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二章 ―少年から青年へ― (読み飛ばしOK)
―賊の襲撃事件― 3
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訓練が終わり近衛騎士達と食堂で食事を済ませると、シャワーを浴びて汗を流してから部屋に戻った。部屋に戻るとすぐにテーブルの上に一通の手紙が届いていることの気づき、ドラゴンは手紙を手に取って内容を確認するとすぐに全身闇に紛れやすい黒で統一された服に着替えた。さらに、いつも下ろしている前髪はオールバックにして髪と同色の細いカチューシャで留め、目元を隠す黒い半仮面を剣帯ベルトに付けている小さなポーチに滑り込ませた。そして剣も〈ソウル〉が付いている魔法剣ではなく、どこにでも売っているような剣を腰に差す。
準備が整ったドラゴンは窓からロープを垂らしてから飛び降り、しなやかな猫のように華麗に着地すると、いつもこっそり出ていく時に使う場所まで走っていき、いつもの木に登って軽々と塀を飛び越えた。そしてこれもまた華麗に着地をすると、何事もなく衛兵が住んでいる西の宿舎街を歩いた。
そのまま賑わう宿舎街を抜けて、さらに活気を見せる街に出ると、ドラゴンは客寄せの賑やかな声に一切興味を示すことなく細い路地に曲がった。
路地裏は入り組んでいて迷子になりそうだが、ドラゴンは迷わずに路地裏を進んでいき、石畳からむき出しの土の道になる頃に半仮面を着けてさらに奥に進んだ。そしてでこぼこの歩きづらい道まで来ると、静かな路地裏に似つかない賑やかな笑い声が響く酒場に入った。
酒場の熱気がむわっとまとわり付くようにドラゴンを包み、酒と男の臭いが来店を歓迎する。
「おっ、黒仮面の兄ちゃん。久し振りだな! また背が伸びたか? ははっ、成長期ってのはいいねぇ!」
「未成年が酒場に来ちゃダメだろ~! がっはっは!」
「飲み過ぎは体に毒ですよ」
すっかり出来上がっている酔っ払い達に絡まれたドラゴンは、一言そう言い残してからするりと酔っ払いをかわしてカウンター席に着き、アルコールの入っていないカクテルをマスターに頼んだ。そしてマスターが出来上がったカクテルをドラゴンの前に出すと、自分もドラゴンの向かいに座った。
「相変わらず、お前は素顔を隠していても顔立ちが綺麗だって分かるし、立ち振舞いも上品さが滲み出てるよな。ホント、どこの貴族の坊っちゃんだろうって探りたくなるぜ」
「俺の素性は詮索しない約束ですよね。それで? 手紙に書いてあった賊の動きというのは具体的にどんな動きがあるんですか?」
探りを入れてくるマスターにドラゴンは眉をひそめるが、マスターはただからかっただけのようで「そうカッカするなよ。せっかちだねぇ」とカラカラ笑った。
「ちっとばかし信憑性に欠ける情報源だが、まあ別口からも似たような情報が入っているから信じてもいい。で、城でパーティーが開かれるだろう? その時に賊が襲撃をしようとたくらんでいるらしい、という噂が俺のところに入ってきた。目的は王族殺しってところだな」
「なっ! 陛下や王妃様、殿下達を殺そうとしている輩がいるのか!? どこのどいつだ!」
「まー、まー、落ち着けって。あくまでも噂だ。どこのどいつが誰を標的に動いてるとか、そういった情報までは入ってきていない」
ガタッと立ち上がり、マスターに詰め寄るドラゴンに、マスターはどうどうとドラゴンを落ち着かせて苦笑を返した。
「っ…、そう、ですか。取り乱して申し訳ありません」
「いーや、構わねぇよ。お前が取り乱すところを初めて見られたからな。お前が神殿信仰派じゃなくて、王家信仰派って事も分かったし」
