですね。出るほうも出るほうですけれど」
殺伐としたことを、父と母は話している。
だが「呪われた国の王子が出席する」という情報は、おまえの胸をときめかせた。
精霊士(ネレイヤ)の末裔が住むという国――呪われた国。
もしかしたらその王子も、精霊と話すことができるのかもしれない。
三年前のあの雨の日以来、精霊がおまえの前に現れたことはなかった。あのセージの生えていた崖に行こうとしたこともあるのだが、崖くずれが発生したとのことで、森の奥へと分け入る道は通行止めにされてしまっていた。以来、ずっとそのままだ。
――もう一度、ちゃんと、お礼をいいたい。
呪われた国の王子様なら、その方法を知ってるかもしれないのだ。
おまえは屋敷の書庫をあたってみた。
父も母もあまり読書をしないが、父の父、つまりおまえの祖父は有名な読書家だった。「呪われた国」との戦争で活躍した勇将であった祖父は、家ではひとり本ばかり読んでいた変人でもあったらしい。
異相の人でもあったという。
父は言う。
「強いて言うなら、カヤは父上に似たのだ」
祖父母の形質が、父母を飛び越えて、孫に受け継がれることがあるのだという。
そんな祖父は、おまえが生まれる少し前に亡くなっている。
――ああ、おじいさまにお会いしてみたかった!
祖父の遺した蔵書は、おまえにとって大切な宝物だった。
家から出してもらえないおまえは、ひたすら読書に時間をついやした。その結果、子供にしてはありえないほどの知識を蓄えている。
そんなおまえでも、昨夜の精霊とのできごとは、まったくの未知であった。
精霊のことを調べるため、おまえは書庫の奥へと足を踏み入れた。
「あれだわ」
書棚の一番高いところに、「精霊事典」と書かれた本があった。手の届かないところにあるため、今まで読む機会がなかったのだ。
おまえはメイドの目を盗んでこっそりはしごを持ち出し、分厚い事典をどうにか書棚から引っ張り出した。
「せいれい、とは!」
おまえはわくわくしながらページをめくる。
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精霊とは、この世界に存在するすべての物質に宿る存在である。
火には、火の精がいる。
水には、水の精がいる。
土には、土の精がいる。
風には、風の精がいる。
精霊は生きている。
己の意志を持ち、一定の法則にしたがって、活動する。
精霊が存在するのは、人間が住む物質界のとなりにある「精霊界」である。
物質界と精霊界は、重なり合っている。
互いに干渉し合う関係だが、人間がそれに気づくことはない。
なぜなら、人間は精霊を見ることもできなければ、会話することもできないからだ。
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「会話、できないの?」
では、どうしてあの夜、自分は精霊と話すことができたのだろうか。
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ただし、例外として、精霊と交信する特殊な才能を持った人間が生まれることがある。
彼らは「精霊士(ネレイヤ)」と呼ばれる。
三百年以上前には多くの精霊士(ネレイヤ)が存在し、彼らだけの国まで存在したという。
だが、今は滅びて、そのわずかな末裔が「呪われた国」で生き延びている。
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「……ネレイヤ……」
精霊と会話することができた自分は、精霊士(ネレイヤ)なのだろうか?
だが、精霊の存在を感じ取れたのは、昨夜、あの森のなかだけだ。
家に帰ってきてからというもの、どんなに目をこらしたところで、精霊の姿は見えなかった。
「万物に宿る」というからには、この書庫を照らすろうそくや、今読んでいるこの本にさえ、存在するはずだ。
おまえは、小声で呼びかける。
「ろうそくさーん?」
返事はない。
「ごほんさーん?」
やはり、返事はない。
昨夜のことは、幻だったのだろうか?
森を歩き回って疲れ果てていたせいで、幻想を見てしまったのだろうか?
「いいえ。精霊はいたわ」
おまえの手のなかには、母に渡されることがなかったセージの葉がある。
すでに瑞々しさを失ってしなびてはいるが、確かに、手のなかにあるのだ。
「……てやんでい……ばーろー……」
セージの精の口癖を、真似してみる。
いつかまた、彼らと話すことができるだろうか?
呪われた国には、精霊士(ネレイヤ)の末裔が住むらしい。
あの荒々しい大河をわたれば、そこにたどり着けるのだろうか。
「いつか、行ってみたいな。呪われた国に」
父や母に聞かれたら、嘆かれるに違いない。怒られるに違いない。
だが、おまえの胸に生まれたあこがれの光は、簡単に消すことはできそうもなかった。
◆
月日はながれ、おまえは13歳になった。
社交界にデビューする年齢となったのだ。
貴族の令息・令嬢は、13歳の誕生月になると、毎月月末に開かれる「夜会」に参加する。そこで、初めて王国貴族の一員として認められるのだ。一種の成人式のようなものである。
父は嘆いた。
「ああ、ついにこの日が来てしまったか。今まで何かと理由をつけて公の場に出ることを断ってきたが、今度ばかりは出席させぬわけにもいくまい」
母が答える。
「夜会にはニルス様も出席なさるのでしょう? 出席を断ったりしたら失礼になります。婚約者としてカヤを紹介される初めての場となるのでしょうから――ふん、楽しみね。出席者たちの反応が」
酒の入ったグラスを、母はあおった。
このところ母の酒量が増えているのが、おまえには気がかりだった。
「本当に私の娘なのかと、また噂になるでしょうね。今まで知らなかった者たちにも、カヤのみにくさが知れ渡ってしまう」
「あの、わたくし、すみっこでじっとしてます。目立たないように、します」
母は憎々しげにおまえをにらんだ。
「初めて夜会に参加する者は、出席者全員の前で挨拶をしなくてはならない習わしよ」
「あ、あの、では……お、お面をかぶって?」
「そうねえ。仮面舞踏会だったら良かったわねえ」
おまえから目をそらし、母はふたたびグラスをあおった。
「そういえば、今度の夜会には『呪われた国』の王子が出席するとか?」
「ああ。戦争終結以来、初めてのことだな。終結からもう10年以上経つから、頃合いということなのだろう」
「だからといって、今さら国交回復などできるはずもないのに。外務省もよく招いたものですね。出るほうも出るほうですけれど」
殺伐としたことを、父と母は話している。
だが「呪われた国の王子が出席する」という情報は、おまえの胸をときめかせた。
精霊士(ネレイヤ)の末裔が住むという国――呪われた国。
もしかしたらその王子も、精霊と話すことができるのかもしれない。
三年前のあの雨の日以来、精霊がおまえの前に現れたことはなかった。あのセージの生えていた崖に行こうとしたこともあるのだが、崖くずれが発生したとのことで、森の奥へと分け入る道は通行止めにされてしまっていた。以来、ずっとそのままだ。
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