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 港町はとても活気のある街だった。海軍基地が近いためか人々は安心して街中を歩き、観光をしている様子が多く見られた。
「あ、ちなみに私はアリアナのお母さんとして振舞うから、そのつもりでいてね」
「俺はロゼの夫になる予定だから、必然的にアリアナの父になるのか」
「娘がこんなに大きくなって…。お母さん嬉しいわ」
 ロゼがよよよと目頭をハンカチで押さえると、すかさずネオも参戦してロゼを抱き寄せながら「今日は欲しいものを何でも買ってあげるから遠慮せずに言うんだぞ」と笑顔で甘やかす親を演じ始めた。
「えっ、あ、えっと…わ、分かりました、お父様…?」
「っ!」
 アリアナがネオを父と呼んだ瞬間、ネオは口元を手で隠してロゼの方を向いた。
「ロゼ…子供を作ろう。父と呼ばれる快感を覚えた」
「私が船を降りたらね~」
 ネオの願望をサラッと受け流すロゼに、ネオはシュンと肩を落として「残念だ」と呟いた。
「そうなると、僕達は必然的に従者ですね。まあ、そのつもりで服を選んだんですけどね」
「身分違いの恋…だな」
 二人ともそれぞれの立場を確定すると、そのスイッチを入れて楽しみ始めた。一行はどこからどう見ても上級国民の家族に見え、海賊とは思えないほど街になじんでいた。
 質屋で宝を売って換金した後、一行は予定通りに街を回ってアリアナの部屋に合う家具を買って歩いた。しかし、アリアナは遠慮しがちで自分の好きな物を言えないことが多く、ほとんどロゼが見繕って買い与えていた。
「さ、次は服を買いに行くわよ」
「アリアナ、遠慮をしなくてもいいんだぞ。父も母もアリアナの希望を無下にしたりしないから」
 ほとんどの物をロゼが決めていることに不安を覚えたネオが心配そうに声をかけると、ロゼもうんうんとうなずく。
「そうよ? 今日はあなたの買い物なのに、ほとんど私が選んでいるわ。服くらい好きなものを買いなさいね?」
「お嬢様はとても思慮深い方ですよね。お嬢様が選ぶ服ならきっとどれも似合うと思いますよ」
「奥様の事は気にせず、好きなものを選んでください。…俺は貴女の好みが知りたい」
 アリアナの両脇を囲むテトとソヴァンはそれぞれ微笑みながらアリアナに声をかけると、ロゼが不意に真剣な表情に変わって、ある一点をジッと見つめた。
「ロゼ、どうした」
 その表情の変化にいち早く気付いたネオが声をかけると、ロゼは大きなため息を吐いて「最悪よ」と言葉を漏らした。
「レーヴェ三兄妹がいるわ」
 その言葉にネオも面倒くさそうな表情に変わり「それは確かに最悪だな」と同意した。そのやり取りを聞いていたテトとソヴァンも似たような表情を浮かべる。
「まだ見つかっていないですよね。どうしますか?」
「撤退するなら早い方がいいと思う。足止めが必要なら俺が屋根から狙撃する」
 指示を仰ぐ二人にロゼは「まだ早いわよ」と戦闘態勢に入りそうな二人を止めた。
「アリアナの服は今日の買い物で一番大切な買い物よ。まだバレてないし、このまま買い物を継続するわ。ただし、アリアナ。そんなに時間をかけてられないのも事実だから、なるべく早く選んでね」
「分かりました。…ところで、レーヴェ三兄妹って…?」
 一人だけ話についていけないアリアナはおずおずとロゼに聞くと、ロゼは「そう言えば教えてないわね」とポンと手を打った。
「こっちに向かってきそうだし、服を選びながら説明するわ。とりあえず店に入りましょう」
 ロゼは近くにあった洋服屋に入り、アリアナが好きそうなデザインの服を適当に取りながら説明を始める。
「レーヴェ三兄妹はね、海軍に所属する若手エリートの三人兄妹なのよ。長男のナティア・レーヴェは現在最年少の海軍将校よ。大胆なくせに計算高いからとても憎たらしいのよ。で、次男のアロン・レーヴェは現在最年少の少佐。兄をよく助ける補佐官で、ナティアの右腕ね。末っ子の長女、サーシャ・レーヴェは最近めきめきと頭角を現している実力派の軍人。今の階級は知らないけど、まあ、そこそこいってるんじゃない?」
「へぇ~、すごい人たちなんですね。ロゼさんは海軍の実力者は全員知っているんですか?」
「まあね。私も元軍人だし、彼らとは同じ釜の飯を食った仲だから」
「はぁ…えっ、元軍人⁉ ロゼさん、軍人だったんですか⁉」
 サラッとカミングアウトするロゼに、アリアナは驚いて思わず大きな声で叫ぶと、ロゼは慌ててアリアナの口を塞いで小声で注意した。
「おバカ。そんな大きな声で言わないの。店主にバレたら通報されるわよ」
「す、すみません…」
「いいわ。それより、とりあえずこんな感じで片っ端から好きそうなものを取ったんだけど、欲しいものはある?」
 ロゼはこの短時間に集めた服をアリアナの前に出し、アリアナは出された服を見て自分の好みを完全に把握されてしまったと思いながら、特に気に入ったデザインをいくつか手に取り、試着室に入った。
「お嬢様~。僕、こんな服もお嬢様に似合うと思うんですけどどうですか?」
 カーテンの隙間からヌッと手を差し込み、テトがカジュアルなデザインのワンピースを差し出した。
「ひゃっ! あ、テトさん。ありがとうございます。着てみますね」
「テト、そこを退け。お嬢様、俺が選んだものも着てみてください。着替え終わったら渡します」
「着替え終わるまで待つなら、僕退かなくてもいいじゃないですか」
「着替え中のレディーに服を渡す無礼者を前に立たせておくわけにいかない」
 ワイワイと試着室の前で言い合いをし始めるテトとソヴァンに、後ろから眺めていたロゼとネオは微笑ましいものを見るように穏やかに笑っていた。
「あの無口だったソヴァンがあそこまでムキになるなんて、人は変わるものねぇ」
「愛の力、だな」
 そこから二時間ほどかけてアリアナの服を選び、山のような服を購入したのだった。

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