人間は大きく「神殿信仰派」と「王家信仰派」の二つの派閥に分かれてそれぞれ信仰している。
神殿信仰派というのは〔時の支配者・クロキュール〕が生み出す時の流れを絶対的とし、繁栄も滅亡も神の思し召しとして受け入れる思想を持ち、神の力を借りているだけに過ぎない全王家に強い関心を示さない派閥である。他にも神殿信仰派には、少数派だが〔冥界王・ディストラント〕を崇めている神殿もあり、誰もが逃れられない死を司る〔冥界王・ディストラント〕こそ崇めるべきであると考えている神殿もある。
〔冥界王・ディストラント〕は一部のダークエルフも崇めているのだが、人間とは若干異なる理由で信仰している。しかし今ここに特記することではないので割愛させてもらう。
一方、王家信仰派は〔時の支配者・クロキュール〕の加護を受けて全ての人間を統べる事が出来る唯一無二の全王家を崇敬し、よりよい生活を送るために日々繁栄の道を模索している王家の意思こそ尊いものであるとする派閥である。
人間の総人口比ではほぼ半々だが若干神殿信仰派の方が多く、王家信仰派は過激な人も中にはいるため中には『狂信的な集団』と言う人もいるが、過激なことをするのはごく一部の人達だけで、普通は王家主催の催しに参加する頻度が高い、という程度でしかないため危険な集団では決してない。
「……」
「っと、そんなに睨むなって。別に俺は誰が何を信仰していようと構いはしねぇよ。あと、俺の推理も話してやるから機嫌を直せって」
苦々しく思いながらマスターを鋭く見据えるドラゴンに、マスターは特に堪えた様子もなくニッと笑った。
このマスターの推理はよく当たると評判で、街の治安を守る警邏隊も、難解な事件の時は彼の力を借りに来る事もあるほどの的中率で有名だが、彼は気まぐれなところがあるので、引き受けてくれるかどうかは彼の気分次第と言われている。
「…聞かせてください」
「よし、追加料金な。…俺が思うに、この襲撃は城の内部に詳しい奴が手引きをしている可能性がある。陛下は人望の厚い、素晴らしい人格者だが、一部では「庶民を軽々しく城に入れる愚王」と不満を溢す貴族もいて、そいつらに関していい噂は聞かない」
「……まあ、彼らにとって庶民の子など目障りでしょうからね。消したくもなるでしょう。しかし…陛下を「愚王」などと言うなんて許せませんね……」
(「庶民の子」…ねぇ。俺は「庶民」としか言ってねぇが、この様子だと何か知ってるみたいだな。黒仮面の兄ちゃんも俺の新たな情報源になってくれりゃ嬉しいが、ちぃと難しいかな)
ドラゴンの発言に、マスターはあごひげを撫でながら心の中で苦笑を漏らすが、表に出すことはない。
「確かに、陛下は愚かな王ではない。彼らの目が節穴ってだけだ。あまり気にするな。で、続きだが、内部で手引きをしてる奴がいた場合は、ほぼ確実に襲撃は成功する。戦闘になれば死人が出る可能性もあるだろうな」
「死人が? …なぜそう思うのですか?」
「まだお前はガキだから分からねぇかもしれないが、戦うって事は命のやり取りをしてるようなもんだ。殺らなきゃ自分が殺られる。それに、城を襲撃するって事は、訓練で鍛えられた衛兵や近衛騎士と戦うって事だ。だから、ペーペーの賊じゃ歯が立たねぇ。何度も襲撃を成功させている熟練の賊や暗殺ギルドが関わってくるだろう。そうなりゃ、一筋縄ではいかない。命懸けの戦闘になるってもんだ」
何でもないような口調で淡々と教えてくれるマスターに、まだ実戦経験の無いドラゴンはピンと来ず、非現実的な話を聞いているような心地だった。
「そうですか…。では、陛下に楯突こうとしている愚か者の目星はついているのですか? 出来れば、その方達の名前も教えてもらえると嬉しいのですが」
