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 朝食を終えたロゼは、アリアナに今日は一日部屋で休むよう言い渡してから部屋を出てそのまま甲板に出ると、物見に上って周囲を警戒しているソヴァンに声をかけた。
「ソヴァン、返事は来た?」
「まだ」
 いつもより素っ気ないソヴァンの態度に、ロゼは困ったように眉尻を下げて自分も物見に上ると隣に腰かけた。
「怒ってるの?」
「…別に」
「嘘ね。怒っていないのなら私と目を合わせなさい」
 ずっとロゼから顔を背けているソヴァンに、ロゼは強い口調でそう言うと、ソヴァンはしばらく押し黙った後、ロゼの方を向かずに「…怒っている」と、ボソッと答えた。
「理由はアリアナ?」
「……そう思うなら、話しかけるな」
「いいえ、話しかけるわ。勘違いしないで頂戴。アリアナはソヴァンのものではなく、私のものよ。貴方が怒るのは筋違いというものよ」
 ロゼがソヴァンの顔を両手でつかんで自分の方へ向かせながら鋭い視線で言い切ると、そのロゼの言動がソヴァンの押し込めていた感情を刺激して噴き出させた。
「何に対して怒るか、それを決めるのは俺自身だ! ロゼじゃない! 好きな人が別の男と事を致したら…それが合意の上ではないのなら…怒るのは当然だろう!」
 狭い物見の中でソヴァンはロゼの肩をつかんで叫ぶが、まだ完治していない体で急な動きをしたため傷に響き、すぐにロゼから手を離して傷口を押さえると沈黙した。
「ソヴァンの大きな声、結構長い付き合いになるけど初めて聞いたわ。…でも、アリアナはあげないわ。私からアリアナを奪いたければ、アリアナが生涯ソヴァンと添い遂げたいと思うほどアリアナに愛されなさい。「ソヴァンが欲しい」とあの子が言わない限り、アリアナをソヴァンにあげられないわ」
 ソヴァンの大きな声にロゼは一瞬驚いたように目を瞬いたが、すぐに目を細めて笑顔をその顔に浮かべると、ソヴァンの耳元で囁いた。
「くっ…」
「…でも、アリアナは私以上に魔性の女かもしれないわね。みんな、あの子を気に入っているわ。私も含めてね。だから、選ばれない限りあの子を手に入れることは出来ないわ」
 悔しそうにロゼを睨むソヴァンだが、ロゼはどこ吹く風とそれを受け流して「じゃあ、引き続き見張りよろしくね。でも、具合が悪くなったら休みなさい」と言い残して物見を降りていった。
「……あぁ、くそ…。こんなに感情が掻き乱れるものなのか…」
 一人になったソヴァンは己の心の中に渦巻く様々な感情に、不快感を隠せず眉をひそめ、傷のない胸に痛みを覚えて胸を握りしめた。
「…人を愛する事が、こんなに辛いとは思わなかった」
 呟かれた言葉は、ソヴァンの心とは真逆の爽やかな潮風が全て包み込んでさらっていった。

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