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 一方、買い出しに出ているテト、ソヴァン、ジゼルの三人は、宴に使う野菜を選んでいたのだが、話題は当然のようにアリアナの話題となっていた。
「それにしても船長、よくあの子を斬りませんでしたね。普通は連れ帰るどころか気に入らなければすぐに斬っちゃうのに。あと、ドクターもいつの間にか帰っちゃったし」
「テト、その話題はあまりするな。気が滅入る」
 テトの言葉にジゼルはあからさまに表情を歪めて嫌悪感をあらわにした。
「ジゼルさんは気にし過ぎですよ~。アリアナちゃんはきっといい子ですよ。キスだけで恥ずかしがっちゃうような初心な子ですし」
「初心であることがイコールいい子であるとは限らない。そもそも、船長にホイホイついてくる女がいい子か? 俺はそうは思わない」
「…あの様子だと、同意はあったかもしれないが、おそらく船長がほぼ独断で連れ帰ってきたな。…ジゼルの時と一緒。拉致だ」
 ボソッと言葉を補足するソヴァンに、ジゼルは「あー!」と頭を掻きむしった。
「思い出させるな! あの時以上に屈辱的な過去はない! もっとも嫌悪する女に後れを取り、敗北した記憶なんて抹消したい!」
「えっ、ジゼルさんの早撃ちに勝つんですか、船長は! うわぁ、やっぱり強くてカッコいい人なんだなぁ」
「じゃなかったら俺はこの海賊団に入ってない! チッ…船長も俺と同じく女嫌いだからこそ、安心して船に乗っていられたのに。よりによって船長が…」
 憂鬱であるとありありと顔に出してそういうジゼルに、入団当時の事を知っているソヴァンはフッと表情を緩めてジゼルの肩にポンと手を置いた。
「でも、船長の時のようにあの子を殺そうとしなかった。…成長した証だな」
「俺を、女なら誰かれ構わず殺すような男と思わせるような発言をするのは慎んでくれないか。入団したての頃は、無理やり仲間にさせられて気が立っていたんだ」
「…ま、当然か」
 少し思考したのち、納得してあっさりと肩に乗せた手を退けると、野菜をテトの持つカゴの中に放り込んでいく。
「えっ、えっ、船に乗ってからもジゼルさんは船長を殺そうとしてたんですか!」
「当然だろう。屈辱を晴らすためなら手段は選ばなかったな」
 しれっと当たり前のように返すジゼルに、ロゼを愛するネオが怒らなかったのだろうかと不安になった。そんな感情を読み取ったのだろうか、補足するようにジゼルはぼそりと言葉を付け足す。
「まあ、ネオに殺されかけてからは、控えるようにしたが」
「あ、やっぱりネオさん怒ったんですね」
「当然だな。ロゼを誰よりも愛しているのはネオだ。テト、会計」
 いつの間にかリストに載っていた野菜をすべてテトの持つカゴの中に入れていたソヴァンにテトは「わっ、いつの間に!」と驚きつつも店主にきっちりとお金を払って店を後にした。
「そういえば、ソヴァンさんはどういうきっかけで船に乗ることになったんですか?」
「戦場でスカウトされた。戦争ももう終盤で、俺が属していた軍は敗北目前だった。だから、犬死する前にスカウトされて良かったと思う」
「元軍人なんですか!」
「違う。傭兵だった」
 話をしながら隣の酒屋に入り、ソヴァンは自分の持つカゴにいつも買う銘柄の酒瓶を手際よくテキパキと入れていく。そんなソヴァンの後をくっついて歩くテトに、自分の好きな銘柄を吟味しながら選んでいたジゼルは、雛鳥のようだと感想を抱きながら店主に自分の分の酒代を支払った。
「ちなみに、ジゼルさんは海賊になる前は何をしていたんですか?」
「商船の航海士だ。で、航海中にアルタイル海賊団に襲われて、船長に気に入られた俺が一騎打ちに負けたから乗組員の命と積み荷の代わりに俺が海賊団に入団することになった。…殺せと言ったのに殺さずに俺を仲間にしたことを後悔させてやろうと思ったんだけどな」
「へぇ~。そうだったんですね。今も思っているんですか?」
「今はそんなことを思うことはない。ロゼは好ましい存在だと思っている」
「それは良かった」
 そんな話をしながらおつかいを終えた三人は船へ戻るべく、もと来た道を戻っていった。

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