「まあ、目星はついているが、残念ながら教えられないな。こっちも色々と事情があるんでね」
ニッと食えない笑顔でこれ以上の情報は与えられないと線引きするマスターに、ドラゴンはもどかしく思いつつも素直に引き下がり「分かりました」と、ソリュート金貨を一枚置いた。
この世界の通貨単位と通貨は世界共通であることは以前説明したが、通貨にも種類がそれなりにある。価値の高い順から『リザード金貨(十万ヤーツ)』『ソリュート金貨(五万ヤーツ)』『ロート金貨(一万ヤーツ)』『チロード銀貨(五千ヤーツ)』『ラード銀貨(千ヤーツ)』『フォート銀貨(五百ヤーツ)』『ドルード銅貨(百ヤーツ)』『アルート銅貨(十ヤーツ)』『ミード銅貨(一ヤーツ)』という風に定められている。
「これで足りますか?」
「あぁ、十分だ」
マスターはドラゴンが渡した金貨を受け取り、ドラゴンはノンアルコールのカクテルを一気に飲み干すと席を立った。
「また、何かあったら教えて下さい。特に──」
「はいはい。ちゃんとお前の探している人物の情報も集めてるよ。ただ、お前から出された情報が少ないからな。まだ何も掴めていない。悪いな」
「いえ…俺の代わりに探してくれているだけでもありがたいので、謝罪は不要です。ありがとうございます。では、俺はこれで失礼します。カクテル、ごちそうさまでした」
ドラゴンは律儀に礼を言って頭を下げると、賑わう酒場を後にした。
もと来た道を歩いて引き返していると、不意にざわっと肌が粟立つような嫌な空気がドラゴンを包み、脳内に警告の鐘が鳴り響いて自然と剣に手が置かれた。しかし立ち止まるようなことはせず、一刻も早くこの場から離れる事を優先させるべく歩みの速度を上げた。なんとなく、走ってはいけない気がしたのだ。
しかし道のでこぼこが少し落ち着く頃に、ゾクッと背筋が凍るような殺気が向けられ、ドラゴンは剣を抜いて反射的に背後に剣を薙いだ。
ガキーンッ
空を切るはずだった剣は何者かの剣によって受け止められ、ドラゴンは驚いて危うく剣を手放しそうになったが、なんとかグッと手に力を込めて相手の剣を弾くと間合いを取ろうとした。
「甘いねぇ」
しかし襲ってきた男はすかさず追撃してきて、ドラゴンの体勢が整うまで待ってはくれない。
「っ…!」
男の追撃がドラゴンの腕を掠め、パッと血が飛び散る。その紛れもない痛みにドラゴンは殺されかけた時の記憶が甦り、恐怖心に体がすくんだ。
「訓練で体を鍛えているだけの見せかけじゃ、意味無いな。ククッ、まあ、俺らにとっては仕事が楽で済むからありがたいけど」
キーンッとドラゴンの剣を弾き飛ばして、その手から得物を奪うと、どこから出てきたのか複数のフードを被った男達に囲まれた。
「さて、と。さっさとなぶり殺すか。悪く思わないでくれよ? 俺達も依頼なんだ。いっそ一息に殺してほしいって言っても、殺してやれねぇから、覚悟しな?」
ニヤリと男が笑った瞬間闇の奥からキラリと何かが光り、次にドラゴンを囲んでいた男の一人が苦悶の声を上げてその場にうずくまった。
「うちの期待の新人を苛めているのは、どこのどいつ? おいたが過ぎると…殺すよ」
小気味良い足音を立てて月明かりが照らすところまで出てきた彼の姿に、ドラゴンはホッとし、同時に未熟過ぎる自分にガッカリと肩を落とした。
「誰だ? この男の始末を邪魔するようなら、お前も消すぞ」
「へぇ? 俺を消す、ねぇ。やれるものなら、やってみなよ。近衛騎士団・副団長、トレイシー・ガロニン。殺人未遂の罪により、お前達を捕縛する」
名乗りを上げると、トレイシーは長剣と短剣を鞘から抜き、ドラゴンを囲む集団に迷いなく突っ込んでいった。トレイシーは踊るように賊を切り伏せて、動きを封じていく。
「グッ…なんて強さだよ」
「全然歯が立たねぇ…!」
