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 その様子をポカンと眺めていたアリアナだったが、不意にロゼに手を握られてハッと我に返った。
「アリアナは私と一緒に来てね」
 そう言ってロゼはアリアナの手を引いて船内へ入って行くと、一番奥の部屋の扉を開けた。
「私の部屋へようこそ。今準備するからそこの椅子に座って」
「はい」
 アリアナは言われたとおりにクラシックなデザインの高そうな椅子に腰かけると、物珍しそうにキョロキョロと部屋の中を見回した。部屋は異国の物と思われる珍しい物が所狭しと飾られているが、乱雑とした印象はなく綺麗に片付けられていた。さらに、女性らしく部屋の中はほのかにいい香りがしていた。
「いい匂いですね」
「でしょう? これは私のためにネオが買ってきてくれた香水の香りなのよ」
 道具を取り出しながら、その時のことを思い出すように笑顔になるロゼに、ネオの事を本当に大切に思っている人なんだなぁと改めて感じ取った。それからロゼは、ネオと初めて会った時の話や、海賊になったきっかけなど、たくさんの話をアリアナに聞かせながらテーブルに道具を並べていく。
「さて、準備が整ったわね。これから、入れ墨を入れていくわ。とても痛いけれど、頑張って我慢してね。入れる場所はどこがいい? 好きなところに入れてあげるわよ」
「…どうしても入れなきゃいけない、ですか?」
 アリアナはロゼの言葉を聞いた瞬間、サッと表情がこわばるのを感じた。両親の愛情をたくさん受けて大切に育てられてきた為、両親から貰ったこの体にいざ入れ墨を入れると思うと、ためらいや恐怖心が勝って身が縮こまった。
「そうね、この船に乗るからには私の所有物であることを示す印が必要よね。印があれば、どこにいても私はアリアナを見つけられるし、逆にアリアナもこの船が帰る場所だとすぐに分かる。私という絶対的な存在に庇護される安心感をアリアナにあげる。だから入れ墨を入れることにためらいを持つ必要はないわ。…さあ、体から力を抜いて、私に身をゆだねて。大丈夫、痛みの少ない所に入れてあげるから」
 優しくアリアナを抱きしめ、穏やかな低い声で安心させるようにささやくロゼに、アリアナは催眠がかかったようにゆっくりと体から力が抜けて大きく息を吐いた。
「そう、いい子。大丈夫、怖くないわ。私が入れる印は、貴女のお守りになるの。怖いことから身を守ってくれる、そんなお守りよ」
「お守り…」
「そう、お守り。もう怖い思いをしなくてもよくなるわ」
 怖い思い。その言葉を聞いて思い出すのは、両親が役人に無理やり連れて行かれた時の記憶や処刑台に上る両親の姿。そして、自分自身もまた、役人に追いかけられた事だった。思い出してしまうと、今まで押し込めていた悲しみや恐怖の感情が涙とともにあふれ出し、アリアナはみっともないと思いつつもその涙を止めることは出来なかった。
「…っ、ぅっ…怖かった…っ」
「そう、怖い思いをしたのね。可哀想に、こんなに怯えた顔をして。話を聞くわよ」
 初対面で剣を向けようとした時とは打って変わって、優しい聖母のような表情でアリアナを慰めるロゼに、アリアナは泣きながら今まであった事を話し、自分は今追われている存在であることを明かした。
「両親が王家への反逆の罪で断罪…ね。で、一族もろとも皆殺しと。随分と酷いことをするのね。そもそも、貴女の両親はそんな事をしていないのでしょう。この国は何を考えているのでしょうね」
 アリアナの話を聞いて怒りをあらわにするロゼに、アリアナは自分のために怒ってくれる人がいるという事に安堵してロゼに体を預けて寄りかかった。
「…怒ってくれてありがとうございます。話をして、改めてもう帰る場所はないんだと理解しました。…入れ墨、入れてください」
「えぇ、お安い御用よ」
 ロゼは悲しみに暮れて諦めたような雰囲気を持つアリアナを受け止め、ベッドに横たわらせるとアリアナの太ももに仲間である印を入れ始めた。

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