「当たり前だよ。俺の実力をなめてもらっては困る。異例の事態で繰り上がって得た地位とはいえ、今の俺は近衛騎士団のナンバーツーだからね」
全員の動きを封じてドラゴンと一人一人縄で縛りあげていくと、トレイシーは怪我を負ったドラゴンを心配した。
「ドラゴン、腕の怪我は大丈夫かい?」
「はい…掠っただけなので問題ありません」
「そう。だけど、いつものドラゴンらしくなかったね。この程度だったら、お前が苦戦することはないはずだけど」
「この程度って、ふざけんじゃねぇぞ!」
比較的軽傷な男がトレイシーを睨みながら叫ぶと、トレイシーは容赦なく鞘で男の側頭部を殴った。
「うるさいよ。吠えるのは俺に勝ってからにしてくれないかな? それで、ドラゴンはどこか調子が悪かったのかい?」
「いえ、調子は悪くなかったのですが……腕を切り付けられた瞬間、その…死にかけた時のことを思い出してしまって……。体がすくみました」
しょんぼりと落ち込み正直に明かすドラゴンに、トレイシーはドラゴンの頭を撫でて優しく微笑んだ。
「謝る必要はないよ。ドラゴンが受けた傷はそう簡単に癒えるものではないということさ。お前が無事でよかった」
「でも…体がすくんで、動けなくなって……すごく情けないです。トレイシー副団長に助けてもらわなければ、俺は死んでました……。これじゃ、剣を覚えても戦えない」
「……そう思うなら、近衛騎士団に入ったら真剣での稽古をつけてもらえるようにラエル団長に言うといいよ。ドラゴンは多分、他人から与えられる痛みに敏感になっていて、傷つけられたという事が殺されかけた時の記憶を呼び起こしてしまうんだと思う。だから、傷つけられるということは苛められているというイメージに変換されないように、ある程度は対人戦闘で傷ついて耐性をつけておいたほうがいいかもしれないね」
トレイシーの提案にドラゴンは覚悟をした眼差しで頷き、トレイシーはその眼差しを受けて帰ったらラエルに事前に相談しておこうと、いつ相談しようか頭の中で暇そうな時間を探した。
そしてようやく、縛り上げた賊を警邏隊に引き渡すべくドラゴンに最寄りの警邏隊の詰め所に引き取りを要請するように言い、ドラゴンはすぐに警邏隊を連れてくると、ようやく帰路に着いた。
準備が整ったドラゴンは窓からロープを垂らしてから飛び降り、しなやかな猫のように華麗に着地すると、いつもこっそり出ていく時に使う場所まで走っていき、いつもの木に登って軽々と塀を飛び越えた。そしてこれもまた華麗に着地をすると、何事もなく衛兵が住んでいる西の宿舎街を歩いた。
そのまま賑わう宿舎街を抜けて、さらに活気を見せる街に出ると、ドラゴンは客寄せの賑やかな声に一切興味を示すことなく細い路地に曲がった。
路地裏は入り組んでいて迷子になりそうだが、ドラゴンは迷わずに路地裏を進んでいき、石畳からむき出しの土の道になる頃に半仮面を着けてさらに奥に進んだ。そしてでこぼこの歩きづらい道まで来ると、静かな路地裏に似つかない賑やかな笑い声が響く酒場に入った。
酒場の熱気がむわっとまとわり付くようにドラゴンを包み、酒と男の臭いが来店を歓迎する。
「おっ、黒仮面の兄ちゃん。久し振りだな! また背が伸びたか? ははっ、成長期ってのはいいねぇ!」
「未成年が酒場に来ちゃダメだろ~! がっはっは!」
「飲み過ぎは体に毒ですよ」
すっかり出来上がっている酔っ払い達に絡まれたドラゴンは、一言そう言い残してからするりと酔っ払いをかわしてカウンター席に着き、アルコールの入っていないカクテルをマスターに頼んだ。そしてマスターが出来上がったカクテルをドラゴンの前に出すと、自分もドラゴンの向かいに座った。
「相変わらず、お前は素顔を隠していても顔立ちが綺麗だって分かるし、立ち振舞いも上品さが滲み出てるよな。ホント、どこの貴族の坊っちゃんだろうって探りたくなるぜ」
「俺の素性は詮索しない約束ですよね。それで? 手紙に書いてあった賊の動きというのは具体的にどんな動きがあるんですか?」
探りを入れてくるマスターにドラゴンは眉をひそめるが、マスターはただからかっただけのようで「そうカッカするなよ。せっかちだねぇ」とカラカラ笑った。
「ちっとばかし信憑性に欠ける情報源だが、まあ別口からも似たような情報が入っているから信じてもいい。で、城でパーティーが開かれるだろう? その時に賊が襲撃をしようとたくらんでいるらしい、という噂が俺のところに入ってきた。目的は王族殺しってところだな」
「なっ! 陛下や王妃様、殿下達を殺そうとしている輩がいるのか!? どこのどいつだ!」
「まー、まー、落ち着けって。あくまでも噂だ。どこのどいつが誰を標的に動いてるとか、そういった情報までは入ってきていない」
ガタッと立ち上がり、マスターに詰め寄るドラゴンに、マスターはどうどうとドラゴンを落ち着かせて苦笑を返した。
「っ…、そう、ですか。取り乱して申し訳ありません」
「いーや、構わねぇよ。お前が取り乱すところを初めて見られたからな。お前が神殿信仰派じゃなくて、王家信仰派って事も分かったし」
人間は大きく「神殿信仰派」と「王家信仰派」の二つの派閥に分かれてそれぞれ信仰している。
神殿信仰派というのは〔時の支配者・クロキュール〕が生み出す時の流れを絶対的とし、繁栄も滅亡も神の思し召しとして受け入れる思想を持ち、神の力を借りているだけに過ぎない全王家に強い関心を示さない派閥である。他にも神殿信仰派には、少数派だが〔冥界王・ディストラント〕を崇めている神殿もあり、誰もが逃れられない死を司る〔冥界王・ディストラント〕こそ崇めるべきであると考えている神殿もある。
〔冥界王・ディストラント〕は一部のダークエルフも崇めているのだが、人間とは若干異なる理由で信仰している。しかし今ここに特記することではないので割愛させてもらう。
一方、王家信仰派は〔時の支配者・クロキュール〕の加護を受けて全ての人間を統べる事が出来る唯一無二の全王家を崇敬し、よりよい生活を送るために日々繁栄の道を模索している王家の意思こそ尊いものであるとする派閥である。
人間の総人口比ではほぼ半々だが若干神殿信仰派の方が多く、王家信仰派は過激な人も中にはいるため中には『狂信的な集団』と言う人もいるが、過激なことをするのはごく一部の人達だけで、普通は王家主催の催しに参加する頻度が高い、という程度でしかないため危険な集団では決してない。
「……」
「っと、そんなに睨むなって。別に俺は誰が何を信仰していようと構いはしねぇよ。あと、俺の推理も話してやるから機嫌を直せって」
苦々しく思いながらマスターを鋭く見据えるドラゴンに、マスターは特に堪えた様子もなくニッと笑った。
このマスターの推理はよく当たると評判で、街の治安を守る警邏隊も、難解な事件の時は彼の力を借りに来る事もあるほどの的中率で有名だが、彼は気まぐれなところがあるので、引き受けてくれるかどうかは彼の気分次第と言われている。
「…聞かせてください」
「よし、追加料金な。…俺が思うに、この襲撃は城の内部に詳しい奴が手引きをしている可能性がある。陛下は人望の厚い、素晴らしい人格者だが、一部では「庶民を軽々しく城に入れる愚王」と不満を溢す貴族もいて、そいつらに関していい噂は聞かない」
「……まあ、彼らにとって庶民の子など目障りでしょうからね。消したくもなるでしょう。しかし…陛下を「愚王」などと言うなんて許せませんね……」
(「庶民の子」…ねぇ。俺は「庶民」としか言ってねぇが、この様子だと何か知ってるみたいだな。黒仮面の兄ちゃんも俺の新たな情報源になってくれりゃ嬉しいが、ちぃと難しいかな)
ドラゴンの発言に、マスターはあごひげを撫でながら心の中で苦笑を漏らすが、表に出すことはない。
「確かに、陛下は愚かな王ではない。彼らの目が節穴ってだけだ。あまり気にするな。で、続きだが、内部で手引きをしてる奴がいた場合は、ほぼ確実に襲撃は成功する。戦闘になれば死人が出る可能性もあるだろうな」
「死人が? …なぜそう思うのですか?」
「まだお前はガキだから分からねぇかもしれないが、戦うって事は命のやり取りをしてるようなもんだ。殺らなきゃ自分が殺られる。それに、城を襲撃するって事は、訓練で鍛えられた衛兵や近衛騎士と戦うって事だ。だから、ペーペーの賊じゃ歯が立たねぇ。何度も襲撃を成功させている熟練の賊や暗殺ギルドが関わってくるだろう。そうなりゃ、一筋縄ではいかない。命懸けの戦闘になるってもんだ」
何でもないような口調で淡々と教えてくれるマスターに、まだ実戦経験の無いドラゴンはピンと来ず、非現実的な話を聞いているような心地だった。
「そうですか…。では、陛下に楯突こうとしている愚か者の目星はついているのですか? 出来れば、その方達の名前も教えてもらえると嬉しいのですが」
「まあ、目星はついているが、残念ながら教えられないな。こっちも色々と事情があるんでね」
ニッと食えない笑顔でこれ以上の情報は与えられないと線引きするマスターに、ドラゴンはもどかしく思いつつも素直に引き下がり「分かりました」と、ソリュート金貨を一枚置いた。
この世界の通貨単位と通貨は世界共通であることは以前説明したが、通貨にも種類がそれなりにある。価値の高い順から『リザード金貨(十万ヤーツ)』『ソリュート金貨(五万ヤーツ)』『ロート金貨(一万ヤーツ)』『チロード銀貨(五千ヤーツ)』『ラード銀貨(千ヤーツ)』『フォート銀貨(五百ヤーツ)』『ドルード銅貨(百ヤーツ)』『アルート銅貨(十ヤーツ)』『ミード銅貨(一ヤーツ)』という風に定められている。
「これで足りますか?」
「あぁ、十分だ」
マスターはドラゴンが渡した金貨を受け取り、ドラゴンはノンアルコールのカクテルを一気に飲み干すと席を立った。
「また、何かあったら教えて下さい。特に──」
「はいはい。ちゃんとお前の探している人物の情報も集めてるよ。ただ、お前から出された情報が少ないからな。まだ何も掴めていない。悪いな」
「いえ…俺の代わりに探してくれているだけでもありがたいので、謝罪は不要です。ありがとうございます。では、俺はこれで失礼します。カクテル、ごちそうさまでした」
ドラゴンは律儀に礼を言って頭を下げると、賑わう酒場を後にした。
もと来た道を歩いて引き返していると、不意にざわっと肌が粟立つような嫌な空気がドラゴンを包み、脳内に警告の鐘が鳴り響いて自然と剣に手が置かれた。しかし立ち止まるようなことはせず、一刻も早くこの場から離れる事を優先させるべく歩みの速度を上げた。なんとなく、走ってはいけない気がしたのだ。
しかし道のでこぼこが少し落ち着く頃に、ゾクッと背筋が凍るような殺気が向けられ、ドラゴンは剣を抜いて反射的に背後に剣を薙いだ。
ガキーンッ
空を切るはずだった剣は何者かの剣によって受け止められ、ドラゴンは驚いて危うく剣を手放しそうになったが、なんとかグッと手に力を込めて相手の剣を弾くと間合いを取ろうとした。
「甘いねぇ」
しかし襲ってきた男はすかさず追撃してきて、ドラゴンの体勢が整うまで待ってはくれない。
「っ…!」
男の追撃がドラゴンの腕を掠め、パッと血が飛び散る。その紛れもない痛みにドラゴンは殺されかけた時の記憶が甦り、恐怖心に体がすくんだ。
「訓練で体を鍛えているだけの見せかけじゃ、意味無いな。ククッ、まあ、俺らにとっては仕事が楽で済むからありがたいけど」
キーンッとドラゴンの剣を弾き飛ばして、その手から得物を奪うと、どこから出てきたのか複数のフードを被った男達に囲まれた。
「さて、と。さっさとなぶり殺すか。悪く思わないでくれよ? 俺達も依頼なんだ。いっそ一息に殺してほしいって言っても、殺してやれねぇから、覚悟しな?」
ニヤリと男が笑った瞬間闇の奥からキラリと何かが光り、次にドラゴンを囲んでいた男の一人が苦悶の声を上げてその場にうずくまった。
「うちの期待の新人を苛めているのは、どこのどいつ? おいたが過ぎると…殺すよ」
小気味良い足音を立てて月明かりが照らすところまで出てきた彼の姿に、ドラゴンはホッとし、同時に未熟過ぎる自分にガッカリと肩を落とした。
「誰だ? この男の始末を邪魔するようなら、お前も消すぞ」
「へぇ? 俺を消す、ねぇ。やれるものなら、やってみなよ。近衛騎士団・副団長、トレイシー・ガロニン。殺人未遂の罪により、お前達を捕縛する」
名乗りを上げると、トレイシーは長剣と短剣を鞘から抜き、ドラゴンを囲む集団に迷いなく突っ込んでいった。トレイシーは踊るように賊を切り伏せて、動きを封じていく。
「グッ…なんて強さだよ」
「全然歯が立たねぇ…!」
「当たり前だよ。俺の実力をなめてもらっては困る。異例の事態で繰り上がって得た地位とはいえ、今の俺は近衛騎士団のナンバーツーだからね」
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「ドラゴン、腕の怪我は大丈夫かい?」
「はい…掠っただけなので問題ありません」
「そう。だけど、いつものドラゴンらしくなかったね。この程度だったら、お前が苦戦することはないはずだけど」
「この程度って、ふざけんじゃねぇぞ!」
比較的軽傷な男がトレイシーを睨みながら叫ぶと、トレイシーは容赦なく鞘で男の側頭部を殴った。
「うるさいよ。吠えるのは俺に勝ってからにしてくれないかな? それで、ドラゴンはどこか調子が悪かったのかい?」
「いえ、調子は悪くなかったのですが……腕を切り付けられた瞬間、その…死にかけた時のことを思い出してしまって……。体がすくみました」
しょんぼりと落ち込み正直に明かすドラゴンに、トレイシーはドラゴンの頭を撫でて優しく微笑んだ。
「謝る必要はないよ。ドラゴンが受けた傷はそう簡単に癒えるものではないということさ。お前が無事でよかった」
「でも…体がすくんで、動けなくなって……すごく情けないです。トレイシー副団長に助けてもらわなければ、俺は死んでました……。これじゃ、剣を覚えても戦えない」
「……そう思うなら、近衛騎士団に入ったら真剣での稽古をつけてもらえるようにラエル団長に言うといいよ。ドラゴンは多分、他人から与えられる痛みに敏感になっていて、傷つけられたという事が殺されかけた時の記憶を呼び起こしてしまうんだと思う。だから、傷つけられるということは苛められているというイメージに変換されないように、ある程度は対人戦闘で傷ついて耐性をつけておいたほうがいいかもしれないね」
トレイシーの提案にドラゴンは覚悟をした眼差しで頷き、トレイシーはその眼差しを受けて帰ったらラエルに事前に相談しておこうと、いつ相談しようか頭の中で暇そうな時間を探した。
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地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
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